◆
「鍵、僕が返してくるよ」
試写会が終わると、蒼月が机の上に置いてあったパソコン室の鍵を手に取った。
「いいよ。おれが返してくるから。蒼月は陽咲と一緒に先に外出てて」
大晴が鍵をとろうとすると、蒼月が一歩身を引く。
「いや、僕が返してくるよ。だって、大晴と陽咲はふたりで帰るでしょ」
当然のことのように言われて、わたしと大晴はお互いに顔を見合わせた。
「そりゃあ、同じ方向だし一緒に帰るけど……。蒼月も帰るだろ」
大晴が訊ねると、蒼月が微苦笑した。
「僕はいいよ。邪魔しちゃ悪いし」
そう言って、蒼月がわたしと大晴をパソコン室の外に出す。それからすぐに鍵をかけると、「じゃあね」と手を振って歩いていった。
「なんかたぶん、誤解されてるな」
遠ざかっていく蒼月の背中を見つめながら、大晴がぼやく。
「誤解って?」
「階段から落ちかけた陽咲を助けたとき、抱き合ってるとこ見られたじゃん。だから、気を遣われたんだよ」
「抱き合ってって……変な言い方しないでよ」
あれはただの事故で、落ちそうになったところをさせてもらっただけ。でも、言い方を変えると全然意味合いが違って聞こえる。
恥ずかしくて右手をグーにして大晴の肩にとんっと軽く押し当てると、大晴がけたけたっと笑う。それからわたしを振り向くと、真面目に見つめてきた。
「たぶん蒼月は、おれと陽咲が付き合ってるって勘違いしたと思うよ。おれはかまわないけど……、っていうか、ずっとそう思っててくれたほうが好都合だけど。陽咲はどう?」
「どう、って……」
わたしはもう蒼月にフラれているし、その蒼月はわたしが大晴と一緒にいることを望むと言った。このまま大晴と一緒にいたら、そのうち幼なじみとしての親愛ではなく恋愛感情が芽生えてくるようなことがあるのかもしれない。
だったら蒼月にはこのまま誤解されたままで、わたしの気持ちが風化するのを静かに待つべきなのだろう。そうすれば、わたしの気持ちや記憶のことを知ってもそばにいてくれると言ってくれた大晴を傷つけずにすむ。
そうやって冷静に考える自分がいる一方、奥のほうでくすぶる蒼月への未練が痛いくらいに胸を締めつけてくる。
答えを出せずに口をつぐんでいると、わたしを見つめる大晴のまなざしがたゆむ。やさしく微笑んでいるようにも、今にも泣きそうにも見えるせつなげな表情に、左胸がドクンと鳴った。
「ごめん、意地悪なこと聞いて。陽咲はおれに気を遣ってるだけで、ほんとうは蒼月に誤解されたくないって思ってるでしょ」
「そんなこと……」
「正直に言っていいよ。おれに気を遣うなんて陽咲らしくないし」
おどけたように笑う大晴だったけど、その声にはいつものような明るさはなかった。
大晴がムリして笑っていることは、すぐにわかる。小さな頃ずっと近くにいたから。でもだからこそ、大晴にもわたしの本音は全部見透かされている。
「実はさ、おれ、陽咲に秘密にしてたことがあるんだ……」
気まずさにうつむきかけたわたしの耳に、大晴の声が届く。
「ずっと隠しとこうと思ったけど、やっぱりズルできないや。最後のシーンで、蒼月泣いてたもんな」
映画の最後の陽咲の独白。それが終わったあとに蒼月が泣いていたように見えたのは、わたしの見間違いじゃなかったらしい。
「夏休みに映画撮ろうって思ったのは、蒼月が陽咲のことをおれに譲るだろうって気付いてたからなんだ。だからせめて、スクリーンの中にだけでも幸せな記憶を残してやりたいなって思った。蒼月のために、夏休みに思い出を作りたいなって。でも、今思えばどんだけ上から目線なんだって感じだよ。そんなこと言って本当は、自分を正当化して、蒼月への罪悪感を少しでも減らしたかっただけなのかも」
「え……?」
複雑そうな表情で語る大晴が、なにを言っているのかよくわからない。わたしを見つめる大晴の唇に微苦笑が浮かぶ。
「あのな、陽咲、実は蒼月は――」
