蒼月の家からの帰り道。涙が溢れて止まらなかった。

 浴衣姿で涙を流して歩くわたしを、通りすがりの人がぎょっとしたように見てくる。けれど、そのことを恥ずかしいと思う余裕もない。

 蒼月にフラれた。その事実だけで、永遠に涙が出てくるような気がする。

 でも、こんなぐしゃぐしゃな泣き顔で帰ったら、お母さんが心配する。

 マンションのエントランスの前で涙を拭っていると、入り口のドアから大晴が飛び出してきた。

「陽咲、やっと帰ってきた……って、おわっ……」

 涙でぐしょ濡れのわたしの顔を見た大晴から変な声が出る。

「どうした? ていうか、浴衣でどこ行ってたんだよ。俺との約束すっぽかして、まさか夏祭り……じゃないよな」

 まさか大晴がマンションの前にいると思わなかった。だから、大晴の声を聞いた瞬間に気が緩んだ。拭った目から、また涙が溢れ出してきて、ぽろぽろこぼれて止まらない。

「ほんとにどうしたんだよ」

 心配そうに訊ねてくる大晴に手を伸ばすと、彼のTシャツの裾を握る。

「蒼月にフラれた……」

 つぶやいた瞬間、大晴がはっと息を飲んだ。

「え、蒼月に会いに行ってたの?」
「そうだよ。どうしても伝えたいことがあったから。でもフラれたの。わたしが大切なことを忘れちゃうから」
「それ、どういう意味……?」

 眉根を寄せて首を傾げる大晴に、わたしは記憶のことを話した。

 事故の日以外の記憶が少しずつ欠けているかもしれないこと。その記憶はいつ、どの部分が消えているか自分ではわからないこと。実際に小学生のときの記憶がいくつか消えていること。そういうことを、涙を拭いながらぽつぽつと話す。

「ずっと保留にしてた告白の返事してもいいかな。わたし、やっぱり大晴との気持ちには応えられない。大晴とは付き合えない。ごめんね……」
「それは……、蒼月のことが好きだから?」

 大晴が哀しそうな目でわたしを見つめてくる。そのまなざしが、わたしの胸を苦しくさせた。

 今のわたしは、告白を断られたときの気持ちもわかる。断られるのも、断るのも。全部、胸が痛くて苦しい。

「それもあるけど……、不安だから。大晴と付き合っても、わたしは忘れちゃうかもしれないよ。一緒に出かけた場所とか、話したこととか、楽しいこととか嬉しいこととか。そういう全部……もしかしたら、大晴に告白されたことだって忘れちゃうかもしれないよ」

 自分に欠陥があるとわかっていて、大晴とは付き合えない。不安な気持ちを吐露すると、大晴がわたしの肩に手をのせた。

「大丈夫。もし陽咲が忘れても、おれが代わりに全部覚えておくから」

 そう言って、大晴がわたしの肩を引き寄せる。大晴に正面から抱きしめられるのは幼稚園以来かもしれない。突然の出来事に、動揺で左胸がさわぐ。

「一緒に出かけた場所も話したことも、楽しいことも嬉しいことも。ついでに悲しかったことも、ムカつくことも全部、おれが代わりに覚えてる。だから、陽咲はなにも心配しなくていい」
「でも……」
「おれがずっと陽咲と一緒にいるから」

 優しい大晴の言葉が、わたしの胸を揺さぶった。