先輩たちは、一眼レフの持ち込みについては自分たちでは決められないので、顧問の落合先生に判断を委ねることにしたようだ。
「顧問が来たら、自前のカメラの持ち込みについて聞いてみるよ。もしそれで許可が下りたら、君……えっと」
「阿部です」
「阿部さん、ね。明日にでも返事するよ。で、君、『香織ちゃん』だっけ? 入部するなら阿部さんと一緒がいいんだよね?」
部長がどうやら落合先生に掛け合ってくれるようだ。
もし真莉愛が入部できるとなれば、私はどうなるのだろうと不安がよぎる。部長の問いに、私は無言で頷いた。
「だよね、友達と一緒がいいよね。もし許可が下りたら、香織ちゃんも一緒に入部決定でいい?」
「おい、面識のない一年生に、いきなり馴れ馴れしく名前呼びはないだろう」
部長との会話に、西村先輩が割って入った。
「え? だってお前が香織ちゃんって名前で呼ぶからさ。俺もいいのかなって思ったわけよ」
「お前はダメ。仮にも部長だろ、他の部員の手前もあるけど、ひいきって思われたら、後で大変な思いをするのは彼女なんだぞ」
思いもよらない言葉に、部長は驚きの表情を見せる。けれどすぐに納得したのか、中嶋さんと言い直してくれた。真莉愛は一瞬瞠目するも、表情を隠すように俯いたけれど、ニヤニヤしているのが私の目に映った。
「それじゃ、今日は特にすることがないから、入部希望のプリントだけ回収しようかな。本当に、第二、第三希望は未記入で提出してもいいかい?」
部長の声に、私たちは鞄の中からプリントを取り出すと、それを手渡した。
「もしダメだったら、その時にまた考えます。無事に写真部に入部できることを期待してますよ、先輩」
真莉愛のゴリ押しに、先輩たちはタジタジだ。私は申し訳ないと思いながらも、先輩たちが私たちを写真部入部に背中を押してくれないか期待を込めて、プリントを手渡した。
プリントを手渡して終わると、私たちは部室を後にした。することがないと言われているのに、残っていても仕方がない。
特別教棟の上階には、図書室がある。私たちはそこへ向かった。明日から通常授業が始まるに当たり、課題が出されていたのだ。家に帰ると、どうにもやる気が削がれてしまう。図書室内は、私たちと同じことを考えている生徒で溢れていた。二人分の座席を確保してすぐ、私たちは協力して課題に取り掛かった。
真莉愛と協力したおかげで、自分一人でするよりも断然早い時間に課題が片付いた。真莉愛も課題を終えて、ホッと息を吐いている。
「私、家から学校まで結構な距離があるんだよね。だから部活はできれば入りたくないんだ。もし入ったとしても、活動内容が緩いものじゃないと、課題をする時間がなくて」
真莉愛が部活動に所属したくない理由を口にした。教室では高校生活を満喫するために、と言っていたけれど、理由を知れば納得がいく。
「私は自転車通学だから、移動中にながら運転なんてできないし。強制的に部活動に参加しなきゃならない一年の間は仕方ないと割り切るけど、場合によっては、来年は帰宅部もしくは幽霊部員だよ」
一年間と割り切っているからこそ、自前の一眼レフを持ち込んでまで写真部に入ろうと思ったのだろう。
「落合先生、カメラの持ち込みを許可してくれるといいね。それで入部できるといいね」
私がそう言うと、真莉愛は微笑んだ。
「でもね、もしカメラの持ち込みに許可をもらったとしても、香織が一緒じゃないなら私は入部しないよ?」
私が驚いていると、真莉愛は当然とばかりに口を開く。
「だって、友達と一緒ってのが、青春でしょ? 高校生活を満喫するには、まず友情を育まなきゃね!」
その言葉に、私は嬉しくて胸が熱くなる。
私のことを思ってくれる真莉愛と、これからますます仲良くなれそうだ。
「真莉愛、ありがとう。一緒に入部できるといいね」
私の声に、真莉愛が笑顔で頷いた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
真莉愛の声に、私が待ったをかける。
「あ、ちょっと待って。家に連絡入れなきゃ」
私はそう言うと、鞄の中からスマホを取り出した。無料通話アプリの中から母とのメッセージ画面を開き、『今から帰る』と入力し、送信する。
「え、わざわざ連絡するの?」
真莉愛が驚いた表情を浮かべている。高校生になって、そこまで過保護なのだと思われても仕方ない。
「あ……普通に驚くよね。私、昔、交通事故に遭ったことがあって。それから親が過保護になっちゃって……」
忘れもしない、あれは私が小学三年生の時のことだ。
下校途中の交差点で、信号無視をした乗用車にはねられたのだ。
私をかばってくれた人のおかげで、命に別状はなかったけれど、手足に大怪我を負い、今もその傷跡が消えることはない。
怪我だけで済んだのは、不幸中の幸いだった。なぜなら、私の命の恩人は、その事故が原因で命を落としてしまったのだ……
当時のことをあまり覚えていないのは、自分のことを庇って亡くなった人がいると知り、ショックで数日意識を失っていたせいらしい。人はショックなことが起こると、自己防衛機能が働き、当時の記憶を忘れることがあるらしく、私も多分それだろうという医師の見解だった。
記憶が曖昧なのは、事故の時の記憶のみで生活に支障はない。思い出せないならそれでいいと、経過観察になり、現在に至る。
詳細は語らずとも、私の声色と表情からこれ以上のことは触れないほうがいいと思ったのだろう。交通事故に遭ったという事実を知った真莉愛は「そっか、それはご両親が過保護になっても仕方ないよ」と言うと、この話を終わらせた。
