わたしと蒼月が戻ると、大晴がそれぞれの服装を確認して「うん」と満足そうに頷いた。
「ふたりとも、ちゃんとデートっぽい。じゃあ、最初はふつうに浜辺を歩いてるところをとって、それから海でいちゃいちゃするシーンも撮っとこう」
「いちゃいちゃ!?」
「何すればいいの?」
動揺するわたしの隣で、そう訊ねる蒼月の声は冷静だ。あまりの落ち着きぶりに、過剰反応してしまった自分が恥ずかしい。
「そうだなあ。ベタだけど、浅瀬で水かけ合ったりとか、波打ち際で走ったりとかがいいんじゃない?」
「あと、浜辺でお城作ったり、砂浜に棒で絵を描いたりとか?」
大晴の話に、涼晴が横から口を挟んでくる。
「じゃあ、とりあえずそういうの全部やってみよっか」
わたしと蒼月にスマホのカメラを向けると、大晴がニヤリと笑った。
浅瀬で水をかけ合ったりとか、波打ち際で走ったりとか……、って。そんなの、恋愛ドラマか少女マンガでしか見たことないんですけど。
心の中でつっこんでみるけど、反論したところでどうにもならない。大晴が「やってみよう」と言えば、やらなければいけないのだ。
「適当にしゃべってくれていいから、ふたりのタイミングで自然に歩き出してみて」
わたしと蒼月から離れた大晴が、スマホのカメラを構える。別の角度からは涼晴がカメラを撮っていて、あやめはふたりのアシスタントだ。
「恋人同士っぽくね〜」
少し離れたところから大晴のよく通る声で指示が飛んできた。
恋人同士っぽく。かつ、自然に歩くってどんな感じなのだろう。
ちらっと横を見ると、無表情の蒼月が振り向く。目が合って、反応に困った。だけど、いつまでも棒立ちでいるわけにもいかない。
「と、とりあえず、大晴のカメラのほうに向かって歩こうか」
わたしの提案に、蒼月が「そうだね」と頷く。けれど、不自然なくらいのカメラ目線で、一歩、二歩と砂浜を歩き出したわたしの動きはギクシャクとしていた。もちろん、隣の蒼月との会話はない。
無言で十歩ほど進んだところで、ザザッと少し大きめの波が打ち寄せてきた。それが波打ち際に近いほうを歩いていたわたしの足にかかり、ロングスカートが膝のあたりまで濡れる。
「うわ、やっちゃった……」
わたしがスカートをつまんで裾をひらひらとはためかせると、またザザッと大きめの波がくる。
「わ、また来たっ……!」
慌てて逃げようとすると、蒼月に手を引かれる。
「陽咲」
名前を呼ばれたような気がするけれど、波の音が聴かせた幻聴だったかもしれない。蒼月が早めに手を引っぱってくれたおかげで、わたしはそれ以上濡れずにすんだ。
「……ありがとう」
照れ笑いしながらお礼を言うと、蒼月が伏し目がちに頷く。それからわたしと左右場所を入れ替わると、手を繋いだまま歩き始めた。
軽く手のひらが触れ合うように繋がれた手。振り払おうと思えばすぐに振り払えるくらいの力でゆるく握られている蒼月の手を、わたしは自分から離せなかった。
「手、もう離しても大丈夫だよ」
蒼月に決断をゆだねるように声をかけると、彼が肩越しに振り向いた。
「なるべく、恋人っぽく見えるように歩いたほうがいいんだよね?」
ハの字に眉を下げた蒼月が、わたしに不安そうに訊ねてくる。ふいに困り顔を見せた蒼月に、わたしはおもわず「くふっ……」と変な笑い声をあげてしまった。
大晴の支持を落ち着いた顔で聞いていた蒼月も、「いちゃいちゃするシーンを撮ろう」と言われて、内心では動揺していたのかもしれない。蒼月が素の表情を見せてくれたおかげで、わたしの緊張がほどける。
「恋人同士っぽい歩き方ってどんなだろうね。わたし、これまで誰かと付き合ったこともないし、海デートなんてしたこともないから、どういうのが自然なのかわかんないんだけど」
