二学期が始まって一週間が過ぎた土曜日。映画撮影に参加したメンバー五人で、大晴が編集した映画の試写会を行うことになった。
場所は学校のパソコン室。大晴がプロジェクターを借りられるように学校に交渉したとかで、一時半に集合、二時から上映開始予定だ。
試写会当日、わたしは大晴と学校の最寄駅で待ち合わせをした。午前中に部活に出ている大晴と一緒にお昼を食べる約束をしたからだ。
夏祭りの夜以降、なんとなく、わたしと大晴はふたりで会うことが増えた。だけど、わたしと大晴は付き合い始めたわけではない。
蒼月への未練と記憶が欠けていくことへの不安を吐露したわたしに、大晴は「ずっと一緒にいる」と言ってくれた。それだけでなく、大晴は蒼月のことを好きなわたしの気持ちに整理がつくまで待ってくれるつもりらしい。そんなふうに思ってくれる大晴のやさしさに、わたしは甘えてしまっている。
暦は九月に入ったというのに、まだまだ日中の気温は高い。立っているだけで汗が噴き出してくる顔にハンディーファンの風をあてながら待っていると、スポーツバッグを肩にかけた大晴が待ち合わせの十二時から五分遅れでやってきた。
「お待たせ。どこ行く?」
爽やかな笑顔で話しかけてくる大晴は、額に汗のつぶを浮かせているのに少しも暑そうに見えないから羨ましい。
「どこでも」
わたしがそう言うと、改札から見えているハンバーガー屋さんに連れて行かれた。ポテトが食べたい気分らしい。
それぞれハンバーガーのセットを頼むと、大晴と二人がけの椅子に座る。
「いただきまーす」
席に着くなり、大晴が箱からポテトを数本摘んで口に頬張る。部活後でお腹が空いているのか、大晴の食べるペースは速かった。
「そういえば、結局一時間半以内で収まったの?」
大晴の箱のポテトが半分ほど減ったところで訊ねると、彼が「うん」と頷く。
「良いシーンがいっぱいあって取捨選択が難しかったけどなんとか。いい感じになってると思う。楽しみにしてて」
大晴がニヤリと笑う。そう断言するということは、かなりの自信作ができあがったんだろう。
試写会の三日前まで、大晴は映画の編集のことで悩んでいた。
素人の有志で作った映画なんて、長すぎてもたぶん見てもらえない。
だけど、夏休み中に撮った映像にはいいものがたくさんあって、それらを全て入れると、上映時間は二時間でも足りないほどだったらしい。
「たくさん見に来てくれるといいね。部活の友達には宣伝しとくよ。自分が出てるからちょっと恥ずかしいけど」
「まあ、最悪、誰も来なかったらそれはそれで」
「えー、誰も見に来なくていいの?」
「そりゃあ、撮影も編集も素人なりに頑張ったし、たくさん見に来てもらえたら嬉しいけど。一番見てもらいたいのは陽咲と蒼月だから」
「わたしと蒼月……?」
訊ね返しながら、わたしはちょっと顔をしかめた。
夏休み中に大晴が撮った映像をわたしはほとんど見ていない。大晴や涼晴には「見てみる?」って何度か聞かれたけれど、素人演技の自分の映像を確認するのは恥ずかしい。それに、蒼月とふたりで撮影したシーンを冷静な気持ちで見ていられる自信もない。
今日はみんなで集まっての試写会だから仕方ないけど、スクリーンを見ながら叫び出してしまわないか心配だ。
ジュースを啜りながら考えていると、自分の分のポテトを食べ終えた大晴が、ハンバーガーを齧りながらわたしのトレーからポテトを攫っていく。
「あ……」
「陽咲、覚えてる?」
大晴の口の中に消えていくポテトに視線を向けながらストローから口を離したわたしは、その言葉にドキッとした。記憶が消えていっていると気付いてから「覚えてる?」と問われると、少し身構えてしまう。
「おれ、今年の夏休みの思い出になるような記録を残したかったんだ」
