◆
花火が全部なくなると、みんなで火の始末をして公園を出た。わたしと大晴、涼晴は同じマンションに住んでいるけど、蒼月だけは途中で帰る方向が違う。
「じゃあ、また」
「あ! 次の八月七日の撮影では、後半の海のシーンを撮るから。できれば覚えといて」
手を振って別れ道を別の方向に帰ろうとする蒼月に、大晴が確認するように声をかける。そうしたら、
「八月七日……?」
蒼月が、わたしのほうにちらっと視線を向けてきた。
撮影中の映画の後半では、ヒロインと幽霊の恋人が海にデートに行くシーンがある。
公園で一緒に花火をしたときに、彼から『もうこの世にはいない』と言われたが、ヒロインはその言葉を信じていない。
もしかしたら、彼は自分に好かれて迷惑に思っているのではないか。自分が事故で部分的に記憶をなくしているから、優しくしてくれているだけなのかもしれない。だから彼は自分が『この世にはいない』なんてウソをついたんじゃないか。そんなふうに思い悩むけれど、ヒロインが彼を好きな気持ちは止められない。
彼の気持ちを確かめたいと思ったヒロインは、彼を海でのデートに誘う。夕方まで遊んだあと、彼に「好き」だと告白をするヒロイン。そのまま彼に抱きつこうとした瞬間、今まで触れることができたはずの彼がヒロインの腕からすり抜ける。悲しそうに見つめる幽霊の恋人。そのまなざしを見つめ返すヒロインの頭の中で、忘れていた記憶が蘇る――。
それが、映画の後半のストーリー。
この映画の一番の見せ場にもなるシーンを、大晴は絶対に本物の海をバックに撮りたいらしい。それだけでなく、メンバー全員で集まって海での撮影をしたいというのも大晴の希望だ。
わたし達の住む街から、撮影に使えそうな海がある場所までは電車を乗り継いで一時間以上。移動も含めたら、一日がかりの遠出になる。
映画撮影メンバーの部活や塾の予定を照らし合わせると、全員が集まれそうなのは八月七日しかなかった。
だから、台風でも来ない限り、撮影はこの日に決行。わたし達映画撮影メンバーは、海での撮影日に絶対他の予定を入れないようにと大晴にしつこく言われている。
ちなみに八月七日はわたしの誕生日で、部活が休みだから、お母さんと買い物に行っておいしいランチでも食べようと約束をしていた。でも、映画撮影を優先したほうが良さそうなので、残念ながらお母さんとの約束はキャンセルだ。
海での撮影日は、全員で集まって決めたから蒼月だって、当然知っているはず。そう思っていたのに……。
「海、行くんだ……?」
大晴の話に、蒼月が驚いたように目を見開いた。まるで、海での撮影の話を今初めて聞いたみたいな反応だ。
「え……、海で撮影する日は、絶対全員参加だから予定空けとけって大晴からしつこく言われてたよね? 映画撮影のグループチャットにも連絡来てるでしょ」
わたしがそう言うと、蒼月がボディバッグからスマホを取り出す。
「あ……、えーっと……。そう、だっけ……。そうだよね……」
鼻の頭に指をのせてメガネを上げながらスマホを触る蒼月は、いつになく焦っているように見えた。その様子をじっと見ていると、蒼月がメガネをあげるフリをして手で顔を隠しながら横を向く。あきらかに動揺を隠せていない蒼月のことを不審に思っていると、横から出てきた大晴が蒼月の肩をぽんと叩いた。
「蒼月、昔から、おれが送ったメッセージを適当にしか読まないよな」
「そんなことないけど……」
気まずげに首を横に振る蒼月を見て、涼晴がわたしの隣でケラリと笑う。
「蒼月くん、塾とか学校の夏期講習でおれらよりも忙しいもんな。たいせーからのメッセージなんてゆっくり読んでる暇ないよ」
「いや、読んでよ」
