◆
電車を二本乗り継いで、約一時間半。目的地の駅で降りて五分ほど歩くと、海岸が見えてくる。
大晴が映画の撮影地として選んだのは、日帰りで行って帰って来られる距離にある海。遊泳禁止だが、景色がいいことで有名なスポットで、海岸沿いの道路におしゃれなカフェも点在しているから、浜辺を歩いたり、波打ち際で遊んでいる観光客が思ったよりもたくさんいる。
「もっと朝早いほうが、人が少なかったかなあ。映り込んじゃう人は、編集アプリで消しちゃえばいっか」
到着するなり、海に向けてスマホのカメラを構えた大晴が、それを左から右にゆっくりと動かす。
大晴のスマホに映る海の景色を眺めながら、そんなことができるんだとわたしはちょっと感心した。
「じゃあ、最初はセリフなしで蒼月と陽咲が浜辺で歩いてるシーン撮ろう。あとで余裕があれば、向こうの道路沿いも歩いてもらおうかな。道沿いのカフェもおしゃれだし」
「ここに歩いて来るまでに、おしゃれなお店がいくつかあったよね。せっかく来たし、どこかでランチ食べたい」
撮影の指示を出して来る大晴にわたしが提案すると、「賛成」とあやめがニヤリと手を挙げた。
「いいよ。じゃあ、女子ふたりでどこ行きたいか決めといて」
「やったあ」
わたしとあやめは顔を見合わせると、バドミントンの試合で得点を決めたときみたいに片手でハイタッチした。
天気が良くて、すでに日差しが暑いけれど、ランチのご褒美があるなら頑張れる。ウキウキしながら、あやめとふたりでさっそく近くのカフェを調べていると、大晴がわたしを指さしてきた。
「あ、でも、陽咲はその前に服。深澤さんに貸してもらうんじゃなかったっけ? さすがに、今日撮るシーンでその格好はない」
大晴が、Tシャツにデニムの短パン姿のわたしをダメ出ししてくる。今日のわたしの格好は海で遊ぶには最適だけど、映画のヒロインがもつ「儚さ」はゼロだ。
「わかってるよ。着替えてくる……」
はっきりとダメ出ししてくる大晴に、少しだけムッとする。昔から知っているだけあって、大晴はわたしに間違いを指摘するときは容赦ない。
仮にもわたしのことが好きなら、「その格好はない」ってはっきり否定せずに「その格好も可愛いけど、着替えて」とマイルドな言葉を選んでくれたらいいのに。まあ、そういうところも含めて大晴は大晴だから仕方がない。
わたしはあやめが持ってきてくれた白のワンピースを受け取ると、海岸のトイレに向かった。
借り物のワンピースを汚さないように上からかぶって着替えると、トイレの個室を出る。手洗い場の鏡の前で髪をほどいて整えながら、撮影前にメイクをなおさなきゃいけないなあと思った。何度か撮影をしていて気付いたのだが、やっぱりしっかりとメイクをしているほうがカメラ映りがいい。
みんなのところに戻ろうとすると、反対側の男子トイレから出てきた蒼月と鉢合わせた。さっきまで着ていた微妙なデザインのTシャツを、白のTシャツに着替えてズボンも綺麗めなものに履き替えている。
「蒼月も大晴にダメ出しされたの?」
爽やかな印象になった蒼月に声をかけると、彼がちょっと気まずそうに目を伏せた。
「ダメ出しっていうか、朝、ゆっくり準備してる時間がなくて……。出かける前に、大晴に言われてあわてて詰め込んだんだ」
よく見ると、蒼月は片方の肩に大晴のリュックをひっかけている。自分のリュックに荷物を用意する余裕もなかったってことだろうか。
「寝坊? めずらしいね」
「まあ、そんな感じ……」
何をするにも楽観的な大晴とは反対に、蒼月は小さい頃から心配性だった。だから、五分どころか十分前行動なんてあたりまえだったし、忘れ物をしているところもあまり見たことがない。そんな蒼月が、みんなで出かける約束をしていた日に朝寝坊なんて、ほんとうにめずらしい。
「最近、勉強忙しいの? 寝不足で起きられなかったとか」
特進科の蒼月は、学校の夏期講習と並行して塾にも行っている。まだ高二とはいえ、特進科の生徒達は普通科よりも大学受験に向けて早めに動き出すと聞くし……。お兄さんみたいに現役での医学部合格を狙うなら、寝る間も惜しんで勉強しないといけないのかもしれない。
ほんとうは、大晴の『映画制作』に付き合っている暇なんてないんじゃないかな。