だけと、大晴が口にした話にはちゃんと覚えがあった。
「そういえば、言ってたね」
夏休みが始まってすぐの溶けそうなほど暑い日。蒼月と三人でコンビニの前でアイスを食べているときに、大晴がやけに真剣な顔で言っていた。
『記憶はいつか曖昧になるけど、記録は後にも残るだろ』って。
あのときは何言ってるんだろうと思ったけど、あらためて聞いてもやっぱり何言ってるんだろうと思う。
小さな頃からずっと一緒にいる大晴のことは、わりとなんでもわかっているつもりだった。
でも、ひそかにわたしのことを好きでいてくれたり、突然夏の思い出を作ろうと提案してきたり、それを記録に残したいのだと語ったり。たまに、なにを考えているのかまったく読めない。
記録に残したいという大晴の言葉の意味を考えながら、ポテトに手を伸ばしたとき、テーブルの上に置いていたわたしと大晴のスマホが同時に震えた。
「え。あやめ、体調不良で来れなくなったって……」
「みたいだね」
わたし達のスマホに届いたのは、グループチャットに送られてきたあやめからのメッセージ。朝起きてからずっと腹痛が治らず、今日の試写会には来られないらしい。
「残念だけど仕方ないね」
「そうだな。深澤さんには、また体調良くなってから別で見てもらおう」
大晴がそう言って、グループチャットにあやめを気遣うメッセージを返す。
ハンバーガー屋でお昼を食べながら一時間ほど過ごしたあと、わたし達は学校へと向かった。
あやめは来れなくなってしまったけれど、涼晴と蒼月と一時半にパソコン室の前で待ち合わせだ。
「暑いねー」
外に出ると、日差しとむわっとした空気が暑い。ハンディーファンを回しても、顔にかかるのは生ぬるい風ばかりで、効果のほどがわからない。
駅から学校までは徒歩十分。大晴と並んで歩きながら、お互いに口を開けば「暑っ……」という言葉しか出てこない。
学校に着くと、ゆるくエアコンの効いた室内は外よりもいくぶんか涼しかった。
場所は学校のパソコン室。大晴がプロジェクターを借りられるように学校に交渉したとかで、一時半に集合、二時から上映開始予定だ。
試写会当日、わたしは大晴と学校の最寄駅で待ち合わせをした。午前中に部活に出ている大晴と一緒にお昼を食べる約束をしたからだ。
夏祭りの夜以降、なんとなく、わたしと大晴はふたりで会うことが増えた。だけど、わたしと大晴は付き合い始めたわけではない。
蒼月への未練と記憶が欠けていくことへの不安を吐露したわたしに、大晴は「ずっと一緒にいる」と言ってくれた。それだけでなく、大晴は蒼月のことを好きなわたしの気持ちに整理がつくまで待ってくれるつもりらしい。そんなふうに思ってくれる大晴のやさしさに、わたしは甘えてしまっている。
暦は九月に入ったというのに、まだまだ日中の気温は高い。立っているだけで汗が噴き出してくる顔にハンディーファンの風をあてながら待っていると、スポーツバッグを肩にかけた大晴が待ち合わせの十二時から五分遅れでやってきた。
「お待たせ。どこ行く?」
爽やかな笑顔で話しかけてくる大晴は、額に汗のつぶを浮かせているのに少しも暑そうに見えないから羨ましい。
「どこでも」
わたしがそう言うと、改札から見えているハンバーガー屋さんに連れて行かれた。ポテトが食べたい気分らしい。
それぞれハンバーガーのセットを頼むと、大晴と二人がけの椅子に座る。
「いただきまーす」
席に着くなり、大晴が箱からポテトを数本摘んで口に頬張る。部活後でお腹が空いているのか、大晴の食べるペースは速かった。
「そういえば、結局一時間半以内で収まったの?」
大晴の箱のポテトが半分ほど減ったところで訊ねると、彼が「うん」と頷く。
「良いシーンがいっぱいあって取捨選択が難しかったけどなんとか。いい感じになってると思う。楽しみにしてて」
