◆
横向きに構えた大晴のスマホから、録画を開始する電子音がピッと鳴る。音を聞いたあと、心の中で五秒カウントしてから、わたしは手持ち花火に火をつけた。
しゅわーっという音がして、赤やオレンジや黄色の火が勢いよく噴射する。
「わあ、きれい……」
花火を見つめるわたしの口から、台本のセリフじゃなくて、思わず本音の言葉が漏れた。
「花火をきれいに撮りたいから、何本か火つけて」
カメラを持つ大晴の指示で、わたしは用意された手持ち花火にどんどん火をつけた。
公園には大晴、蒼月、涼晴、わたしの四人が集まっているのに、花火に火をつけるのはさっきからずっとわたしばかり。涼晴は花火のシーンに出番がないし、蒼月は幽霊という役どころだから花火を手に持つことができない。ひとりで何本も花火に火をつけながら、ちょっとつまらないなあと思う。
「これだけ撮れたらいいかな」
手持ち花火を半分ほどひとりでやり終えたとき、ようやく大晴がわたしに向かってる構えていたスマホをおろした。
「次は、噴射系の花火にいくつか火をつけて、ふたりが見てるところを撮る。自然な雰囲気にしたいから、花火の周りで適当にしゃべったり、遊んでいいよ。涼晴、花火並べるの手伝って」
大晴はそう言うと、袋から出した筒状の噴射系花火を、感覚を開けて並べ始めた。
「なんか、大晴、張り切ってるね」
「だよね。スマホでの撮影、思ってた以上に楽しいみたいだよ。最近遅くまで、撮った動画を編集したり、エモく見える画の撮り方を調べて研究してる。それくらい熱心に勉強もやればいいのにって、母さんが愚痴るくらい」
わたしの近くで花火を並べるのを手伝っている涼晴に声をかけると、彼が笑いながら教えてくれた。
飽きっぽい大晴が、今回の映画制作にはかなり本気で取り組んでいるらしい。
「準備できた? 今から、いっせいに火をつけるよー」
大晴がわたし達に向かって大声で叫ぶ。
「こっちはいつでもオッケー」
涼晴が頭の上に両腕で大きく丸を作ると、大晴が頷いた。それからすぐに、噴射花火に火をつける。
上に向かって、シュワーっと吹き出す花火。あっという間に終わってしまうけど、やっぱり手持ち花火よりもパワーと迫力がある。
「なあ、陽咲、ちょっと花火の周り走ったりしてみてよ」
少しずつ色を変えていく花火をぼーっと遠目に見ていると、スマホを手に花火を撮影していた大晴が、わたしに指示を出してきた。
「え、わたしがひとりで?」
「そうそう。わぁーって感じで」
「え……、アホっぽくならない?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ほら、行けっ」
大股で歩み寄ってきた大晴が、わたしの背中を押してくる。
「えー、ちょっと……」
何度も背中を押されて、渋々足を踏み出すと、やる気なく花火の周りを軽く走ってみる。そんなわたしを、大晴のスマホカメラと蒼月、涼晴が見ていて、なんだか恥ずかしい。
「ねえ、これ、どれくらいやればいいの〜?」
大晴のカメラから微妙に目線をはずして走りながら愚痴っていたら、花火の勢いが弱くなって、順々に消えていく。
「あー、なんかイマイチ……」
花火が全部終わったあと、大晴がスマホで動画をチェックしながらぼやく。
「そりゃ、そうだよ。ひとりで走らされて、ただはずかしいだけじゃん」
「おれは、花火と無邪気に戯れてる感じの陽咲を撮りたかったんだけど」
「そんなこと言ったって、わたし、高校生だよ。もう花火で無邪気に喜べる年じゃないから」
「可愛くなーい」
不貞腐れるわたしに、大晴がべっと舌を出してくる。
そんな可愛くないわたしに、夏休み前に告白してきたのはどこの誰だよ。べっ、と舌を出し返しながら思う。
大晴は、あのときの告白をどうするつもりなんだろう。まだ返事ができてないけど、最近の大晴の話は映画撮影のことばかりで、たまにふたりになっても、あのとき告白の返事を切り出せるような雰囲気じゃない。それにわたしも、告白の返事をどうするべきか、まだ少し迷っている。