心配になって訊ねると、蒼月がメガネを指で押し上げながら恥ずかしそうに笑った。
「いや、最近、勉強はそこまで……。ほんとうに、シンプルに起きられなかったんだ」
「ふーん、蒼月でもそういうことあるんだね」
「そりゃ、あるよ」
質問に受け答えする蒼月の態度が思ったよりもやわらかくて、少しほっとした。
駅で会ったときの態度がそっけなかったのは、寝起きで頭が回っていなかっただけかもしれない。わたしも、それでたまにうまく人に対応できないときがある。
今日は一日中一緒にいるから、ずっと素っ気ない態度をとられたらつらいなと思っていたけど……。この感じなら、大丈夫そうだ。
「それなら、今日もよろしく。いつもと違って周りに人が多い中での撮影ってちょっと恥ずかしいけど……。ラストシーン、セリフ間違えないように頑張るね」
にこっと笑いかけると、蒼月もそれに応えるように口角を引き上げた。
「僕も、なるべく間違えないように気をつける。電車の中でずっと台本を読んでたけど、全部覚えられてるかどうかはあやしい……。今回のシーンは、きっと映画の中で一番大事な場面なんだよね」
自信なさそうに眉をハの字に下げた蒼月が弱気な発言をするのが、わたしには意外だった。
「そんなこと言って、蒼月は毎回演技もセリフも完璧でしょ。撮影中も、毎回、全然カンペ見てないし」
謙遜する蒼月を笑うと、彼が「そうなんだ」と他人事みたいにつぶやく。
「だとしたら、昨日までの僕はすごいな。今日の僕は、話の内容を理解するまでに結構時間がかかったよ」
「え……?」
蒼月との会話が、なんだかうまく噛み合わない。
話の内容を理解するまでに、ってどういう意味だろう。ストーリーについては初めに蒼月に説明されているし、夏休みに入ってから何度か撮影もしている。毎回、演技もセリフも完璧な蒼月が、ストーリーの内容を理解していないなんてことがあるだろうか。
地元の駅で電車に乗ってから、蒼月は海に着くまでずっと真剣な顔つきで台本を読んでいた。今日撮影するシーンだけじゃなくて、台本の一番最初から。ときどき前のページに戻って内容を確かめるようなこともしていたと思う。
電車に乗っているあいだのほとんどを眠るかあやめとのおしゃべりに費やしていたわたしは、台本を読み耽っている蒼月のことを熱心だなあと感心していた。
わたしはてっきり、蒼月が自分の役の気持ちをより理解するために台本を読み直しているのだとばかり思っていたけど……。違ったのだろうか。
「戻らないの?」
考えていると、蒼月が大晴たちのほうを気にしながらわたしに訊ねてきた。
「ああ、うん。戻ろうか」
先に歩き出した蒼月を追いかけて隣に並ぶと、彼がわたしを振り向いてまぶしそうに目を細める。そのまなざしに、左胸のあたりが少しざわつく。勘違いかもしれないけれど、わたしを見つめる蒼月のまなざしがすごく優しいような気がする。
「どうかした?」
照れ隠しで両手を頬にあてると、蒼月が首を横に振ってふっと笑う。
「いや、なんか……。夏休みに陽咲と海にいるって変な感じだなって」
「たしかに。大晴が映画撮影しようなんて言い出さなければ海なんて来なかったかもね」
わたしがそう言うと、蒼月が海の方に視線を戻しながら「どうだろう」とつぶやいた。
「映画撮影がなくても、陽咲は海に来てたんじゃない?」
「どうして?」
「誰かとデートで、とか……」
太陽に反射して輝く海をまぶしそうに見つめてつぶやく蒼月は、とくにわたしを揶揄っているふうでもない。事実をあたりまえみたいに述べるときみたいな、そんな顔をしている。
もしかして蒼月は、わたしが大晴に告白されたことを知っているのかも――。
そう思った瞬間、手のひらにじとっと汗をかいた。大晴から告白されたことを蒼月に知られていたらどうしよう。そんなふうに思って、焦ったのだ。
今まで気に留めていなかったけれど、よく考えてみたら、大晴が蒼月に告白のことを話していてもおかしくはない。ふたりはわたしの知らないところでずっと交流があるし、最近はよくふたりで会っているらしい。
大晴と蒼月が、このところふたりで何か隠し事をしていることも、わたしの目にはあきらかだ。その隠し事に、大晴から告白されたことは関係していたりするんだろうか。
横髪を指で掬って、耳にかける。