大晴がニヤリと笑う。そう断言するということは、かなりの自信作ができあがったんだろう。
試写会の三日前まで、大晴は映画の編集のことで悩んでいた。
素人の有志で作った映画なんて、長すぎてもたぶん見てもらえない。
だけど、夏休み中に撮った映像にはいいものがたくさんあって、それらを全て入れると、上映時間は二時間でも足りないほどだったらしい。
「たくさん見に来てくれるといいね。部活の友達には宣伝しとくよ。自分が出てるからちょっと恥ずかしいけど」
「まあ、最悪、誰も来なかったらそれはそれで」
「えー、誰も見に来なくていいの?」
「そりゃあ、撮影も編集も素人なりに頑張ったし、たくさん見に来てもらえたら嬉しいけど。一番見てもらいたいのは陽咲と蒼月だから」
「わたしと蒼月……?」
訊ね返しながら、わたしはちょっと顔をしかめた。
夏休み中に大晴が撮った映像をわたしはほとんど見ていない。大晴や涼晴には「見てみる?」って何度か聞かれたけれど、素人演技の自分の映像を確認するのは恥ずかしい。それに、蒼月とふたりで撮影したシーンを冷静な気持ちで見ていられる自信もない。
今日はみんなで集まっての試写会だから仕方ないけど、スクリーンを見ながら叫び出してしまわないか心配だ。
ジュースを啜りながら考えていると、自分の分のポテトを食べ終えた大晴が、ハンバーガーを齧りながらわたしのトレーからポテトを攫っていく。
「あ……」
「陽咲、覚えてる?」
大晴の口の中に消えていくポテトに視線を向けながらストローから口を離したわたしは、その言葉にドキッとした。記憶が消えていっていると気付いてから「覚えてる?」と問われると、少し身構えてしまう。
「おれ、今年の夏休みの思い出になるような記録を残したかったんだ」
だけと、大晴が口にした話にはちゃんと覚えがあった。
「そういえば、言ってたね」
夏休みが始まってすぐの溶けそうなほど暑い日。蒼月と三人でコンビニの前でアイスを食べているときに、大晴がやけに真剣な顔で言っていた。
『記憶はいつか曖昧になるけど、記録は後にも残るだろ』って。
あのときは何言ってるんだろうと思ったけど、あらためて聞いてもやっぱり何言ってるんだろうと思う。
小さな頃からずっと一緒にいる大晴のことは、わりとなんでもわかっているつもりだった。
でも、ひそかにわたしのことを好きでいてくれたり、突然夏の思い出を作ろうと提案してきたり、それを記録に残したいのだと語ったり。たまに、なにを考えているのかまったく読めない。
記録に残したいという大晴の言葉の意味を考えながら、ポテトに手を伸ばしたとき、テーブルの上に置いていたわたしと大晴のスマホが同時に震えた。
「え。あやめ、体調不良で来れなくなったって……」
「みたいだね」
わたし達のスマホに届いたのは、グループチャットに送られてきたあやめからのメッセージ。朝起きてからずっと腹痛が治らず、今日の試写会には来られないらしい。
「残念だけど仕方ないね」
「そうだな。深澤さんには、また体調良くなってから別で見てもらおう」
大晴がそう言って、グループチャットにあやめを気遣うメッセージを返す。
ハンバーガー屋でお昼を食べながら一時間ほど過ごしたあと、わたし達は学校へと向かった。
あやめは来れなくなってしまったけれど、涼晴と蒼月と一時半にパソコン室の前で待ち合わせだ。
「暑いねー」
外に出ると、日差しとむわっとした空気が暑い。ハンディーファンを回しても、顔にかかるのは生ぬるい風ばかりで、効果のほどがわからない。
駅から学校までは徒歩十分。大晴と並んで歩きながら、お互いに口を開けば「暑っ……」という言葉しか出てこない。
学校に着くと、ゆるくエアコンの効いた室内は外よりもいくぶんか涼しかった。