「花火、どれに火をつけようか」
たくさんの花火を前に迷っていると、ふらりとそばにやってきた蒼月が、「じゃあ、これ」と、一本手に取った。
細い棒の周りに火薬がついていて、火をつけると、パチパチとスパークする。よく、お店の誕生日ケーキとかに刺さっているやつだ。
「これ、綺麗だよね。大きめの線香花火みたいで、わたし、好き」
そう言って蒼月の持っている花火に手を伸ばすと、彼がわずかに目を伏せる。
「僕も、好き……。これ……」
花火を受け取って火をつけるわたしの耳に、蒼月の言葉が時間差で届いた。
僕も、好き……。
蒼月が好きなのは、わたしが手に持っている花火。わかっているのに、なぜか胸がきゅっとなる。
「陽咲〜、合図出したら花火に火をつけて」
ぼんやりしていると、少し離れたところから大晴の指示が飛んできた。
ヒロインと恋人の幽霊がふたりで花火をするこのシーンは、今回の映画の見せ場にもなる。台本でも、とても綺麗に繊細に、ふたりの心の動きが描かれていて、初めて読んだとき少し泣きそうになった。
わたしが花火に火をつける準備をして待っていると、カメラの位置を決めた大晴が合図を出してくる。
「3、2、……」
カンッ――。
火のついた花火が、わたしの手元でパチパチと鮮やかにスパークする。
『見て、蒼月。きれい』
『うん、すごく綺麗。今日は晴れてよかったね』
花火を手にして子どもみたいにはしゃぐ恋人を見つめて、蒼月がふっと優しく微笑む。ひとつ目の花火が消えると、陽咲はふたつ目の花火に手を伸ばす。
『次行くよ〜』
さっきとは違う種類の花火が、パチパチと火花を散らす。
『あ、色変わった』
赤、黄色、オレンジ。微妙に色を変えていく花火を、わたしはひとりで楽しんでいる演技をする。あんまりうまく笑えていないと思うけど、それは、夜の闇と大晴の編集技術でうまくごまかしてもらいたい。
五本目の花火に火をつけたところで、陽咲は、蒼月がさっきから自分をじっと見ているだけだと気付く。
『蒼月は? 花火しないの?』
不思議そうに首をかしげる陽咲を、蒼月が哀しそうな目で見つめる。質問に、どう答えたらいいのか迷っているから。
幽霊の蒼月は、花火に触れない。記憶をなくしている陽咲は、デートのときにふつうに彼と手を繋いだり、彼の腕に触れたりできていると思っているけど、それは陽咲の脳内だけで起きている錯覚で。幽霊になった彼には、ただ陽咲のそばに存在するだけで実際にはなにもできないのだ。
『蒼月……?』
『僕は……、見てるだけでいいよ』
『そんなの、つまらないでしょ。一緒にやろうよ』
笑顔で花火を差し出す陽咲。でも、蒼月はそれを受け取らない。少し眉をさげて、困ったように陽咲を見てくる。
『ほら、蒼月。持って』
陽咲が強引に押し付けた手持ち花火は、蒼月の手をすり抜けて落ちる。
『え……?』
ぽとりと地面に落ちた花火に驚く陽咲。そんな彼女を、蒼月が悲しそうに見つめてくる。
『陽咲。僕、ほんとうは――、』
蒼月が自分の正体を陽咲に告白しようとしたタイミングで、パチパチッと音がして、後ろに置いてあった噴射花火に火が付く。仕込んであった花火に、火をつけたのは涼晴だ。
振り向いた陽咲たちの視線は赤や黄色に色を変えて煌めく花火に釘付けになる。
『……綺麗だね』
花火を見つめながらつぶやく陽咲の耳に、蒼月の告白は実はちゃんと届いている。
『僕、ほんとうはもう、この世にいないんだ……』
けれど、陽咲わざと聞こえていないフリをする。彼の言葉が信じられなかったし、受け入れられないから。
台本では、ここで蒼月《ヒーロー》が陽咲に頬見かける回想が入る。その笑顔を思い浮かべながら、陽咲なにかとても大切なことを忘れているのではないかと思う。
わたしは、なにか忘れてる……。すごく大切なこと。
噴水のように上がって弾け飛ぶ、眩しい光。茫然と見つめるわたしのこめかみが、ふいに、キーンと痛くなる。
今は撮影中なのに……。
指で軽く押すようにしながら、花火を見つめて目を細める。
「カーットッ!」
