◆
「今日の撮影予定は、陽咲が幼なじみの藤澤さんと話すシーンと、陽咲と蒼月が駅前で待ち合わせするところ。それから、陽咲と蒼月が公園でデートするシーンね」
台本を見ながら、大晴がわたし、涼晴、あやめに今日の撮影スケジュールを説明する。
ジャージ姿の大晴の声は、暑い日差しの中で午後の部活を終えてきたばかりだと言うのに溌剌としていて、少しの疲労も感じさせない。
対して、それぞれに午後の部活のあとに教室に集まってきた大晴以外のメンバーは、暑さで体力をかなり消耗していて、顔のそばでハンディファンで稼働させたり、気怠げに椅子に腰かけたり、水を飲んだりしながら話を聞いていた。
「陽咲と藤澤さんのシーンは廊下で撮影するね。台本通りで撮るけど、もしかしたら編集でカットするセリフもあるかも。せっかく覚えてきてもらってると思うけど、そのときはごめん」
大晴がわたしとあやめのほうを見て、ほんの少し眉を下げる。ふたりでハンディファンを回していたわたしとあやめは、お互いに顔を見合わせて、こっそり目配せをした。
大丈夫だ。わたしもあやめも、セリフはうろ覚え。毎日部活で忙しいし、台本は読んできたけど、本番はカンペに頼る気満々で来た。
「で、廊下の撮影が終わったら駅前に移動。蒼月と陽咲のシーンを撮る予定。後半のシーンは藤澤さんの出番はないから帰ってもらってもいいけど、もし時間があれば、カンペ持つのとか手伝ってもらったら嬉しい」
「わかった。駅での撮影までは残るね」
あやめの言葉に、大晴がにこっと笑う。
「なあ、たいせー。おれは? 今回も出番なしだよね。おれ、集まる必要あった?」
気怠そうに話を聞いていた涼晴が、小さく手を挙げる。
「ああ、涼晴は出番に関わらず毎回強制参加。カンペ持ったりとか、別角度で撮影してもらったりとか。小物の配置移動とか。そういうの手伝ってほしいんだよね」
「えー、それ、雑用じゃん」
大晴の言葉に、涼晴が不満顔で椅子の背もたれにそっくり返る。
ヒロインの恋人の弟っていう役を与えられた涼晴の出番は、物語の終盤に少しだけしかない。暑い中部活に出て疲れてるだろうに、出番もない映画撮影に強制参加なんて、ちょっと気の毒だ。だけど、出番に関わらずといえば……。
「ところで、今日、蒼月は?」
みんな、部活後に招集をかけられたというのに、蒼月だけ姿が見えない。ちょっと遅れてるのかな。
「蒼月は駅での撮影から参加するよ」
気にして廊下を振り返ると、大晴が教えてくれた。
「ええ〜。いいなあ、蒼月くん」
兄から雑用係を押し付けられた涼晴が、眉根を寄せて口を尖らせる。
うちの高校の特進科の生徒は、半分くらいが部活には入っていない。課題が多かったり、一年生の頃から塾や予備校に通う生徒も多いからだ。
蒼月もその例に漏れず。週二か三で塾に通っていて、部活動はしていない。出番も用事もないから、学校には来ないんだ。
そう思うと、毎回強制参加を強いられることになった涼晴はちょっと気の毒だ。剣道部の練習だってハードなのに。
わたしが苦笑いしていると、
「じゃあ、時間も限られてるし、始めよう」
大晴がスマホと三脚を持って廊下に出る。
「陽咲さんと藤澤さんの立ち位置は廊下の窓際で」
三脚にスマホカメラを設置した大晴が、わたし達に指示を出す。言われたとおりに窓際に立つと、スケッチブックのカンペを持たされた涼晴が、カメラに入り込まず、わたし達にもカンペを見せられる絶妙な位置に立った。
「あやめ、セリフ覚えてる? わたし、たぶんほとんどカンペに頼ることになると思う」
「わたしもだよ〜。わたしの役は出番が少ないけど、ここのシーンだけはセリフ多いんだよね。演技とかできないし、ふつうにセリフ読むだけになると思うけどごめんね」
「そんなの、わたしもだよ」
ふたりでコソコソ話していると、カメラを回す準備が整う。わたしとあやめから見える位置に立った大晴が、腕をあげて、指で3、2、とカウントを始める。
カンッ……!