カメラが回っていることも忘れて、笑ってふつうにそう言うと、蒼月が鼻筋に指をあててメガネを押しあげた。
「僕も」
その言葉に妙に安心している自分がいた。蒼月も今まで誰とも付き合ったことがない。それがわかって、ちょっと嬉しかったのだ。同類意識としてではなくて、もっと別の意味で。
そこからは肩の力が抜けて、それまでよりも自然に歩けた。蒼月とゆるく繋いだままの手にドキドキさせられる以外は。
「オッケー、いいよ」
大晴との距離が一メートルほどまで近付いたところで、彼がカメラを止める。
「途中で手繋いだのは、どっちのアイデア。そこからすごく雰囲気がよくなった」
大晴の言葉に、ドキッとする。その瞬間、蒼月の手がわたしからするっと離れていった。
「別に狙ったわけじゃないよ。陽咲が波でスカート濡れないか気にしてたから助けただけ」
「ふーん」
蒼月の説明に頷いた大晴が、ちらっとわたしを見てくる。蒼月が言ったことは事実で、やましいことなんて何もないのに、わたしは何だか気まずくて目を伏せた。
そのあとも、蒼月とふたりでの撮影は続いた。海に少し入って遊んだり、浜辺で砂遊びをしたり。わたしと蒼月がふたりで遊ぶシーンを撮ったあと、みんなで海岸沿いのカフェにお昼を食べに行った。
あやめとリサーチしていたお店の料理はどれもおいしくて、シェアして食べたしらすのピザが最高だった。お腹いっぱいになったあとは、みんなで海沿いの道を散歩した。
ときどき撮影もしながら歩いていたら、気になるカフェやベーカリーを見つけて。ランチでお腹いっぱいになったことも忘れて、みんなで入ってしまった。
クーラーの効いた涼しいカフェで海を眺めながら過ごすのは快適で、みんなドリンク一杯しか頼んでいないのに、ダラダラといつまでも居座ってしまう。
大晴と涼晴は、お互いに今日撮影した動画を見せ合っていて、そこに蒼月を巻き込んで、どのシーンが使えそうかあれこれ話している。
「陽咲も見る?」って聞かれたけど、断った。自分が演技してる動画のチェックなんて恥ずかしい。最後に完成したものを一度だけ見せてもらえたら充分だ。
大晴たちが撮影動画をチェックしているあいだ、わたしはあやめとSNSの投稿動画を見て時間を潰した。同世代の子達のダンス動画を見ていたら、近付いて来た店員さんがわたしの前に何か置く。
追加の注文は何もしていないはずだけど。不思議に思って顔をあげると、店員さんと目が合って、にこっと笑いかけられた。
「お誕生日おめでとうございます」
「え……?」
目の前に置かれているのは、イチゴのショートケーキ。白いプレートの余白部分には、チョコレートで「Happy Birthday Hisaki♡」の文字が描かれている。
「え、ええ〜。なに……?」
「陽咲、お誕生日おめでとう! みんなからプレゼント」
大晴が、にっと笑いながらパチパチッと拍手する。それにつられるように、他のみんなも「おめでと〜」と拍手をくれた。
「え〜、うそ。ありがとう……!」
まさか、こんなタイミングでサプライズがあるなんて。
何の予想もしていなかっただけに、嬉しくてちょっと泣きそうだ。
「え、陽咲、泣いてる?」
目の周りをパタパタ手のひらであおぐと、と、あやめがからかうように笑う。
「泣いてない。泣いてない。ちょっとびっくりしちゃって……」
「びっくりして泣いちゃった?」
「違うってば。あ、ねえ、写真撮ってもらおう」
みんなで店員さんに写真を撮ってもらってから、わたしはフォークを手にとった。
最初はひとりだけケーキを食べるのはちょっと申し訳ないなって気持ちもあったけど、ひとくち食べると、程よい甘さの生クリームがおいしくて。二口目、三口目と、どんどんケーキに手が伸びてしまう。