噴射花火の火が消えると、夜の公園に大晴の声が響いた。
「ありがとう、涼晴。そっちの花火、もう回収していいよ」
「オッケー!」
大晴に声をかけられた涼晴が、噴射花火が燃えていたあたりで腕で大きく丸のサインを作る。
「ぼくたちも片付けようか」
ぼんやり立っていると、蒼月がしゃがんで手持ち花火のゴミを拾い始めた。
「ああ、うん。そうだね」
蒼月と一緒に燃えかすになった花火を拾い集めていると、撮れた動画の確認を終えた大晴がこっちに駆けてきた。
「ありがとう、ふたりとも」
「うまく撮影できた?」
わたしが訊くと、大晴が嬉しそうに歯を見せて笑う。
「うん。あとで編集かけるけど、かなりいい感じに撮れたんじゃないかな。陽咲の最後の演技も、雰囲気出ててよかったと思う」
「最後の演技……?」
「ほら、花火が消える間際、なんだか悩ましそうに頭抑えてた」
「ああ、あれは……」
べつに演技していたわけじゃない。花火を眺めていたら、映画のヒロインの気持ちが自分に同調するような。そんな感じがしたのだ。
映画のヒロインと同じで、わたしも夏休み前に事故に遭った。そして、事故当日のことを覚えていない。
ヒロインと違ってわたしには恋人なんていなかったし、記憶がないのも事故当日のことだけ。共通点は事故に遭ったってことだけなのに、花火のシーンで妙に感情移入してしまったのはどうしてだろう。
ぼんやりしていると、撮影に使った噴射花火を回収してきた涼晴がわたし達のそばにやってきた。
「陽咲も蒼月くんもお疲れ。あ、まだ花火残ってる。たいせー、これ、やっていい?」
涼晴が、撮影に使わずに残った手持ち花火を指差す。
「いいよ。余してもしょうがないし、みんなでやっちゃおう」
そう言って、大晴が余っている手持ち花火をわたしや蒼月にも手渡してきた。全員が花火を手に持つと、チャッカマンを持っていた涼晴が自分の花火に火をつける。
「涼晴、おれにも火ちょーだい。はい、陽咲と蒼月も」
涼晴から火種を分けてもらった大晴が、わたし達のほうに花火を差し出してくる。
「ありがとう」
大晴の花火に持っている花火の先端を近付けると、チリチリッと燃える音がして、花火がスパークする。
蒼月が「好き」だと言った、大きめの線香花火みたいなスパーク花火。わたしの花火に火がつくと、シューッと勢いよく火花を散らしていた大晴の花火が終わった。
「あれ、もう終わりじゃん。蒼月は陽咲から火もらって。おれももう一本持ってこよ」
続けて蒼月に火種を移そうとしていた大晴が、笑って歩いて行ってしまう。ふと視線を上げると、花火を持って待っていた蒼月と目が合った。
「ああ、じゃあ……。火、もらってもいい?」
なぜか遠慮がちに訊ねてくる蒼月に、わたしは「どーぞ」と笑いかける。
蒼月が持っていたのは、わたしと同じスパーク花火。蒼月の花火の先端がわたしの花火の火に触れると、ほとんどすぐに火がついた。並んでパチパチと燃える花火の火で、わたしと蒼月の周りが明るくなる。
「そうだ、写真撮っとこう」
ふと思い付いて、片手でバッグからスマホを出すと、手元の花火を写す。何度かシャッターを押したところで、わたしの花火が先に終わった。
「ああ、終わっちゃった……。もう一本やろうかな。蒼月もいる?」
訊ねると、蒼月がまだ火のついた花火を見つめながらうなずく。
「うん。じゃあ、同じの」
「了解」
わたしは燃え切った花火を遊び終わった花火をまとめてあるところに置くと、新しい花火を取りに行った。
少し離れたところで、大晴がススキ花火を両方の手に一本ずつ持って、ぐるぐる回していた。大晴が腕を回すと、綺麗な丸い光の円ができて、それを涼晴が笑いながら動画に撮っている。
高校生になっても、大晴のところは兄弟仲がいい。子どもみたいに騒いでいる大晴たちを微笑ましく眺めてから、わたしはスパーク花火を二本持って蒼月のところに戻った。
わたしが戻ると、蒼月はすでに一本目の花火を終えていて、花火をぐるぐる回したり、走ったりしている大晴たちのことを見ていた。
「はい、二本目」