大晴が蒼月の肩に腕を回してもたれながら、けらけら笑う。涼晴は蒼月に絡みにいった大晴を見て笑っていたけれど、わたしからしてみると、大晴の蒼月への声の掛け方には違和感しかなかった。海での撮影のことを忘れていた蒼月を、大晴が上手に庇ったように感じたのだ。
小さな頃から記憶力が良くて、映画の台本を毎回きちんと覚えてくる蒼月が、何度も大晴から確認されていた予定を覚えていないなんて信じられない。
いぶかしく思っていると、
「陽咲、どーした? 怖い顔して」
ふと振り向いた大晴が、わたしの眉間のシワを指摘するように自分の額をトンッと指でつついた。
「べつに、怖い顔なんて……」
「あ、もともとか」
大晴が、ケラケラと笑ってわたしをからかう。大晴にからかわれることなんて、昔からしょっちゅうだけど……。なんだか、今は、大晴がわたしから蒼月への気をそらすためにからかってきたような気がする。大晴自身は気付いてないかもしれないけれど、わたしをからかう声がちょっと固い。小さな頃からずっと一緒にいるからわかる。
大晴は——、違う。大晴と蒼月は、たぶんわたしに何か隠し事をしている。
大晴と蒼月にとって、女子のわたしは幼なじみとはいえ、異性だから。男の子同士、気が合うことや話し合うことだってあるんだってことはわかってる。でも、そういうのとは違って、最近の大晴と蒼月からは、わたしが絶対に入り込んじゃいけないような。そういう空気を感じるときがある。
大晴と蒼月は、いったいどんな秘密をふたりで共有しているのだろう。
「蒼月、またな」
「バイバイ、蒼月くん」
考えているうちに、蒼月が手を振って家のほうへと帰っていってしまう。
「じゃあ、おれらも帰ろう」
蒼月の背中を見送ったあと、わたし達は三人でマンションへと歩いた。
わたしの家が五階で、大晴達の家は六階。
「じゃあ、また海での撮影のときにね」
「じゃあね〜」
先にエレベーターを降りると、大晴と涼晴に手を振る。
花火が全部なくなると、みんなで火の始末をして公園を出た。わたしと大晴、涼晴は同じマンションに住んでいるけど、蒼月だけは途中で帰る方向が違う。
「じゃあ、また」
「あ! 次の八月七日の撮影では、後半の海のシーンを撮るから。できれば覚えといて」
手を振って別れ道を別の方向に帰ろうとする蒼月に、大晴が確認するように声をかける。そうしたら、
「八月七日……?」
蒼月が、わたしのほうにちらっと視線を向けてきた。
撮影中の映画の後半では、ヒロインと幽霊の恋人が海にデートに行くシーンがある。
公園で一緒に花火をしたときに、彼から『もうこの世にはいない』と言われたが、ヒロインはその言葉を信じていない。
もしかしたら、彼は自分に好かれて迷惑に思っているのではないか。自分が事故で部分的に記憶をなくしているから、優しくしてくれているだけなのかもしれない。だから彼は自分が『この世にはいない』なんてウソをついたんじゃないか。そんなふうに思い悩むけれど、ヒロインが彼を好きな気持ちは止められない。
彼の気持ちを確かめたいと思ったヒロインは、彼を海でのデートに誘う。夕方まで遊んだあと、彼に「好き」だと告白をするヒロイン。そのまま彼に抱きつこうとした瞬間、今まで触れることができたはずの彼がヒロインの腕からすり抜ける。悲しそうに見つめる幽霊の恋人。そのまなざしを見つめ返すヒロインの頭の中で、忘れていた記憶が蘇る――。
それが、映画の後半のストーリー。
この映画の一番の見せ場にもなるシーンを、大晴は絶対に本物の海をバックに撮りたいらしい。それだけでなく、メンバー全員で集まって海での撮影をしたいというのも大晴の希望だ。
わたし達の住む街から、撮影に使えそうな海がある場所までは電車を乗り継いで一時間以上。移動も含めたら、一日がかりの遠出になる。