「陽咲って、ケーキ食ってるときが一番幸せそうな顔してるよな」
わたしがケーキに夢中になっていると、大晴の隣で頬杖をついた涼晴が、ふとそんなことを言い出した。
「小学校の何年のときだっけ? 大晴と蒼月くんが、陽咲にナイショで誕生日ケーキ買いに行ったの覚えてる? あのときのホールケーキ、陽咲がひとりで半分食ったよな」
「そ、そんなことあったっけ……?」
涼晴の話はイマイチ、ピンとこない。
「あったよ。小四くらいじゃない? サプライズするつもりで蒼月とふたりでこっそりケーキを買って帰ってきたら、仲間はずれにされたと思った陽咲が大泣きしてて大変だったよな」
「誕生日ケーキを見せたら、すぐ機嫌治ったけどね」
大晴と蒼月が、顔を見合わせてクスクスと思い出し笑いする。ふたりに笑われて、わたしは手のひらに変な汗をかいた。
「そ、そうだったかな」
「陽咲、ケーキには目がないもんね。美味しいケーキ屋さん情報、よくチェックしてるし」
大晴たちの昔話を聞いたあやめも笑う。みんなにいろいろ言われて、わたしの心が乱れる。
恥ずかしいからじゃない。なぜか、今聞かされた子どもの頃の話に覚えがなかったからだ。
大晴と蒼月だけじゃなくて、涼晴まで覚えているような話をわたしが覚えてないなんてあるだろうか。それも、自分の誕生日のときの話だ。
そういえば、着替えを済ませたあとで蒼月と雑談していたときも似たようなことがあった。蒼月が覚えていた海洋体験のできごとをわたしが覚えてなくて、ちょっと変な空気になった。もっと前は、バドミントンの試合で対戦した相手のことを覚えてなかった。
人の記憶なんて曖昧だし、家族や友達との思い出も、わたしが覚えてて相手が覚えてないことはある。もちろん、逆のパターンも。だから、たまたま、みんなが覚えていることをわたしが覚えていないだけかもしれない。
そうであってほしいけど……。こんなふうに立て続くことがあるだろうか。
「ふたりとも、ちゃんとデートっぽい。じゃあ、最初はふつうに浜辺を歩いてるところをとって、それから海でいちゃいちゃするシーンも撮っとこう」
「いちゃいちゃ!?」
「何すればいいの?」
動揺するわたしの隣で、そう訊ねる蒼月の声は冷静だ。あまりの落ち着きぶりに、過剰反応してしまった自分が恥ずかしい。
「そうだなあ。ベタだけど、浅瀬で水かけ合ったりとか、波打ち際で走ったりとかがいいんじゃない?」
「あと、浜辺でお城作ったり、砂浜に棒で絵を描いたりとか?」
大晴の話に、涼晴が横から口を挟んでくる。
「じゃあ、とりあえずそういうの全部やってみよっか」
わたしと蒼月にスマホのカメラを向けると、大晴がニヤリと笑った。
浅瀬で水をかけ合ったりとか、波打ち際で走ったりとか……、って。そんなの、恋愛ドラマか少女マンガでしか見たことないんですけど。
心の中でつっこんでみるけど、反論したところでどうにもならない。大晴が「やってみよう」と言えば、やらなければいけないのだ。
「適当にしゃべってくれていいから、ふたりのタイミングで自然に歩き出してみて」
わたしと蒼月から離れた大晴が、スマホのカメラを構える。別の角度からは涼晴がカメラを撮っていて、あやめはふたりのアシスタントだ。
「恋人同士っぽくね〜」
少し離れたところから大晴のよく通る声で指示が飛んできた。
恋人同士っぽく。かつ、自然に歩くってどんな感じなのだろう。
ちらっと横を見ると、無表情の蒼月が振り向く。目が合って、反応に困った。だけど、いつまでも棒立ちでいるわけにもいかない。
「と、とりあえず、大晴のカメラのほうに向かって歩こうか」
わたしの提案に、蒼月が「そうだね」と頷く。けれど、不自然なくらいのカメラ目線で、一歩、二歩と砂浜を歩き出したわたしの動きはギクシャクとしていた。もちろん、隣の蒼月との会話はない。