「顧問が来たら、自前のカメラの持ち込みについて聞いてみるよ。もしそれで許可が下りたら、君……えっと」
「阿部です」
「阿部さん、ね。明日にでも返事するよ。で、君、『香織ちゃん』だっけ? 入部するなら阿部さんと一緒がいいんだよね?」
部長がどうやら落合先生に掛け合ってくれるようだ。
もし真莉愛が入部できるとなれば、私はどうなるのだろうと不安がよぎる。部長の問いに、私は無言で頷いた。
「だよね、友達と一緒がいいよね。もし許可が下りたら、香織ちゃんも一緒に入部決定でいい?」
「おい、面識のない一年生に、いきなり馴れ馴れしく名前呼びはないだろう」
部長との会話に、西村先輩が割って入った。
「え? だってお前が香織ちゃんって名前で呼ぶからさ。俺もいいのかなって思ったわけよ」
「お前はダメ。仮にも部長だろ、他の部員の手前もあるけど、ひいきって思われたら、後で大変な思いをするのは彼女なんだぞ」
思いもよらない言葉に、部長は驚きの表情を見せる。けれどすぐに納得したのか、中嶋さんと言い直してくれた。真莉愛は一瞬瞠目するも、表情を隠すように俯いたけれど、ニヤニヤしているのが私の目に映った。
「それじゃ、今日は特にすることがないから、入部希望のプリントだけ回収しようかな。本当に、第二、第三希望は未記入で提出してもいいかい?」
部長の声に、私たちは鞄の中からプリントを取り出すと、それを手渡した。
「もしダメだったら、その時にまた考えます。無事に写真部に入部できることを期待してますよ、先輩」
真莉愛のゴリ押しに、先輩たちはタジタジだ。私は申し訳ないと思いながらも、先輩たちが私たちを写真部入部に背中を押してくれないか期待を込めて、プリントを手渡した。
プリントを手渡して終わると、私たちは部室を後にした。することがないと言われているのに、残っていても仕方がない。
特別教棟の上階には、図書室がある。私たちはそこへ向かった。明日から通常授業が始まるに当たり、課題が出されていたのだ。家に帰ると、どうにもやる気が削がれてしまう。図書室内は、私たちと同じことを考えている生徒で溢れていた。二人分の座席を確保してすぐ、私たちは協力して課題に取り掛かった。
真莉愛と協力したおかげで、自分一人でするよりも断然早い時間に課題が片付いた。真莉愛も課題を終えて、ホッと息を吐いている。
「私、家から学校まで結構な距離があるんだよね。だから部活はできれば入りたくないんだ。もし入ったとしても、活動内容が緩いものじゃないと、課題をする時間がなくて」
真莉愛が部活動に所属したくない理由を口にした。教室では高校生活を満喫するために、と言っていたけれど、理由を知れば納得がいく。
「私は自転車通学だから、移動中にながら運転なんてできないし。強制的に部活動に参加しなきゃならない一年の間は仕方ないと割り切るけど、場合によっては、来年は帰宅部もしくは幽霊部員だよ」
一年間と割り切っているからこそ、自前の一眼レフを持ち込んでまで写真部に入ろうと思ったのだろう。
「落合先生、カメラの持ち込みを許可してくれるといいね。それで入部できるといいね」
私がそう言うと、真莉愛は微笑んだ。
「でもね、もしカメラの持ち込みに許可をもらったとしても、香織が一緒じゃないなら私は入部しないよ?」
私が驚いていると、真莉愛は当然とばかりに口を開く。
「だって、友達と一緒ってのが、青春でしょ? 高校生活を満喫するには、まず友情を育まなきゃね!」
その言葉に、私は嬉しくて胸が熱くなる。
私のことを思ってくれる真莉愛と、これからますます仲良くなれそうだ。
「真莉愛、ありがとう。一緒に入部できるといいね」
私の声に、真莉愛が笑顔で頷いた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
真莉愛の声に、私が待ったをかける。
「あ、ちょっと待って。家に連絡入れなきゃ」
私はそう言うと、鞄の中からスマホを取り出した。無料通話アプリの中から母とのメッセージ画面を開き、『今から帰る』と入力し、送信する。
「え、わざわざ連絡するの?」
真莉愛が驚いた表情を浮かべている。高校生になって、そこまで過保護なのだと思われても仕方ない。
「あ……普通に驚くよね。私、昔、交通事故に遭ったことがあって。それから親が過保護になっちゃって……」
忘れもしない、あれは私が小学三年生の時のことだ。
下校途中の交差点で、信号無視をした乗用車にはねられたのだ。
私をかばってくれた人のおかげで、命に別状はなかったけれど、手足に大怪我を負い、今もその傷跡が消えることはない。
怪我だけで済んだのは、不幸中の幸いだった。なぜなら、私の命の恩人は、その事故が原因で命を落としてしまったのだ……
当時のことをあまり覚えていないのは、自分のことを庇って亡くなった人がいると知り、ショックで数日意識を失っていたせいらしい。人はショックなことが起こると、自己防衛機能が働き、当時の記憶を忘れることがあるらしく、私も多分それだろうという医師の見解だった。
記憶が曖昧なのは、事故の時の記憶のみで生活に支障はない。思い出せないならそれでいいと、経過観察になり、現在に至る。
詳細は語らずとも、私の声色と表情からこれ以上のことは触れないほうがいいと思ったのだろう。交通事故に遭ったという事実を知った真莉愛は「そっか、それはご両親が過保護になっても仕方ないよ」と言うと、この話を終わらせた。