夕方の学校の廊下にカチンコの音が高く響いて、わたしとあやめは緊張で少し表情をこわばらせた。先にセリフを言うのはわたしだ。
『ごめん、今日は一緒に帰れないんだ』
『何か予定あるの?』
固い声で話すわたしに、あやめが負けないくらい固い声で聞いてくる。
『実はね、今日は駅で矢野くんと待ち合わせしてるんだ』
事故のことも、恋人が死んだことも覚えていないヒロインは、幼なじみに待ち合わせの話をする。台本には(ウキウキした声で)って、注釈が入ってる。
『矢野くん……?』
陽咲の話に、あやめは驚く。彼女は知っているのだ。ヒロインも巻き込まれた交通事故で、恋人が亡くなっていることを。それにも関わらず、亡くなった恋人と待ち合わせていると嬉しそうに話すヒロインのことを幼なじみは心配している。幼なじみは、ヒロインの話はすべて、恋人を亡くしたショックによる妄想だと思っていた。
そういう、登場人物たちの心情を、会話と表情でうまく魅せるのがこのシーンなのだが……。
涼晴の出すカンペをチラチラ見ながら会話するわたしとあやめの演技はお世辞にも褒められたものではない。
「……ちょっと待って。いったん、ストップ」
ひきつり笑いの大晴から、ストップがかかった。
「ふたりとも、表情も話し方も不自然すぎ。もうちょっとふだん話してるときみたいに話せない?」
「そんなこと言われたって……」
「セリフを間違えないようにしなきゃって思ったら緊張するんだよ〜」
あやめとふたりして反論すると、大晴が肩をすくめた。
「セリフはちょっとくらい間違えても、アドリブでもいいよ。それより自然な会話がほしい。陽咲は、好きな人とデートの約束をしてて友達に惚気る。藤澤さんは、おかしなことを言い出した幼なじみのことを心配してる。まったく同じシチュエーションを経験したことはなくても、こういうのに近い会話、したことない?」
大晴に聞かれて、わたしは友達と恋バナするときのテンションを思い浮かべた。同じように、あやめもなにか思い浮かべるものはあったらしい。
テイク2で、わたしとあやめの固さは少し取れて、テイク5で、ようやく大晴のオッケーが出た。その頃には、だいぶ時間が回っていて、施錠の見回りに来た先生に「早く帰るように」と注意されてしまった。
「今日の撮影予定は、陽咲が幼なじみの藤澤さんと話すシーンと、陽咲と蒼月が駅前で待ち合わせするところ。それから、陽咲と蒼月が公園でデートするシーンね」
台本を見ながら、大晴がわたし、涼晴、あやめに今日の撮影スケジュールを説明する。
ジャージ姿の大晴の声は、暑い日差しの中で午後の部活を終えてきたばかりだと言うのに溌剌としていて、少しの疲労も感じさせない。
対して、それぞれに午後の部活のあとに教室に集まってきた大晴以外のメンバーは、暑さで体力をかなり消耗していて、顔のそばでハンディファンで稼働させたり、気怠げに椅子に腰かけたり、水を飲んだりしながら話を聞いていた。
「陽咲と藤澤さんのシーンは廊下で撮影するね。台本通りで撮るけど、もしかしたら編集でカットするセリフもあるかも。せっかく覚えてきてもらってると思うけど、そのときはごめん」
大晴がわたしとあやめのほうを見て、ほんの少し眉を下げる。ふたりでハンディファンを回していたわたしとあやめは、お互いに顔を見合わせて、こっそり目配せをした。
大丈夫だ。わたしもあやめも、セリフはうろ覚え。毎日部活で忙しいし、台本は読んできたけど、本番はカンペに頼る気満々で来た。
「で、廊下の撮影が終わったら駅前に移動。蒼月と陽咲のシーンを撮る予定。後半のシーンは藤澤さんの出番はないから帰ってもらってもいいけど、もし時間があれば、カンペ持つのとか手伝ってもらったら嬉しい」
「わかった。駅での撮影までは残るね」
あやめの言葉に、大晴がにこっと笑う。
「なあ、たいせー。おれは? 今回も出番なしだよね。おれ、集まる必要あった?」
気怠そうに話を聞いていた涼晴が、小さく手を挙げる。
「ああ、涼晴は出番に関わらず毎回強制参加。カンペ持ったりとか、別角度で撮影してもらったりとか。小物の配置移動とか。そういうの手伝ってほしいんだよね」
「えー、それ、雑用じゃん」
大晴の言葉に、涼晴が不満顔で椅子の背もたれにそっくり返る。