「ありがとう」
花火を渡すと、蒼月がわずかに目を細める。暗がりの中でもわかる蒼月のやわらかな表情に、トクンと胸が鳴る。こんなふうにおだやかに笑いかけてくれるときの蒼月は、小学生のときの印象のまま。変わらない。
「火、つけるね」
チャッカマンを持ってきていたわたしが、ふたつの花火に火をつける。一秒ほどの時間差で順番に燃え始めたふたつの花火は、わたし達の周りをまぶしいほどに明るく照らした。
「もう一回、写真撮っとこう」
「僕も、撮っとこうかな」
わたしがスマホを取り出すと、蒼月もスマホを取り出す。
「うん、撮っときなよ」
笑って顔をあげると、蒼月がわたしのほうにスマホのカメラを向けたシャッターを切った。ピカッと目の前でフラッシュが光って、びっくりする。
「え、うわ、なに……? 今、わたし写った?」
「うん、写った」
「え、やめてよ。不意打ちはムリ。消して、消して!」
恥ずかしくなって顔の前で手を振ると、蒼月がスマホの写真を見ながらメガネの奥の瞳をいたずらっぽく細めた。
「大丈夫。いい笑顔で写ってるよ」
「ウソだ……」
「ほんとだって」
「うそ。ちょっと見せて」
蒼月の隣に近付いてスマホを覗き込むと、嬉しそうに笑うわたしが写っていた。不意打ちだったのに、蒼月の言うとおり、いい笑顔で写ってる。
蒼月と話してるときのわたしは、こんなふうに笑ってるんだ……。そう思ったら、なんだか恥ずかしくなる。
「……あとで消しといてね」
照れ隠しで、ちょっと頬をふくらませながら言うと、蒼月がふっと笑う。
「一生残しとくね」
「……やめて」
「この写真があれば、思い出せるかな」
スマホの画面に視線を落として、蒼月がひとりごとみたいにつぶやく。
「思い出せる、って?」
わたしが聞き返すと、蒼月がハッとしたように顔をあげた。
「いや、べつに。あ、陽咲! 花火終わってる。今度は僕が取ってくるよ」
スマホを雑にボディバッグに押し込むと、蒼月が走って行ってしまう。その背中を、わたしはしばらくじっと見つめた。
たくさんの花火を前に迷っていると、ふらりとそばにやってきた蒼月が、「じゃあ、これ」と、一本手に取った。
細い棒の周りに火薬がついていて、火をつけると、パチパチとスパークする。よく、お店の誕生日ケーキとかに刺さっているやつだ。
「これ、綺麗だよね。大きめの線香花火みたいで、わたし、好き」
そう言って蒼月の持っている花火に手を伸ばすと、彼がわずかに目を伏せる。
「僕も、好き……。これ……」
花火を受け取って火をつけるわたしの耳に、蒼月の言葉が時間差で届いた。
僕も、好き……。
蒼月が好きなのは、わたしが手に持っている花火。わかっているのに、なぜか胸がきゅっとなる。
「陽咲〜、合図出したら花火に火をつけて」
ぼんやりしていると、少し離れたところから大晴の指示が飛んできた。
ヒロインと恋人の幽霊がふたりで花火をするこのシーンは、今回の映画の見せ場にもなる。台本でも、とても綺麗に繊細に、ふたりの心の動きが描かれていて、初めて読んだとき少し泣きそうになった。
わたしが花火に火をつける準備をして待っていると、カメラの位置を決めた大晴が合図を出してくる。
「3、2、……」
カンッ――。
火のついた花火が、わたしの手元でパチパチと鮮やかにスパークする。
『見て、蒼月。きれい』
『うん、すごく綺麗。今日は晴れてよかったね』
花火を手にして子どもみたいにはしゃぐ恋人を見つめて、蒼月がふっと優しく微笑む。ひとつ目の花火が消えると、陽咲はふたつ目の花火に手を伸ばす。
『次行くよ〜』
さっきとは違う種類の花火が、パチパチと火花を散らす。
『あ、色変わった』
赤、黄色、オレンジ。微妙に色を変えていく花火を、わたしはひとりで楽しんでいる演技をする。あんまりうまく笑えていないと思うけど、それは、夜の闇と大晴の編集技術でうまくごまかしてもらいたい。
五本目の花火に火をつけたところで、陽咲は、蒼月がさっきから自分をじっと見ているだけだと気付く。
『蒼月は? 花火しないの?』