「ねえ、蒼月。もしかして――」
さりげなく聞き出すか、直球でいくか。迷って言葉を探していると、
「陽咲〜、蒼月〜! しゅうごーうっ!」
浜辺に立った大晴が、大きな声でわたし達を呼んだ。頭の腕で両腕を振り回して、にこにこしている大晴は、夏の日差しに負けないくらいに元気で明るい。
「今日も暑苦しいくらいに元気だな」
「そうだね」
蒼月がぼやく声に、わたしは思わず笑ってしまう。だけど……。
「そういえば、小学校の海洋体験のときの大晴もあんな感じだった。グループ仕切って『しゅうごーう!』って。全然変わらない」
そのあとに続いた蒼月の話が、わたしにはあまりピンとこなかった。
「海洋体験……」
「小五のときの宿泊学習」
「ああ、うん。そういえば、あったね……」
わたし達の小学校では、六年生でいく修学旅行以外に、五年生でも宿泊の行事があった。県内にある野外活動センターに一泊して、自然体験をするのだけど……。わたしには、六年生のときの修学旅行の記憶ばかりが残っていて、五年生のときの宿泊学習の記憶は薄い。
六年生のときは大晴と蒼月と同じクラスで、大晴とはグループも同じだった。大晴がお土産に木刀を買ってたことも覚えてる。
でも、五年生のときの大晴が海ではしゃいでた姿は記憶にない。ただ、想像はつく。大晴のテンションがあがるポイントは、小さな頃からあまり変わってない。
「わたし、海洋体験のときの大晴のことはあんまり記憶にないかも。同じクラスだったはずだけど、グループ違ったのかな」
何気なくそう言うと、蒼月が「え……?」と口を開いた。
「海洋体験、僕と大晴と陽咲でグループは同じだったよ」
そうだっけ。蒼月の言葉に、ぽかんとなる。わたしがしばらく固まっていると、蒼月がハッとしたように首を横に振った。
「あ、ああ、ごめん。もしかしたら、僕の記憶違いかも……。あのとき、陽咲は僕や大晴とは別のグループだったと思う」
わたしが忘れているだけなのか、蒼月の勘違いなのかはわからない。でも、ひとつだけわかるのは、少し早口になった蒼月の話し方が不自然だってこと。
わたしと蒼月の記憶。正しいのはどっちだろう。
電車を二本乗り継いで、約一時間半。目的地の駅で降りて五分ほど歩くと、海岸が見えてくる。
大晴が映画の撮影地として選んだのは、日帰りで行って帰って来られる距離にある海。遊泳禁止だが、景色がいいことで有名なスポットで、海岸沿いの道路におしゃれなカフェも点在しているから、浜辺を歩いたり、波打ち際で遊んでいる観光客が思ったよりもたくさんいる。
「もっと朝早いほうが、人が少なかったかなあ。映り込んじゃう人は、編集アプリで消しちゃえばいっか」
到着するなり、海に向けてスマホのカメラを構えた大晴が、それを左から右にゆっくりと動かす。
大晴のスマホに映る海の景色を眺めながら、そんなことができるんだとわたしはちょっと感心した。
「じゃあ、最初はセリフなしで蒼月と陽咲が浜辺で歩いてるシーン撮ろう。あとで余裕があれば、向こうの道路沿いも歩いてもらおうかな。道沿いのカフェもおしゃれだし」
「ここに歩いて来るまでに、おしゃれなお店がいくつかあったよね。せっかく来たし、どこかでランチ食べたい」
撮影の指示を出して来る大晴にわたしが提案すると、「賛成」とあやめがニヤリと手を挙げた。
「いいよ。じゃあ、女子ふたりでどこ行きたいか決めといて」
「やったあ」
わたしとあやめは顔を見合わせると、バドミントンの試合で得点を決めたときみたいに片手でハイタッチした。
天気が良くて、すでに日差しが暑いけれど、ランチのご褒美があるなら頑張れる。ウキウキしながら、あやめとふたりでさっそく近くのカフェを調べていると、大晴がわたしを指さしてきた。
「あ、でも、陽咲はその前に服。深澤さんに貸してもらうんじゃなかったっけ? さすがに、今日撮るシーンでその格好はない」
大晴が、Tシャツにデニムの短パン姿のわたしをダメ出ししてくる。今日のわたしの格好は海で遊ぶには最適だけど、映画のヒロインがもつ「儚さ」はゼロだ。
「わかってるよ。着替えてくる……」
はっきりとダメ出ししてくる大晴に、少しだけムッとする。昔から知っているだけあって、大晴はわたしに間違いを指摘するときは容赦ない。