無言で十歩ほど進んだところで、ザザッと少し大きめの波が打ち寄せてきた。それが波打ち際に近いほうを歩いていたわたしの足にかかり、ロングスカートが膝のあたりまで濡れる。
「うわ、やっちゃった……」
わたしがスカートをつまんで裾をひらひらとはためかせると、またザザッと大きめの波がくる。
「わ、また来たっ……!」
慌てて逃げようとすると、蒼月に手を引かれる。
「陽咲」
名前を呼ばれたような気がするけれど、波の音が聴かせた幻聴だったかもしれない。蒼月が早めに手を引っぱってくれたおかげで、わたしはそれ以上濡れずにすんだ。
「……ありがとう」
照れ笑いしながらお礼を言うと、蒼月が伏し目がちに頷く。それからわたしと左右場所を入れ替わると、手を繋いだまま歩き始めた。
軽く手のひらが触れ合うように繋がれた手。振り払おうと思えばすぐに振り払えるくらいの力でゆるく握られている蒼月の手を、わたしは自分から離せなかった。
「手、もう離しても大丈夫だよ」
蒼月に決断をゆだねるように声をかけると、彼が肩越しに振り向いた。
「なるべく、恋人っぽく見えるように歩いたほうがいいんだよね?」
ハの字に眉を下げた蒼月が、わたしに不安そうに訊ねてくる。ふいに困り顔を見せた蒼月に、わたしはおもわず「くふっ……」と変な笑い声をあげてしまった。
大晴の支持を落ち着いた顔で聞いていた蒼月も、「いちゃいちゃするシーンを撮ろう」と言われて、内心では動揺していたのかもしれない。蒼月が素の表情を見せてくれたおかげで、わたしの緊張がほどける。
「恋人同士っぽい歩き方ってどんなだろうね。わたし、これまで誰かと付き合ったこともないし、海デートなんてしたこともないから、どういうのが自然なのかわかんないんだけど」
カメラが回っていることも忘れて、笑ってふつうにそう言うと、蒼月が鼻筋に指をあててメガネを押しあげた。
「僕も」
その言葉に妙に安心している自分がいた。蒼月も今まで誰とも付き合ったことがない。それがわかって、ちょっと嬉しかったのだ。同類意識としてではなくて、もっと別の意味で。
そこからは肩の力が抜けて、それまでよりも自然に歩けた。蒼月とゆるく繋いだままの手にドキドキさせられる以外は。
「オッケー、いいよ」
大晴との距離が一メートルほどまで近付いたところで、彼がカメラを止める。
「途中で手繋いだのは、どっちのアイデア。そこからすごく雰囲気がよくなった」
大晴の言葉に、ドキッとする。その瞬間、蒼月の手がわたしからするっと離れていった。
「別に狙ったわけじゃないよ。陽咲が波でスカート濡れないか気にしてたから助けただけ」
「ふーん」
蒼月の説明に頷いた大晴が、ちらっとわたしを見てくる。蒼月が言ったことは事実で、やましいことなんて何もないのに、わたしは何だか気まずくて目を伏せた。
そのあとも、蒼月とふたりでの撮影は続いた。海に少し入って遊んだり、浜辺で砂遊びをしたり。わたしと蒼月がふたりで遊ぶシーンを撮ったあと、みんなで海岸沿いのカフェにお昼を食べに行った。
あやめとリサーチしていたお店の料理はどれもおいしくて、シェアして食べたしらすのピザが最高だった。お腹いっぱいになったあとは、みんなで海沿いの道を散歩した。
ときどき撮影もしながら歩いていたら、気になるカフェやベーカリーを見つけて。ランチでお腹いっぱいになったことも忘れて、みんなで入ってしまった。
クーラーの効いた涼しいカフェで海を眺めながら過ごすのは快適で、みんなドリンク一杯しか頼んでいないのに、ダラダラといつまでも居座ってしまう。
大晴と涼晴は、お互いに今日撮影した動画を見せ合っていて、そこに蒼月を巻き込んで、どのシーンが使えそうかあれこれ話している。
