どこから手をつけたらいいのかわからない。
「まずは、自分の顔をよく見て」
アヤトさんが鏡を渡してきた。

正直、まじまじと自分の顔を見たことなんてない。ホント、冴えない顔だし、イケメンコンテストなんて……そんなことしたら、余計にいじめられるだけだよ。
そう思ってふと考えた。アヤトさんが出ればいいんじゃないかって。彼は十分かっこいいし、絶対勝てる。でもよく見ると、ポスターには「高校生限定」と書いてあった。……そうか、アヤトさんは高校生じゃないんだ。だから僕に出ろって言うのか。

「一応、コスプレコンテストだから、ハロウィンメイクをすればなんとかなるかもね。写真審査だけだし」
え? さっき、すごく褒めてくれてた気がするけど……。

「写真審査だけなんて……コンテストならステージで歩いたりポーズするやつだろ?」
「どうやらステージの審査はなくなったらしい」
「ほ、ほお……まぁその方が緊張しないからいいか」
どうやら結構前からあるコンテストらしいけど知らなかったなぁ。


「それで、何か気づいたことはある?」
「……全部かな」
僕がそう答えると、アヤトさんは首を横に振って笑った。

「まず、メガネ。レンズが汚れてるよ」
「あ……」
言われてみれば、確かに汚れてる。この分厚いメガネ、いつも曇ってて見にくいし、何より見た目が冴えない。

「明日までに綺麗にしてきてね」
アヤトさんはにっこり笑った。彼の笑顔、ホントに素敵すぎる……。

試しにこっそり鏡の前で、自分も笑ってみた。……やっぱり無理がある。
コンタクトにしたり、新しいメガネを買うのは無理だけど、家に帰ってから久しぶりにメガネを拭いてみた。親が反対してくれたおかげで、ちょっと良いメガネを買ってもらったけど、エイジに踏まれて曲がっちゃったんだよな……。

そんなことを考えていたら、仕事から帰ってきた父さんが、「これ、温めれば治るかもな」と言って、ドライヤーでメガネを温めてくれた。少しは形が戻ったかな?

次の日、アヤトさんに見せると、
「綺麗になったね。でも、歪みは今度メガネ屋さんで直してもらって。ついでに新しいメガネ拭きも買ってね」
やっぱりか……。

次にアヤトさんが指示したのは、姿勢だった。
「次は姿勢よ。背筋をシャキッと伸ばして」
「は、はい」
痛かったけど、確かに僕は猫背気味だ。すぐに戻っちゃうんだけど……。

「意識することが大事。無理なら、紐で矯正してもいいけど?」
アヤトさんが近くにあった紐を持って、ニヤッと笑う。
「あ、いや、大丈夫です!!」
自然と背筋を正すと、「それでいい」と、また彼は笑った。

ちょっと……アヤトさん、もしかしてSっ気があるのかな? いじめられっ子な僕にはそう感じてしまうけど……。

アヤトさんも忙しいから、僕の変身は一日一つずつ進んでいった。

まずは声の出し方。
「少しでも声は大きいほうがいい」とアヤトさんに教わって、午後の授業では少し大きな声で話してみた。すると、先生に驚かれてしまった。

次に髪の毛。切りに行く時間がないと言うと、
「近くのスーパーに千円カットのお店があるよ」
と教えてくれた。早速、学校の帰りに行ってみて、美容師さんに眉毛も整えてもらった。ついでに、眉毛の剃り方や整え方も教わった。(正しいヒゲや鼻毛の手入れ方まで……。)

前髪だけじゃなくて後ろ髪もスッキリして、なんだかいつもと違う僕になった。でも、顔がはっきり出るから少し恥ずかしい。洗面台で自分を見ていたら、お母さんの化粧水が目に入ったので、こっそり使ってみた。翌朝、肌がもちもちになっていた。

「スッキリしたね」
アヤトさんは僕の変わりように驚いていたけど、それ以上にクラスメイトたちが驚いていた。もちろん、エイジたちも。
「なんだ? いきなりスッキリしやがって。お金でもあるのか?」
とメンチを切られる。……なにさ、いつも僕にパン買わせるくせに。

それで、アヤトさんに言わなきゃいけないことがあった。
「エイジも、ハロウィンイケメンコンテストに出るみたいなんだ」

その時は本当に絶望的な気分になった。エイジはイケメンだし、強引だし、何でも手に入れるタイプだから……。でも、アヤトさんは余裕の表情を浮かべていた。
「それがどうしたの?」