仮にもわたしのことが好きなら、「その格好はない」ってはっきり否定せずに「その格好も可愛いけど、着替えて」とマイルドな言葉を選んでくれたらいいのに。まあ、そういうところも含めて大晴は大晴だから仕方がない。
わたしはあやめが持ってきてくれた白のワンピースを受け取ると、海岸のトイレに向かった。
借り物のワンピースを汚さないように上からかぶって着替えると、トイレの個室を出る。手洗い場の鏡の前で髪をほどいて整えながら、撮影前にメイクをなおさなきゃいけないなあと思った。何度か撮影をしていて気付いたのだが、やっぱりしっかりとメイクをしているほうがカメラ映りがいい。
みんなのところに戻ろうとすると、反対側の男子トイレから出てきた蒼月と鉢合わせた。さっきまで着ていた微妙なデザインのTシャツを、白のTシャツに着替えてズボンも綺麗めなものに履き替えている。
「蒼月も大晴にダメ出しされたの?」
爽やかな印象になった蒼月に声をかけると、彼がちょっと気まずそうに目を伏せた。
「ダメ出しっていうか、朝、ゆっくり準備してる時間がなくて……。出かける前に、大晴に言われてあわてて詰め込んだんだ」
よく見ると、蒼月は片方の肩に大晴のリュックをひっかけている。自分のリュックに荷物を用意する余裕もなかったってことだろうか。
「寝坊? めずらしいね」
「まあ、そんな感じ……」
何をするにも楽観的な大晴とは反対に、蒼月は小さい頃から心配性だった。だから、五分どころか十分前行動なんてあたりまえだったし、忘れ物をしているところもあまり見たことがない。そんな蒼月が、みんなで出かける約束をしていた日に朝寝坊なんて、ほんとうにめずらしい。
「最近、勉強忙しいの? 寝不足で起きられなかったとか」
特進科の蒼月は、学校の夏期講習と並行して塾にも行っている。まだ高二とはいえ、特進科の生徒達は普通科よりも大学受験に向けて早めに動き出すと聞くし……。お兄さんみたいに現役での医学部合格を狙うなら、寝る間も惜しんで勉強しないといけないのかもしれない。
ほんとうは、大晴の『映画制作』に付き合っている暇なんてないんじゃないかな。
心配になって訊ねると、蒼月がメガネを指で押し上げながら恥ずかしそうに笑った。
「いや、最近、勉強はそこまで……。ほんとうに、シンプルに起きられなかったんだ」
「ふーん、蒼月でもそういうことあるんだね」
「そりゃ、あるよ」
質問に受け答えする蒼月の態度が思ったよりもやわらかくて、少しほっとした。
駅で会ったときの態度がそっけなかったのは、寝起きで頭が回っていなかっただけかもしれない。わたしも、それでたまにうまく人に対応できないときがある。
今日は一日中一緒にいるから、ずっと素っ気ない態度をとられたらつらいなと思っていたけど……。この感じなら、大丈夫そうだ。
「それなら、今日もよろしく。いつもと違って周りに人が多い中での撮影ってちょっと恥ずかしいけど……。ラストシーン、セリフ間違えないように頑張るね」
にこっと笑いかけると、蒼月もそれに応えるように口角を引き上げた。
「僕も、なるべく間違えないように気をつける。電車の中でずっと台本を読んでたけど、全部覚えられてるかどうかはあやしい……。今回のシーンは、きっと映画の中で一番大事な場面なんだよね」
自信なさそうに眉をハの字に下げた蒼月が弱気な発言をするのが、わたしには意外だった。
「そんなこと言って、蒼月は毎回演技もセリフも完璧でしょ。撮影中も、毎回、全然カンペ見てないし」
謙遜する蒼月を笑うと、彼が「そうなんだ」と他人事みたいにつぶやく。
「だとしたら、昨日までの僕はすごいな。今日の僕は、話の内容を理解するまでに結構時間がかかったよ」
「え……?」
蒼月との会話が、なんだかうまく噛み合わない。
話の内容を理解するまでに、ってどういう意味だろう。ストーリーについては初めに蒼月に説明されているし、夏休みに入ってから何度か撮影もしている。毎回、演技もセリフも完璧な蒼月が、ストーリーの内容を理解していないなんてことがあるだろうか。
地元の駅で電車に乗ってから、蒼月は海に着くまでずっと真剣な顔つきで台本を読んでいた。今日撮影するシーンだけじゃなくて、台本の一番最初から。ときどき前のページに戻って内容を確かめるようなこともしていたと思う。
