二階のパソコン室に向かって階段を登る途中、またわたしと大晴のスマホが同時に音をたてる。同時に確かめると、今度は映画撮影メンバーのグループチャットに涼晴からメッセージがきていた。

【このあと、部活のミーティングが入ってたのを忘れてた。試写会、遅れて参加か最悪いけないかも。帰ったら、大晴のパソコンで見せて】

 メッセージのあとに両手を合わせて「ごめん!」と謝るスタンプが送られてきて、大晴とともに顔を見合わせる。 

「涼晴もダメになったんだ……。試写会の日、リスケする?」

 五人中二人もいないなら、日を改めたほうがいいんじゃないか……。そう思って提案したけど、大晴は首を縦に振ろうとしなかった。

「いや、蒼月は来ると思うから三人で見よう」
「……三人」

 蒼月とは、夏祭りの夜に告白して以来一度も会っていない。映画のわたしと蒼月のふたりのシーンの撮影は、みんなで海に行った日には全て撮り終わっていて、彼と顔を合わすことがなかったのだ。

 告白して振られたとき、わたしは蒼月に「陽咲は大晴と一緒にいたほうがいい」と言われた。

 映画撮影メンバー五人で集まるならいいけれど、大晴と蒼月とわたしという微妙な関係の幼なじみ三人で集まるのはどうなのだろう。しかも、これから見るのはわたしと蒼月が恋人役を演じた映画だ。

「そんな微妙そうな顔するなよ。映画は映画。現実とは関係ないよ。まあ、見てみな。絶対、陽咲の予想を超えた仕上がりになってるから」

 わたしの考えを見透かしたように、大晴がにっと笑う。そのまま数歩階段を上がってから、大晴が突然「あっ」と足を止めた。

「そうだ。おれ、パソコン室の鍵借りてこないと」

 大晴が階段を下へと引き返そうとする。

「待って。じゃあ、わたしも」

 だけどわたしは大晴の背中を追いかけようとして、階段を一段踏み外した。

「ひゃっ……」
「え、陽咲?」

 踵から滑るように落ちたわたしを、少し下の段にいた大晴が咄嗟に抱き止めてくれる。おかげで転がり落ちずに済んだけど、ヒヤッとして心臓が止まりかけた。

「ご、ごめん……」
「おれも焦った。気を付けろよ」
「うん、ありがとう」

 お礼を言うと、大晴から離れて顔をあげる。そのとき、階段の下に蒼月の姿が見えた。

 いつからそこにいたんだろう。わずかに口を開いた蒼月が、茫然とした顔でわたし達を見上げている。

 しばらくわたし達のことをぼんやり見ていた蒼月だったけど、不意にすっと真顔になると「おはよう」と何事もなかったように挨拶してきた。

「あ、あー、おはよ」

 その挨拶が適切なのかはわからないけれど、大晴が戸惑い気味に挨拶を返す。たいていのことは、明るく笑って誤魔化してしまう大晴も、さすがにわたしと抱き合っているところを幼なじみの蒼月に見られたのは気まずかったらしい。めずらしく、声が動揺していた。

「あ、そうだ。おれ、パソコン室の鍵取ってくるんだったわ」

 それから、わざとらしくぽんっと手を叩くと階段を駆け下りていく。

「待って、大晴。わたしも」
「いや。陽咲はパソコン室の前で待ってて」

 慌てて追いかけようとしたけど、階段下で振り向いた大晴に止められる。

「え、でも……」
「すぐ戻るから!」

 そう言うやいなや、大晴は走っていなくなってしまって、わたしは追いかけるタイミングを失った。

 大晴ってば、どうしてひとりだけ行っちゃうの。気まずいのはわたしだって同じなのに。

 幼なじみのマイペースさに、呆れを通り越してため息が溢れる。

 階段の途中に立ち止まっていると、蒼月が下から上がってきた。わたしの横をすれ違うとき、ちらっと見てきた蒼月と目が合う。

 何を考えているのかわからない静かなまなざし。すでにフラれているのに、左胸が落ち着きなく騒ぐのは、まだ蒼月のことが好きだからだ。

「行かないの?」

 蒼月の気配が遠くなるのを息を止めて待っていると、ふいに背中に声をかけられた。肩越しに振り向くと、階段を一番上までのぼりきった蒼月が、無表情でわたしを見下ろしていた。

 話しかけてもらえた……。それだけで、嬉しくて舞い上がりそうにな気持ちになるから困る。

「う、うん。行く……」

 急ぎ足で階段を上がるわたしを、蒼月は待っていてくれた。

「深澤さんと涼晴は来れなくなっちゃったんだね」

 隣に追い付くと、パソコン室に向かって歩き出した蒼月が話しかけてくる。前を向いたままの蒼月は無表情だけど、冷たい感じではない。

 次に会ったらふつうに話しかけてほしいと言ったわたしとの約束を守ってくれているのかもしれない。

「そうみたい。残念だよね」

 わたしも、ふつうにしなきゃ。フラれてしまったけど、このまま蒼月と疎遠にはなりたくない。そう思うけど、蒼月の隣で少し速くなる左胸の鼓動だけは制御しきれない。

「今日は大晴と一緒に来たの?」

 うつむき加減に歩いていると、蒼月がふいに訊ねてきた。

「あ、うん。駅で待ち合わせて一緒に」
「そっか。仲良いね」

 振り向いた蒼月が、わたしを見つめて目をすがめた。淋しそうにも、なんだか呆れているようにも見える蒼月の表情にドキッとする。

 フラれてすぐに大晴と一緒にいるなんて、切り替えが早いと思われてるのかな。もしかしたら、蒼月はわたしが大晴と付き合うことにしたと思っているのかもしれない。

『大晴とは何もない』

 そう言おうと口を開きかけて、わたしはすぐに思いとどまった。

 どうせフラれたのだし、蒼月が誤解しているならこのままでもいいのかもしれない。わたしの告白を断るときに「大晴と一緒にいるべきだ」と言ったのは蒼月だ。それなのに……。

「そうだね、仲良いよ」

 口角をあげてそう返したら、蒼月が複雑そうな目でわたしを見てくるからずるいと思った。わたしを幼なじみ以上には思えないなら、中途半端な同情はしないでほしい。