ヒロインの恋人の弟っていう役を与えられた涼晴の出番は、物語の終盤に少しだけしかない。暑い中部活に出て疲れてるだろうに、出番もない映画撮影に強制参加なんて、ちょっと気の毒だ。だけど、出番に関わらずといえば……。
「ところで、今日、蒼月は?」
みんな、部活後に招集をかけられたというのに、蒼月だけ姿が見えない。ちょっと遅れてるのかな。
「蒼月は駅での撮影から参加するよ」
気にして廊下を振り返ると、大晴が教えてくれた。
「ええ〜。いいなあ、蒼月くん」
兄から雑用係を押し付けられた涼晴が、眉根を寄せて口を尖らせる。
うちの高校の特進科の生徒は、半分くらいが部活には入っていない。課題が多かったり、一年生の頃から塾や予備校に通う生徒も多いからだ。
蒼月もその例に漏れず。週二か三で塾に通っていて、部活動はしていない。出番も用事もないから、学校には来ないんだ。
そう思うと、毎回強制参加を強いられることになった涼晴はちょっと気の毒だ。剣道部の練習だってハードなのに。
わたしが苦笑いしていると、
「じゃあ、時間も限られてるし、始めよう」
大晴がスマホと三脚を持って廊下に出る。
「陽咲さんと藤澤さんの立ち位置は廊下の窓際で」
三脚にスマホカメラを設置した大晴が、わたし達に指示を出す。言われたとおりに窓際に立つと、スケッチブックのカンペを持たされた涼晴が、カメラに入り込まず、わたし達にもカンペを見せられる絶妙な位置に立った。
「あやめ、セリフ覚えてる? わたし、たぶんほとんどカンペに頼ることになると思う」
「わたしもだよ〜。わたしの役は出番が少ないけど、ここのシーンだけはセリフ多いんだよね。演技とかできないし、ふつうにセリフ読むだけになると思うけどごめんね」
「そんなの、わたしもだよ」
ふたりでコソコソ話していると、カメラを回す準備が整う。わたしとあやめから見える位置に立った大晴が、腕をあげて、指で3、2、とカウントを始める。
カンッ……!
夕方の学校の廊下にカチンコの音が高く響いて、わたしとあやめは緊張で少し表情をこわばらせた。先にセリフを言うのはわたしだ。
『ごめん、今日は一緒に帰れないんだ』
『何か予定あるの?』
固い声で話すわたしに、あやめが負けないくらい固い声で聞いてくる。
『実はね、今日は駅で矢野くんと待ち合わせしてるんだ』
事故のことも、恋人が死んだことも覚えていないヒロインは、幼なじみに待ち合わせの話をする。台本には(ウキウキした声で)って、注釈が入ってる。
『矢野くん……?』
陽咲の話に、あやめは驚く。彼女は知っているのだ。ヒロインも巻き込まれた交通事故で、恋人が亡くなっていることを。それにも関わらず、亡くなった恋人と待ち合わせていると嬉しそうに話すヒロインのことを幼なじみは心配している。幼なじみは、ヒロインの話はすべて、恋人を亡くしたショックによる妄想だと思っていた。
そういう、登場人物たちの心情を、会話と表情でうまく魅せるのがこのシーンなのだが……。
涼晴の出すカンペをチラチラ見ながら会話するわたしとあやめの演技はお世辞にも褒められたものではない。
「……ちょっと待って。いったん、ストップ」
ひきつり笑いの大晴から、ストップがかかった。
「ふたりとも、表情も話し方も不自然すぎ。もうちょっとふだん話してるときみたいに話せない?」
「そんなこと言われたって……」
「セリフを間違えないようにしなきゃって思ったら緊張するんだよ〜」
あやめとふたりして反論すると、大晴が肩をすくめた。
「セリフはちょっとくらい間違えても、アドリブでもいいよ。それより自然な会話がほしい。陽咲は、好きな人とデートの約束をしてて友達に惚気る。藤澤さんは、おかしなことを言い出した幼なじみのことを心配してる。まったく同じシチュエーションを経験したことはなくても、こういうのに近い会話、したことない?」
大晴に聞かれて、わたしは友達と恋バナするときのテンションを思い浮かべた。同じように、あやめもなにか思い浮かべるものはあったらしい。
テイク2で、わたしとあやめの固さは少し取れて、テイク5で、ようやく大晴のオッケーが出た。その頃には、だいぶ時間が回っていて、施錠の見回りに来た先生に「早く帰るように」と注意されてしまった。