「鍵、僕が返してくるよ」
試写会が終わると、蒼月が机の上に置いてあったパソコン室の鍵を手に取った。
「いいよ。おれが返してくるから。蒼月は陽咲と一緒に先に外出てて」
大晴が鍵をとろうとすると、蒼月が一歩身を引く。
「いや、僕が返してくるよ。だって、大晴と陽咲はふたりで帰るでしょ」
当然のことのように言われて、わたしと大晴はお互いに顔を見合わせた。
「そりゃあ、同じ方向だし一緒に帰るけど……。蒼月も帰るだろ」
大晴が訊ねると、蒼月が微苦笑した。
「僕はいいよ。邪魔しちゃ悪いし」
そう言って、蒼月がわたしと大晴をパソコン室の外に出す。それからすぐに鍵をかけると、「じゃあね」と手を振って歩いていった。
「なんかたぶん、誤解されてるな」
遠ざかっていく蒼月の背中を見つめながら、大晴がぼやく。
「誤解って?」
「階段から落ちかけた陽咲を助けたとき、抱き合ってるとこ見られたじゃん。だから、気を遣われたんだよ」
「抱き合ってって……変な言い方しないでよ」
あれはただの事故で、落ちそうになったところをさせてもらっただけ。でも、言い方を変えると全然意味合いが違って聞こえる。
恥ずかしくて右手をグーにして大晴の肩にとんっと軽く押し当てると、大晴がけたけたっと笑う。それからわたしを振り向くと、真面目に見つめてきた。
「たぶん蒼月は、おれと陽咲が付き合ってるって勘違いしたと思うよ。おれはかまわないけど……、っていうか、ずっとそう思っててくれたほうが好都合だけど。陽咲はどう?」
「どう、って……」
わたしはもう蒼月にフラれているし、その蒼月はわたしが大晴と一緒にいることを望むと言った。このまま大晴と一緒にいたら、そのうち幼なじみとしての親愛ではなく恋愛感情が芽生えてくるようなことがあるのかもしれない。
だったら蒼月にはこのまま誤解されたままで、わたしの気持ちが風化するのを静かに待つべきなのだろう。そうすれば、わたしの気持ちや記憶のことを知ってもそばにいてくれると言ってくれた大晴を傷つけずにすむ。
そうやって冷静に考える自分がいる一方、奥のほうでくすぶる蒼月への未練が痛いくらいに胸を締めつけてくる。
答えを出せずに口をつぐんでいると、わたしを見つめる大晴のまなざしがたゆむ。やさしく微笑んでいるようにも、今にも泣きそうにも見えるせつなげな表情に、左胸がドクンと鳴った。
「ごめん、意地悪なこと聞いて。陽咲はおれに気を遣ってるだけで、ほんとうは蒼月に誤解されたくないって思ってるでしょ」
「そんなこと……」
「正直に言っていいよ。おれに気を遣うなんて陽咲らしくないし」
おどけたように笑う大晴だったけど、その声にはいつものような明るさはなかった。
大晴がムリして笑っていることは、すぐにわかる。小さな頃ずっと近くにいたから。でもだからこそ、大晴にもわたしの本音は全部見透かされている。
「実はさ、おれ、陽咲に秘密にしてたことがあるんだ……」
気まずさにうつむきかけたわたしの耳に、大晴の声が届く。
「ずっと隠しとこうと思ったけど、やっぱりズルできないや。最後のシーンで、蒼月泣いてたもんな」
映画の最後の陽咲の独白。それが終わったあとに蒼月が泣いていたように見えたのは、わたしの見間違いじゃなかったらしい。
「夏休みに映画撮ろうって思ったのは、蒼月が陽咲のことをおれに譲るだろうって気付いてたからなんだ。だからせめて、スクリーンの中にだけでも幸せな記憶を残してやりたいなって思った。蒼月のために、夏休みに思い出を作りたいなって。でも、今思えばどんだけ上から目線なんだって感じだよ。そんなこと言って本当は、自分を正当化して、蒼月への罪悪感を少しでも減らしたかっただけなのかも」
「え……?」
複雑そうな表情で語る大晴が、なにを言っているのかよくわからない。わたしを見つめる大晴の唇に微苦笑が浮かぶ。
「あのな、陽咲、実は蒼月は――」