大晴と付き合えば、きっと、こんなふうに、軽口を叩きあったり笑い合ったりして、変わらない日常が続く。でも、全然変わらないわけじゃなくて、今よりも少しのときめきが増えて、毎日が楽しくなると思う。
でもそうなったら……。ふと、気になって見てしまうのは蒼月の横顔だった。
わたしが大晴と付き合えば、蒼月はたぶん、今よりもっと遠くなるだろう。三人で、コンビニでアイスを食べてくだらないことを話すとか、そういうことはもうできなくなる。そんな気がする。
大晴とわたしが、蒼月といることを望んでも、蒼月はわたしから離れる。もしかしたら、大晴からも離れるかもしれない。
七月七日の誕生日の呪いを信じていて、七年前のことや事故のことを気にしている。蒼月は、そういう子だ。でも、わたしは……。
「これ以上、噴射花火ムダにできないから、先にセリフあるシーンの撮影しよう。陽咲、もう一回手持ち花火に火つけて」
ぼんやりしていると、大晴がわたしに次の指示を出してきた。
大晴が今から撮影しようとしているのは、陽咲と蒼月が花火をするシーン。
事故に遭う前、ふたりが一緒に花火をしようと約束していた夜に雨が降った。『また今度、晴れた日に』と約束して置かれたままになっていた花火が、陽咲の部屋から見つかったのだ。
『なんで花火なんて買ったんだろう。それも大容量パックだよ』と、不思議がる陽咲に『一緒にやろうよ』と蒼月が誘う。果たせなかった約束を覚えているのは、彼だけだ。
事故の後、病院で目を覚ましてから、陽咲と蒼月は何度も会ってデートを重ねているが、お互いに『好き』の言葉を伝えていない。花火に誘われた陽咲は、『もしかして、そろそろ告白してもらえるのかな』なんて淡い期待を抱きながら、夜の公園デートに向かう。
ちなみに、今夜の撮影の前には、陽咲があやめにデートに誘われたことを惚気るシーンが撮ってある。
横向きに構えた大晴のスマホから、録画を開始する電子音がピッと鳴る。音を聞いたあと、心の中で五秒カウントしてから、わたしは手持ち花火に火をつけた。
しゅわーっという音がして、赤やオレンジや黄色の火が勢いよく噴射する。
「わあ、きれい……」
花火を見つめるわたしの口から、台本のセリフじゃなくて、思わず本音の言葉が漏れた。
「花火をきれいに撮りたいから、何本か火つけて」
カメラを持つ大晴の指示で、わたしは用意された手持ち花火にどんどん火をつけた。
公園には大晴、蒼月、涼晴、わたしの四人が集まっているのに、花火に火をつけるのはさっきからずっとわたしばかり。涼晴は花火のシーンに出番がないし、蒼月は幽霊という役どころだから花火を手に持つことができない。ひとりで何本も花火に火をつけながら、ちょっとつまらないなあと思う。
「これだけ撮れたらいいかな」
手持ち花火を半分ほどひとりでやり終えたとき、ようやく大晴がわたしに向かってる構えていたスマホをおろした。
「次は、噴射系の花火にいくつか火をつけて、ふたりが見てるところを撮る。自然な雰囲気にしたいから、花火の周りで適当にしゃべったり、遊んでいいよ。涼晴、花火並べるの手伝って」
大晴はそう言うと、袋から出した筒状の噴射系花火を、感覚を開けて並べ始めた。
「なんか、大晴、張り切ってるね」
「だよね。スマホでの撮影、思ってた以上に楽しいみたいだよ。最近遅くまで、撮った動画を編集したり、エモく見える画の撮り方を調べて研究してる。それくらい熱心に勉強もやればいいのにって、母さんが愚痴るくらい」
わたしの近くで花火を並べるのを手伝っている涼晴に声をかけると、彼が笑いながら教えてくれた。
飽きっぽい大晴が、今回の映画制作にはかなり本気で取り組んでいるらしい。
「準備できた? 今から、いっせいに火をつけるよー」
大晴がわたし達に向かって大声で叫ぶ。
「こっちはいつでもオッケー」