不思議そうに首をかしげる陽咲を、蒼月が哀しそうな目で見つめる。質問に、どう答えたらいいのか迷っているから。
幽霊の蒼月は、花火に触れない。記憶をなくしている陽咲は、デートのときにふつうに彼と手を繋いだり、彼の腕に触れたりできていると思っているけど、それは陽咲の脳内だけで起きている錯覚で。幽霊になった彼には、ただ陽咲のそばに存在するだけで実際にはなにもできないのだ。
『蒼月……?』
『僕は……、見てるだけでいいよ』
『そんなの、つまらないでしょ。一緒にやろうよ』
笑顔で花火を差し出す陽咲。でも、蒼月はそれを受け取らない。少し眉をさげて、困ったように陽咲を見てくる。
『ほら、蒼月。持って』
陽咲が強引に押し付けた手持ち花火は、蒼月の手をすり抜けて落ちる。
『え……?』
ぽとりと地面に落ちた花火に驚く陽咲。そんな彼女を、蒼月が悲しそうに見つめてくる。
『陽咲。僕、ほんとうは――、』
蒼月が自分の正体を陽咲に告白しようとしたタイミングで、パチパチッと音がして、後ろに置いてあった噴射花火に火が付く。仕込んであった花火に、火をつけたのは涼晴だ。
振り向いた陽咲たちの視線は赤や黄色に色を変えて煌めく花火に釘付けになる。
『……綺麗だね』
花火を見つめながらつぶやく陽咲の耳に、蒼月の告白は実はちゃんと届いている。
『僕、ほんとうはもう、この世にいないんだ……』
けれど、陽咲わざと聞こえていないフリをする。彼の言葉が信じられなかったし、受け入れられないから。
台本では、ここで蒼月《ヒーロー》が陽咲に頬見かける回想が入る。その笑顔を思い浮かべながら、陽咲なにかとても大切なことを忘れているのではないかと思う。
わたしは、なにか忘れてる……。すごく大切なこと。
噴水のように上がって弾け飛ぶ、眩しい光。茫然と見つめるわたしのこめかみが、ふいに、キーンと痛くなる。
今は撮影中なのに……。
指で軽く押すようにしながら、花火を見つめて目を細める。
「カーットッ!」
噴射花火の火が消えると、夜の公園に大晴の声が響いた。
「ありがとう、涼晴。そっちの花火、もう回収していいよ」
「オッケー!」
大晴に声をかけられた涼晴が、噴射花火が燃えていたあたりで腕で大きく丸のサインを作る。
「ぼくたちも片付けようか」
ぼんやり立っていると、蒼月がしゃがんで手持ち花火のゴミを拾い始めた。
「ああ、うん。そうだね」
蒼月と一緒に燃えかすになった花火を拾い集めていると、撮れた動画の確認を終えた大晴がこっちに駆けてきた。
「ありがとう、ふたりとも」
「うまく撮影できた?」
わたしが訊くと、大晴が嬉しそうに歯を見せて笑う。
「うん。あとで編集かけるけど、かなりいい感じに撮れたんじゃないかな。陽咲の最後の演技も、雰囲気出ててよかったと思う」
「最後の演技……?」
「ほら、花火が消える間際、なんだか悩ましそうに頭抑えてた」
「ああ、あれは……」
べつに演技していたわけじゃない。花火を眺めていたら、映画のヒロインの気持ちが自分に同調するような。そんな感じがしたのだ。
映画のヒロインと同じで、わたしも夏休み前に事故に遭った。そして、事故当日のことを覚えていない。
ヒロインと違ってわたしには恋人なんていなかったし、記憶がないのも事故当日のことだけ。共通点は事故に遭ったってことだけなのに、花火のシーンで妙に感情移入してしまったのはどうしてだろう。
ぼんやりしていると、撮影に使った噴射花火を回収してきた涼晴がわたし達のそばにやってきた。
「陽咲も蒼月くんもお疲れ。あ、まだ花火残ってる。たいせー、これ、やっていい?」
涼晴が、撮影に使わずに残った手持ち花火を指差す。
「いいよ。余してもしょうがないし、みんなでやっちゃおう」
そう言って、大晴が余っている手持ち花火をわたしや蒼月にも手渡してきた。全員が花火を手に持つと、チャッカマンを持っていた涼晴が自分の花火に火をつける。
「涼晴、おれにも火ちょーだい。はい、陽咲と蒼月も」
涼晴から火種を分けてもらった大晴が、わたし達のほうに花火を差し出してくる。
