「なあ、見て。すっげえ、いい感じ」

 スマホで撮影をしていた大晴が、別角度でビデオを回していた涼晴に今撮った動画を見せる。 

「ほんとだ。窓から光が差し込む感じがエモいね」
「学校の保健室には見えないよな。編集かけたら、もっと病院の個室っぽく見せれるかも」

 にっと得意げに笑う大晴は、なんだか楽しそうだ。

 ふたりの会話から察するに、今のシーンはかなりいい感じに撮れたのだろう。きっと、蒼月の演技がよかったからだ。

「蒼月って、演技できたんだね」

 蒼月を見上げて話しかけると、わたしの肩にのせたままだった手を慌てて離した。

「いや、僕、演技は全然……」

 撮影のときは堂々としていた蒼月が、カメラが止まると急におどおどと自身なさそうな様子を見せる。

「そんなこと言って、セリフも完璧に覚えてたじゃん。家でどれくらい練習したの?」
「練習は全然……。セリフも、今日撮影するシーンの分だけ、朝起きてから急いで覚えた」

 あんなに演技を見せておいて、蒼月が謙遜する。

「ウソだあ。朝起きてからなんて、絶対ムリでしょ」
「ほんとだよ」
「絶対ウソ。蒼月がすごく自然な演技をするから、わたし、ほんとうにヒロインになったような気がしてドキドキしちゃった。蒼月、演技の才能あるんじゃない?」

 わたしが褒めると、蒼月が困ったように首を横に振った。

「才能なんてないよ。もし僕の演技が自然だったなら、今回のシーンが、今の僕の感情のままに言えるセリフが多かったってだけ」
「今の感情のまま……?」

 蒼月が何を言っているのか、よくわからない。

「陽咲と蒼月は今のでオッケー。じゃあ次は外に出て、陽咲と深澤さんがふたりで話すシーン撮ろう」

 首を傾げていると、大晴がわたし達に声をかけてくる。

「次は外だって」
「外かあ。今日も暑そうだよねえ」

 窓の外を見つめながらぼやくと、「だね」と蒼月がふっと笑う。

 さっきの撮影シーンの余韻がまだ残っているせいか、窓の外を見遣る蒼月の横顔にほんの少しドキッとした。

 あやめや他の友達から「パーフェクト幼なじみ」と言われている大晴が近くにいるせいで霞がちだけど、蒼月だって、結構整った顔立ちをしているのだ。

 眩しそうに目を細める蒼月の横顔にしばらく見入っていると、保健室のカギを持った涼晴が、ドアのところで振り向いて手を振ってきた。

「陽咲〜、蒼月くん、行くよー!」
「あー、ごめん。すぐ行く」

 わたしはベッドから立ち上がると、布団を軽く整えて、蒼月と一緒に保健室を出た。

 全員が保健室を出ると、涼晴が鍵をかける。

「おれ、職員室にカギ返してから外行くね」
「おー、頼む」

 今日は保健室の先生はお休みで、撮影のために鍵を借りたから、使い終わったら返却しておかないといけない。

「そういえばさ、陽咲。部活の試合、どーだったん?」

 涼晴以外の全員で校庭に向かって歩いていると、大晴がスマホをいじりながら、ふと思い出したように聞いてきた。

「うーん、二回戦目までは調子よかったよね。でも三回戦目の相手がめっちゃ強かったんだよね……」

 あやめを振り返ると、「あたった相手が悪かったよね」と苦笑いが返ってきた。

「三回戦目の相手は中学のときも試合で当たったペアだもん。そのときも、三回戦目であたってぼろ負けだったし……。ほんと、わたし達の因縁の相手だよ」

 あやめの話を聞きながら、わたしは二日前の試合で三回戦目に戦ったペアの顔を思い返した。

 あやめの言うとおり、三回戦目の相手はめちゃくちゃうまかった。わたしとあやめだって、うちの高校の部活の中では弱いほうではない。決勝はムリかもしれないけど、もしかしたら三位決定戦くらいには食い込めるんじゃないかって先輩やコーチも期待してくれていた。

 でも、三回戦目の相手に全く歯が立たずに敗北。わたしもあやめも悔しくて、試合後に肩を抱き合って。ちょっと泣いた。

 だけど、わたしは中学のときの試合でも彼女たちと当たったことを覚えていない。試合の直後にもあやめに同じ話をされたけど、まったくピンとこなかった。

 あやめが因縁の相手というくらいだから、中学のときの試合で当たったことはたしかなんだろう。でも、試合で完敗して悔しい思いをした対戦相手の顔を全く覚えていないなんて不思議だ。

「次こそは決勝……、はムリかもしれないけど、準決勝くらいまで進めるように頑張ろうね!」

 あやめがそう言って、わたしの肩をぽんっと叩く。わたしはいまさら「覚えていない」とは言いづらくて、曖昧なままにあやめの言葉に頷いた。

 わたし達を見て、大晴が「アオハルじゃん」と茶化すように笑うけど、なんとなく、胸にすっきりとしない感情が残る。

 靴を履き替えて外に出ると、ぱっと目を刺してきた太陽がやたらとまぶしかった。

「うわー、今日も暑いね……」

 肌をジリジリと焼くような夏の日差しが、大晴と蒼月といっしょにコンビニの前でアイスを食べた日のことを思い出させる。

「大晴、あとでアイス食べようよ。全員におごって」
「アイス食うのはいいけど、おごらない」
「えー、ケチ。こないだは、おごってくれたじゃん。ガリガリ君。ね、蒼月」

 少し後ろでまぶしそうに目を細めている蒼月を振り返ってそう言うと、蒼月が「え?」と、ぽかんとした顔をした。

 急に話しかけられて反応できなかったって言うよりも、わたしの話にまるで覚えがないみたいなそんな顔だ。蒼月の反応に、さっきあやめと話していたときと同じようなモヤモヤが胸に湧き上がってくる。

 え……? わたしが、なにか間違えてる?

「ほら、この前、大晴に映画製作の話を持ちかけられたときにコンビニでさあ……」
「あー、はいはい。じゃあ、次のシーンでおれを感動させるいい画が撮れたらみんなにアイスおごってやる」

 蒼月に確かめようとすると、大晴が両手を広げてわたし達のあいだに割り込んできた。

「なに? たいせー、アイスおごってくれんの?」

 保健室の鍵を返しに行っていた涼晴が戻ってきて、蒼月とわたしのやりとりはそのままうやむやになる。

「よーし、撮影始めるぞ。陽咲~、ここ立って」

 大晴に呼ばれて、わたしは蒼月のことが気になりながらも「はーい」と返事した。半袖のブラウスから覗く腕を、太陽がジリジリと焦がしていく。今日も、暑い……。

 胸に残ったすっきりしない感情は、そのうち、夏の暑さに溶かされて、消えていった。