涼晴が頭の上に両腕で大きく丸を作ると、大晴が頷いた。それからすぐに、噴射花火に火をつける。
上に向かって、シュワーっと吹き出す花火。あっという間に終わってしまうけど、やっぱり手持ち花火よりもパワーと迫力がある。
「なあ、陽咲、ちょっと花火の周り走ったりしてみてよ」
少しずつ色を変えていく花火をぼーっと遠目に見ていると、スマホを手に花火を撮影していた大晴が、わたしに指示を出してきた。
「え、わたしがひとりで?」
「そうそう。わぁーって感じで」
「え……、アホっぽくならない?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ほら、行けっ」
大股で歩み寄ってきた大晴が、わたしの背中を押してくる。
「えー、ちょっと……」
何度も背中を押されて、渋々足を踏み出すと、やる気なく花火の周りを軽く走ってみる。そんなわたしを、大晴のスマホカメラと蒼月、涼晴が見ていて、なんだか恥ずかしい。
「ねえ、これ、どれくらいやればいいの〜?」
大晴のカメラから微妙に目線をはずして走りながら愚痴っていたら、花火の勢いが弱くなって、順々に消えていく。
「あー、なんかイマイチ……」
花火が全部終わったあと、大晴がスマホで動画をチェックしながらぼやく。
「そりゃ、そうだよ。ひとりで走らされて、ただはずかしいだけじゃん」
「おれは、花火と無邪気に戯れてる感じの陽咲を撮りたかったんだけど」
「そんなこと言ったって、わたし、高校生だよ。もう花火で無邪気に喜べる年じゃないから」
「可愛くなーい」
不貞腐れるわたしに、大晴がべっと舌を出してくる。
そんな可愛くないわたしに、夏休み前に告白してきたのはどこの誰だよ。べっ、と舌を出し返しながら思う。
大晴は、あのときの告白をどうするつもりなんだろう。まだ返事ができてないけど、最近の大晴の話は映画撮影のことばかりで、たまにふたりになっても、あのとき告白の返事を切り出せるような雰囲気じゃない。それにわたしも、告白の返事をどうするべきか、まだ少し迷っている。
大晴と付き合えば、きっと、こんなふうに、軽口を叩きあったり笑い合ったりして、変わらない日常が続く。でも、全然変わらないわけじゃなくて、今よりも少しのときめきが増えて、毎日が楽しくなると思う。
でもそうなったら……。ふと、気になって見てしまうのは蒼月の横顔だった。
わたしが大晴と付き合えば、蒼月はたぶん、今よりもっと遠くなるだろう。三人で、コンビニでアイスを食べてくだらないことを話すとか、そういうことはもうできなくなる。そんな気がする。
大晴とわたしが、蒼月といることを望んでも、蒼月はわたしから離れる。もしかしたら、大晴からも離れるかもしれない。
七月七日の誕生日の呪いを信じていて、七年前のことや事故のことを気にしている。蒼月は、そういう子だ。でも、わたしは……。
「これ以上、噴射花火ムダにできないから、先にセリフあるシーンの撮影しよう。陽咲、もう一回手持ち花火に火つけて」
ぼんやりしていると、大晴がわたしに次の指示を出してきた。
大晴が今から撮影しようとしているのは、陽咲と蒼月が花火をするシーン。
事故に遭う前、ふたりが一緒に花火をしようと約束していた夜に雨が降った。『また今度、晴れた日に』と約束して置かれたままになっていた花火が、陽咲の部屋から見つかったのだ。
『なんで花火なんて買ったんだろう。それも大容量パックだよ』と、不思議がる陽咲に『一緒にやろうよ』と蒼月が誘う。果たせなかった約束を覚えているのは、彼だけだ。
事故の後、病院で目を覚ましてから、陽咲と蒼月は何度も会ってデートを重ねているが、お互いに『好き』の言葉を伝えていない。花火に誘われた陽咲は、『もしかして、そろそろ告白してもらえるのかな』なんて淡い期待を抱きながら、夜の公園デートに向かう。
ちなみに、今夜の撮影の前には、陽咲があやめにデートに誘われたことを惚気るシーンが撮ってある。