ガンッと音がして、身体に痛みが走る。うっすらと開けた瞼の隙間から、青白い顔の陽咲がぐったりとしているのが見えて心臓が凍る。

 ひ、さき……。陽咲っ……!

 名前を呼びたいのに声が出ない。金縛りにあったみたいに、身体が少しも動かない。

 僕のせいだ。僕のせいで、また陽咲を傷付けた。

 僕が横断歩道の前で引き止めたりしたから。もしかしたらなんて、期待したから。陽咲を好きになったりしたから……。

「――――わああああーっ!」

 遠くから誰かの悲鳴が聞こえてきて、動かなかったはずの身体がビクッと跳ねる。

 気付くと僕は、自分の部屋のベッドに座っていた。

 心臓が尋常じゃないほどドクドク鳴っていて、吐く息は乱れて荒い。額に、手に、部屋着のTシャツの背中に汗をぐっしょりかいている。

 なんで、僕はここにいるんだ――?

 頭が混乱していて、いまいち状況が飲み込めない。

 七月七日。十七歳の誕生日。学校が終わったあと、僕は陽咲に誘われて一緒に帰った。

 陽咲から「大晴と付き合うことになった」と報告されるのかと思ったら、「誕生日ケーキを食べに行こう」と誘われた。ケーキを食べて地元に帰ってきたあと、駅から家に向かう道中で大晴から告白されたことを陽咲に打ち明けられた。でも陽咲が大晴からの告白の返事を迷っていると言うから、ほんの少し期待した。

 もし僕に1%でも可能性があるなら……。そう思って、伝えてしまった。陽咲のことが好きだ、と。

 今日は七月七日なのに。だから、陽咲が事故に。そうだ、事故――!

 ベッドから転がるように落ちると、ドアを叩き開けて階段を駆け降りる。

「蒼月、おはよう。大丈夫?」

 階段の下には血色の悪い顔をした母さんが立っていて、心配そうな目で僕を見てきた。

「母さん……? 陽咲は? 事故に……」

 何からどう聞けばいいのか、頭も口もうまく回らない。

 少し落ち着かないと……。ふだんの自分からは考えられないくらい、今の僕は冷静さを欠いている。

 額に手をあててゆっくりと深呼吸したとき、インターホンが鳴ってドアが開いた。あたりまえみたいに入ってきたのは制服姿の大晴で、その顔を見た瞬間、母さんがなんだかほっとしたように息を吐く。

「おはよう、大晴くん」
「おはようございます。蒼月のお母さん」
「今日も来てくれてありがとう」
「いえ、気にしないでください」

 そんなやりとりをする母さんと大晴を怪訝な顔で見つめる。どうやら母さんは、大晴が来るのがわかっていて出迎えなかったらしい。

「大晴、どうしてここにいるんだ? 陽咲は? 僕たち、学校の帰り道で事故に遭って……。でもなぜか僕だけが家にいて……今日は七月七日だから……」

 陽咲は大丈夫なのか。まさか、僕だけが助かったのか? もしかして、僕が陽咲をうまく助けられなかった……?

 その考えにいたった僕の顔から、スーッと血の気が引いていく。

 僕は目の前の母さんの肩を横に押しのけると、裸足のまま玄関の三和土に降りた。

「待てよ。どこ行くんだ、蒼月」

 焦って家を飛び出そうとする僕を大晴が止める。

「どこって陽咲のとこだよ。事故に遭って、僕が守れなくて……」
「いったん落ち着け、蒼月。今日はいつもより目覚めるのが早かったんだな。部屋のドアのあれ、見てないんだろ」

 呆れ顔で息を吐く大晴が、なぜそんなに冷静でいられるのかがわからない。

「落ち着けるわけないだろ。だって、陽咲が事故に遭ったんだ」

 車が突っ込んできて……。守ったつもりだったのに、青ざめた顔の陽咲は僕の腕の中でぐったりしていて……。

 大晴は陽咲が心配じゃないのか? 好きな子がケガして。もしかしたら、命が……。

「大丈夫だから、落ち着け」

 頭を押さえてうめく僕の背中を、大晴があやすようにトントンと叩く。

「陽咲は無事だよ。蒼月のおかげで無傷だった。陽咲のお母さんも蒼月に感謝してるよ」
「え……?」

 大晴が何を言っているのかまるでわからない。

 だって僕は七月七日に陽咲と事故に遭って、ぐったりした陽咲を抱きしめながら歩道に倒れて……。

 茫然とする僕を大晴が同情するような目で見てくる。

「心配しなくても陽咲は無事だよ。ちなみに、今日は九月九日。七月七日じゃないよ」

 九月九日……?

「ほら、な」

 大きく目を見開く僕に、大晴が制服のポケットからスマホを取り出す。その画面に表示されている日にちは、たしかに九月九日だ。

 どういうことだ。あの日から、もう二ヶ月も経ってる……? まさか未来へループしてしまったのか。そんなの、笑えるほど現実的じゃない。

 事故の恐怖から目覚めた僕には、七月七日から丸二ヶ月分の記憶が欠けていた。