「ありがとう」
大晴の花火に持っている花火の先端を近付けると、チリチリッと燃える音がして、花火がスパークする。
蒼月が「好き」だと言った、大きめの線香花火みたいなスパーク花火。わたしの花火に火がつくと、シューッと勢いよく火花を散らしていた大晴の花火が終わった。
「あれ、もう終わりじゃん。蒼月は陽咲から火もらって。おれももう一本持ってこよ」
続けて蒼月に火種を移そうとしていた大晴が、笑って歩いて行ってしまう。ふと視線を上げると、花火を持って待っていた蒼月と目が合った。
「ああ、じゃあ……。火、もらってもいい?」
なぜか遠慮がちに訊ねてくる蒼月に、わたしは「どーぞ」と笑いかける。
蒼月が持っていたのは、わたしと同じスパーク花火。蒼月の花火の先端がわたしの花火の火に触れると、ほとんどすぐに火がついた。並んでパチパチと燃える花火の火で、わたしと蒼月の周りが明るくなる。
「そうだ、写真撮っとこう」
ふと思い付いて、片手でバッグからスマホを出すと、手元の花火を写す。何度かシャッターを押したところで、わたしの花火が先に終わった。
「ああ、終わっちゃった……。もう一本やろうかな。蒼月もいる?」
訊ねると、蒼月がまだ火のついた花火を見つめながらうなずく。
「うん。じゃあ、同じの」
「了解」
わたしは燃え切った花火を遊び終わった花火をまとめてあるところに置くと、新しい花火を取りに行った。
少し離れたところで、大晴がススキ花火を両方の手に一本ずつ持って、ぐるぐる回していた。大晴が腕を回すと、綺麗な丸い光の円ができて、それを涼晴が笑いながら動画に撮っている。
高校生になっても、大晴のところは兄弟仲がいい。子どもみたいに騒いでいる大晴たちを微笑ましく眺めてから、わたしはスパーク花火を二本持って蒼月のところに戻った。
わたしが戻ると、蒼月はすでに一本目の花火を終えていて、花火をぐるぐる回したり、走ったりしている大晴たちのことを見ていた。
「はい、二本目」
「ありがとう」
花火を渡すと、蒼月がわずかに目を細める。暗がりの中でもわかる蒼月のやわらかな表情に、トクンと胸が鳴る。こんなふうにおだやかに笑いかけてくれるときの蒼月は、小学生のときの印象のまま。変わらない。
「火、つけるね」
チャッカマンを持ってきていたわたしが、ふたつの花火に火をつける。一秒ほどの時間差で順番に燃え始めたふたつの花火は、わたし達の周りをまぶしいほどに明るく照らした。
「もう一回、写真撮っとこう」
「僕も、撮っとこうかな」
わたしがスマホを取り出すと、蒼月もスマホを取り出す。
「うん、撮っときなよ」
笑って顔をあげると、蒼月がわたしのほうにスマホのカメラを向けたシャッターを切った。ピカッと目の前でフラッシュが光って、びっくりする。
「え、うわ、なに……? 今、わたし写った?」
「うん、写った」
「え、やめてよ。不意打ちはムリ。消して、消して!」
恥ずかしくなって顔の前で手を振ると、蒼月がスマホの写真を見ながらメガネの奥の瞳をいたずらっぽく細めた。
「大丈夫。いい笑顔で写ってるよ」
「ウソだ……」
「ほんとだって」
「うそ。ちょっと見せて」
蒼月の隣に近付いてスマホを覗き込むと、嬉しそうに笑うわたしが写っていた。不意打ちだったのに、蒼月の言うとおり、いい笑顔で写ってる。
蒼月と話してるときのわたしは、こんなふうに笑ってるんだ……。そう思ったら、なんだか恥ずかしくなる。
「……あとで消しといてね」
照れ隠しで、ちょっと頬をふくらませながら言うと、蒼月がふっと笑う。
「一生残しとくね」
「……やめて」
「この写真があれば、思い出せるかな」
スマホの画面に視線を落として、蒼月がひとりごとみたいにつぶやく。
「思い出せる、って?」
わたしが聞き返すと、蒼月がハッとしたように顔をあげた。
「いや、べつに。あ、陽咲! 花火終わってる。今度は僕が取ってくるよ」
スマホを雑にボディバッグに押し込むと、蒼月が走って行ってしまう。その背中を、わたしはしばらくじっと見つめた。