電車に乗っているあいだのほとんどを眠るかあやめとのおしゃべりに費やしていたわたしは、台本を読み耽っている蒼月のことを熱心だなあと感心していた。
わたしはてっきり、蒼月が自分の役の気持ちをより理解するために台本を読み直しているのだとばかり思っていたけど……。違ったのだろうか。
「戻らないの?」
考えていると、蒼月が大晴たちのほうを気にしながらわたしに訊ねてきた。
「ああ、うん。戻ろうか」
先に歩き出した蒼月を追いかけて隣に並ぶと、彼がわたしを振り向いてまぶしそうに目を細める。そのまなざしに、左胸のあたりが少しざわつく。勘違いかもしれないけれど、わたしを見つめる蒼月のまなざしがすごく優しいような気がする。
「どうかした?」
照れ隠しで両手を頬にあてると、蒼月が首を横に振ってふっと笑う。
「いや、なんか……。夏休みに陽咲と海にいるって変な感じだなって」
「たしかに。大晴が映画撮影しようなんて言い出さなければ海なんて来なかったかもね」
わたしがそう言うと、蒼月が海の方に視線を戻しながら「どうだろう」とつぶやいた。
「映画撮影がなくても、陽咲は海に来てたんじゃない?」
「どうして?」
「誰かとデートで、とか……」
太陽に反射して輝く海をまぶしそうに見つめてつぶやく蒼月は、とくにわたしを揶揄っているふうでもない。事実をあたりまえみたいに述べるときみたいな、そんな顔をしている。
もしかして蒼月は、わたしが大晴に告白されたことを知っているのかも――。
そう思った瞬間、手のひらにじとっと汗をかいた。大晴から告白されたことを蒼月に知られていたらどうしよう。そんなふうに思って、焦ったのだ。
今まで気に留めていなかったけれど、よく考えてみたら、大晴が蒼月に告白のことを話していてもおかしくはない。ふたりはわたしの知らないところでずっと交流があるし、最近はよくふたりで会っているらしい。
大晴と蒼月が、このところふたりで何か隠し事をしていることも、わたしの目にはあきらかだ。その隠し事に、大晴から告白されたことは関係していたりするんだろうか。
横髪を指で掬って、耳にかける。
「ねえ、蒼月。もしかして――」
さりげなく聞き出すか、直球でいくか。迷って言葉を探していると、
「陽咲〜、蒼月〜! しゅうごーうっ!」
浜辺に立った大晴が、大きな声でわたし達を呼んだ。頭の腕で両腕を振り回して、にこにこしている大晴は、夏の日差しに負けないくらいに元気で明るい。
「今日も暑苦しいくらいに元気だな」
「そうだね」
蒼月がぼやく声に、わたしは思わず笑ってしまう。だけど……。
「そういえば、小学校の海洋体験のときの大晴もあんな感じだった。グループ仕切って『しゅうごーう!』って。全然変わらない」
そのあとに続いた蒼月の話が、わたしにはあまりピンとこなかった。
「海洋体験……」
「小五のときの宿泊学習」
「ああ、うん。そういえば、あったね……」
わたし達の小学校では、六年生でいく修学旅行以外に、五年生でも宿泊の行事があった。県内にある野外活動センターに一泊して、自然体験をするのだけど……。わたしには、六年生のときの修学旅行の記憶ばかりが残っていて、五年生のときの宿泊学習の記憶は薄い。
六年生のときは大晴と蒼月と同じクラスで、大晴とはグループも同じだった。大晴がお土産に木刀を買ってたことも覚えてる。
でも、五年生のときの大晴が海ではしゃいでた姿は記憶にない。ただ、想像はつく。大晴のテンションがあがるポイントは、小さな頃からあまり変わってない。
「わたし、海洋体験のときの大晴のことはあんまり記憶にないかも。同じクラスだったはずだけど、グループ違ったのかな」
何気なくそう言うと、蒼月が「え……?」と口を開いた。
「海洋体験、僕と大晴と陽咲でグループは同じだったよ」
そうだっけ。蒼月の言葉に、ぽかんとなる。わたしがしばらく固まっていると、蒼月がハッとしたように首を横に振った。
「あ、ああ、ごめん。もしかしたら、僕の記憶違いかも……。あのとき、陽咲は僕や大晴とは別のグループだったと思う」
わたしが忘れているだけなのか、蒼月の勘違いなのかはわからない。でも、ひとつだけわかるのは、少し早口になった蒼月の話し方が不自然だってこと。
わたしと蒼月の記憶。正しいのはどっちだろう。