公園を出て少し歩くと、問題の交差点に差し掛かる。

 そこには人だかりができていた。
 人だかりだけではなく、警察車両も道路脇に停車している。

 警察車両の近くには、フロント部分が破損した車も停車しており、警察が事情聴取をしている。

 歩道には、車のライト部分が破損して、その破片が散乱している。

 私の心臓は、有り得ないくらいに早鐘を打っていた。

 これが、七年前に私と先輩を巻き込んだ事故車両……

 そう思うと、手が震える。

「事故があったんだね」

 先輩はそう言うと、私たち二人をこの場で待つよう指示して、近くの野次馬に事情を聞きに行った。

 少しして先輩が戻ってくると、状況を説明してくれた。

「運転手のハンドル操作ミスで、そこの信号に突っ込んできたらしいよ。単独事故で、巻き込まれた人はいないって」

 その言葉を聞いて、私の身体から力が抜けそうになった。

 よかった、人身事故は回避できたんだ。

 これで、私たちの未来は明日も続くんだ。

 七年前の私に怪しまれないよう、足に力を入れて踏ん張ると、改めて「おうちに帰ろう」と声を掛け、この場を離れた。

 家の近くまで辿り着くと、小学生の私は「ここでいいです」と言って、私たちに会釈した。

「遅くなったけど、本当に大丈夫? おうちの人に説明しなくていいの?」

 私がそう尋ねると「大丈夫です」と言うので、無理に自宅まで送らなくていいかと思い、「じゃあね」と言って、私の後ろ姿を見送った。

 小学生の私の姿が見えなくなると、私たちも高校へと戻った。


 高校のグラウンドでは、ナイター照明を点けた運動部の生徒が練習に勤しんでいる。

 私たちは、この時代の生徒や先生たちに見つからないよう、そっと裏門から校内へと入り、特別教棟へと向かった。

 文化部は活動を終えて、入口は案の定施錠されている。

 先輩はポケットから鍵を取り出して開錠し、私と先輩が中に入ると、中から施錠し写真部の部室へと向かった。

 だれもいないので、廊下の照明は点けられない。私たちは念のため、外から見えないよう身体を低くして部室へと歩を進める。

 部室の前に到着すると、再び先輩がポケットから鍵を取り出し、部室の入口を開錠した。

 部室の中に入ると、中から施錠する。

 細かいことだけど、こういうことをきちんとしておかないと、七年後にまた何かエラーが出る可能性もある。

「じゃあ、元の世界に戻ろう。忘れ物とかない?」

 先輩の言葉に、私はポケットの中身を確認する。スカートのポケットの中にスマホはある。制服のジャケットのポケットにも、ストラップはある。

「大丈夫です。先輩こそ、忘れ物はないですか?」

「うん、僕も大丈夫。……実は、コンタクトレンズだけど、あれ嘘なんだ。じゃあ、戻るよ」

 先輩はそう言うと、私の背後に回りこみ、二人でカメラに触れるとシャッターボタンを押した。

 
 再び眩暈のような感覚に襲われる。
 時空を跳躍しているせいだとわかっているけれど、私はこの感覚に慣れそうにない。

 目を開けると、いつもの部室に戻っている。

 七年前の部室は照明を点けなかったのに、ここは部屋に明かりが灯っている。それを見て、無事にこちらの世界へ戻ってきたのだと確信した。

 目の前には、私と先輩の鞄が置かれた机がある。

「おかえり」

 背後から、落合先生の声が聞こえる。

「泰兄……」

「先生……」

 私たちはそれぞれが口を開く。

 先生は、私たちが無事に戻ってこれたことに安堵の表情を浮かべている。

 ホッとした瞬間私の手の力が抜け、先輩もそこまで力を入れていなかったのか、お互いの手からカメラが擦り落ちた。

 ガシャンという音とともに、パーツの一部が破損して、床の上に散らばった。

 私は急いでカメラを拾い上げるも、シャッターボタンは動かない。完全に壊れてしまったようだ。

 落合先生も先輩も、黙って頷いている。

「これでもう、過去には行けない。これで良かったんだ……。もう遅いから、二人とも着替えが済んだら家まで送るよ。それから爽真、ここの鍵返しておくから出して」

 先生の言葉に、先輩も頷いた。

「香織ちゃんが、七年前に事故遭わずに済んで良かったよ。怪我の痕、どうなってる?」

 先輩はそう言ってポケットの中から二つの鍵を取り出すと、落合先生に手渡した。

 私は腕の傷痕を確認しようと、袖口を捲り上げた。驚くことに、腕の傷は綺麗に消えてなくなっている。

「その制服、サイズピッタリで良かったな」

 落合先生の発する言葉で我に返った私は、先輩の制服姿を撮影していなかったことを思い出す。

「先輩、着替える前に、学生服姿を写真撮らせてください」

 私の声に、先輩もポケットから自身のスマホを取り出した。

「僕も香織ちゃんの制服姿、写真撮りたい」

 そんなやり取りを、落合先生は呆れた表情を浮かべながらも見守っている。

「よし、俺が二人を撮ってやるよ」

 先生はそう言うと、先輩のスマホを受け取り、私たちを撮影した。

 撮影が終わり、私たちは順番に制服を着替えると、部室を後にする。

 先生と先輩に家まで送ってもらい、自宅の自室で古いスマホを手に取った。

 七年前の写真から、先輩の姿は消えていた。

 そして母がスクラップしていた交通事故の記事も、人身事故ではなく物損事故の記載に変わっていた。
 元々、交通量の多い道路だったので、この事故を機に歩道橋が架けられるとの記載があった。

 落合先生から送られた叔母の動画は、データエラーで再生ができなくなっていたけれど、私はその動画を消さずにそのまま写真フォルダの中に残すことにした。


 これからの未来は、私たちが書き換えていく。


【終】