「陽咲も見る?」って聞かれたけど、断った。自分が演技してる動画のチェックなんて恥ずかしい。最後に完成したものを一度だけ見せてもらえたら充分だ。
大晴たちが撮影動画をチェックしているあいだ、わたしはあやめとSNSの投稿動画を見て時間を潰した。同世代の子達のダンス動画を見ていたら、近付いて来た店員さんがわたしの前に何か置く。
追加の注文は何もしていないはずだけど。不思議に思って顔をあげると、店員さんと目が合って、にこっと笑いかけられた。
「お誕生日おめでとうございます」
「え……?」
目の前に置かれているのは、イチゴのショートケーキ。白いプレートの余白部分には、チョコレートで「Happy Birthday Hisaki♡」の文字が描かれている。
「え、ええ〜。なに……?」
「陽咲、お誕生日おめでとう! みんなからプレゼント」
大晴が、にっと笑いながらパチパチッと拍手する。それにつられるように、他のみんなも「おめでと〜」と拍手をくれた。
「え〜、うそ。ありがとう……!」
まさか、こんなタイミングでサプライズがあるなんて。
何の予想もしていなかっただけに、嬉しくてちょっと泣きそうだ。
「え、陽咲、泣いてる?」
目の周りをパタパタ手のひらであおぐと、と、あやめがからかうように笑う。
「泣いてない。泣いてない。ちょっとびっくりしちゃって……」
「びっくりして泣いちゃった?」
「違うってば。あ、ねえ、写真撮ってもらおう」
みんなで店員さんに写真を撮ってもらってから、わたしはフォークを手にとった。
最初はひとりだけケーキを食べるのはちょっと申し訳ないなって気持ちもあったけど、ひとくち食べると、程よい甘さの生クリームがおいしくて。二口目、三口目と、どんどんケーキに手が伸びてしまう。
「陽咲って、ケーキ食ってるときが一番幸せそうな顔してるよな」
わたしがケーキに夢中になっていると、大晴の隣で頬杖をついた涼晴が、ふとそんなことを言い出した。
「小学校の何年のときだっけ? 大晴と蒼月くんが、陽咲にナイショで誕生日ケーキ買いに行ったの覚えてる? あのときのホールケーキ、陽咲がひとりで半分食ったよな」
「そ、そんなことあったっけ……?」
涼晴の話はイマイチ、ピンとこない。
「あったよ。小四くらいじゃない? サプライズするつもりで蒼月とふたりでこっそりケーキを買って帰ってきたら、仲間はずれにされたと思った陽咲が大泣きしてて大変だったよな」
「誕生日ケーキを見せたら、すぐ機嫌治ったけどね」
大晴と蒼月が、顔を見合わせてクスクスと思い出し笑いする。ふたりに笑われて、わたしは手のひらに変な汗をかいた。
「そ、そうだったかな」
「陽咲、ケーキには目がないもんね。美味しいケーキ屋さん情報、よくチェックしてるし」
大晴たちの昔話を聞いたあやめも笑う。みんなにいろいろ言われて、わたしの心が乱れる。
恥ずかしいからじゃない。なぜか、今聞かされた子どもの頃の話に覚えがなかったからだ。
大晴と蒼月だけじゃなくて、涼晴まで覚えているような話をわたしが覚えてないなんてあるだろうか。それも、自分の誕生日のときの話だ。
そういえば、着替えを済ませたあとで蒼月と雑談していたときも似たようなことがあった。蒼月が覚えていた海洋体験のできごとをわたしが覚えてなくて、ちょっと変な空気になった。もっと前は、バドミントンの試合で対戦した相手のことを覚えてなかった。
人の記憶なんて曖昧だし、家族や友達との思い出も、わたしが覚えてて相手が覚えてないことはある。もちろん、逆のパターンも。だから、たまたま、みんなが覚えていることをわたしが覚えていないだけかもしれない。
そうであってほしいけど……。こんなふうに立て続くことがあるだろうか。