映画撮影メンバーの部活や塾の予定を照らし合わせると、全員が集まれそうなのは八月七日しかなかった。
だから、台風でも来ない限り、撮影はこの日に決行。わたし達映画撮影メンバーは、海での撮影日に絶対他の予定を入れないようにと大晴にしつこく言われている。
ちなみに八月七日はわたしの誕生日で、部活が休みだから、お母さんと買い物に行っておいしいランチでも食べようと約束をしていた。でも、映画撮影を優先したほうが良さそうなので、残念ながらお母さんとの約束はキャンセルだ。
海での撮影日は、全員で集まって決めたから蒼月だって、当然知っているはず。そう思っていたのに……。
「海、行くんだ……?」
大晴の話に、蒼月が驚いたように目を見開いた。まるで、海での撮影の話を今初めて聞いたみたいな反応だ。
「え……、海で撮影する日は、絶対全員参加だから予定空けとけって大晴からしつこく言われてたよね? 映画撮影のグループチャットにも連絡来てるでしょ」
わたしがそう言うと、蒼月がボディバッグからスマホを取り出す。
「あ……、えーっと……。そう、だっけ……。そうだよね……」
鼻の頭に指をのせてメガネを上げながらスマホを触る蒼月は、いつになく焦っているように見えた。その様子をじっと見ていると、蒼月がメガネをあげるフリをして手で顔を隠しながら横を向く。あきらかに動揺を隠せていない蒼月のことを不審に思っていると、横から出てきた大晴が蒼月の肩をぽんと叩いた。
「蒼月、昔から、おれが送ったメッセージを適当にしか読まないよな」
「そんなことないけど……」
気まずげに首を横に振る蒼月を見て、涼晴がわたしの隣でケラリと笑う。
「蒼月くん、塾とか学校の夏期講習でおれらよりも忙しいもんな。たいせーからのメッセージなんてゆっくり読んでる暇ないよ」
「いや、読んでよ」
大晴が蒼月の肩に腕を回してもたれながら、けらけら笑う。涼晴は蒼月に絡みにいった大晴を見て笑っていたけれど、わたしからしてみると、大晴の蒼月への声の掛け方には違和感しかなかった。海での撮影のことを忘れていた蒼月を、大晴が上手に庇ったように感じたのだ。
小さな頃から記憶力が良くて、映画の台本を毎回きちんと覚えてくる蒼月が、何度も大晴から確認されていた予定を覚えていないなんて信じられない。
いぶかしく思っていると、
「陽咲、どーした? 怖い顔して」
ふと振り向いた大晴が、わたしの眉間のシワを指摘するように自分の額をトンッと指でつついた。
「べつに、怖い顔なんて……」
「あ、もともとか」
大晴が、ケラケラと笑ってわたしをからかう。大晴にからかわれることなんて、昔からしょっちゅうだけど……。なんだか、今は、大晴がわたしから蒼月への気をそらすためにからかってきたような気がする。大晴自身は気付いてないかもしれないけれど、わたしをからかう声がちょっと固い。小さな頃からずっと一緒にいるからわかる。
大晴は——、違う。大晴と蒼月は、たぶんわたしに何か隠し事をしている。
大晴と蒼月にとって、女子のわたしは幼なじみとはいえ、異性だから。男の子同士、気が合うことや話し合うことだってあるんだってことはわかってる。でも、そういうのとは違って、最近の大晴と蒼月からは、わたしが絶対に入り込んじゃいけないような。そういう空気を感じるときがある。
大晴と蒼月は、いったいどんな秘密をふたりで共有しているのだろう。
「蒼月、またな」
「バイバイ、蒼月くん」
考えているうちに、蒼月が手を振って家のほうへと帰っていってしまう。
「じゃあ、おれらも帰ろう」
蒼月の背中を見送ったあと、わたし達は三人でマンションへと歩いた。
わたしの家が五階で、大晴達の家は六階。
「じゃあ、また海での撮影のときにね」
「じゃあね〜」
先にエレベーターを降りると、大晴と涼晴に手を振る。