小学生の私たちは写真撮影に飽きたのか、今度は落ち葉拾いを始めたようだ。ところどころで話し声が聞こえる。
どうやら綺麗な落ち葉を押し花にして、しおりを作ると里緒奈ちゃんが言い出して、私もそれを真似しようと綺麗な落ち葉を探している。
ああ、そういえばそんなことやったなぁ……
懐かしい思い出が、頭の中に浮かんできた。
先輩も、小学生の私をじっと見つめている。
私たちは特に会話を交わすことなく、ここでぼんやりとベンチに座っているので、側から見れば変な高校生だと思われているだろう。
公園に設置されている時計は、十七時を指そうとしている。そろそろ防災無線から十七時を知らせるチャイムが流れる頃だ。
このチャイムを合図に、小学生の私たちは帰宅の途に着く。それまでに、どうにかして足止めしなければ……
そのタイミングで、公園に突風が吹いた。
私たちの顔面に風が直撃し、その拍子に先輩が右目に手をかざした。
「ヤバい、コンタクトレンズが落ちたかもしれない」
まさかの言葉に、私は焦った。
よりによってこのタイミングでこんなことが起こるなんて……
「え、大丈夫ですか? てか、先輩ってコンタクトだったんですか?」
私がベンチから立ち上がると、先輩が私の動きを制した。
「うん、実はそうなんだ。ちなみに僕のはハードレンズだから、ソフトレンズより外れやすいんだ。でもマジでヤバい、どうしよう。制服の上に落ちてない?」
私は先輩の顔から徐々に視線を下へと落としていく。
見える範囲でレンズは見当たらない。
「見えるところには、落ちてないですね……。単にズレただけではないですか?」
「いや、瞬きしても痛くないから、多分外れてどこかに落ちてると思う」
「探します!」
私は足元にしゃがみ込む。そして目を凝らして地面を凝視していた。
そんな中、無常にも防災無線のスピーカーから、十七時を知らせるチャイムの音が流れ始めた。
辺りは日も暮れて、黄昏時だ。このままでは身動きすら取れない。
いったいどうすればいい?
そう思っていた瞬間――
目の前で、私と里緒奈ちゃんが、「また明日ね」と挨拶をして別れる場面に遭遇した。
もう今しかない。
私は咄嗟に七年前の私に声を掛けた。
「あのっ、そこの子! そう、あなた、ちょっとごめん。申し訳ないんだけど、一緒にコンタクトレンズを探すの手伝ってくれないかな? 暗くなってきたから、見つけるのが大変で……」
私の声に、小学生の私と里緒奈ちゃんが立ち止まる。
そして、二人はお互い顔を見合わせてどうしようかと思案している。
最初に口を開いたのは、里緒奈ちゃんだ。
「お姉さん、ごめんなさい。私、今から塾に行かなきゃならなくて」
その言葉を聞いて、七年前のことを思い出す。
そうだ、たしか里緒奈ちゃんは小学生の頃、珠算教室に通っていた。
里緒奈ちゃんの言葉が嘘ではないとわかった私は、笑顔で頷いた。
「そっか、呼び止めてごめんね。……あなたは、どう?」
私は小学生の私に問いかける。
私たちの高校はこの近くにあるし、自宅の斜め向かいに住むお姉ちゃんも、たしか同じ高校だったはずだ。なので、この制服は充分見覚えがある。不審者扱いされることはないと思うけれど、ダメ押しで先輩が言葉を続けた。
「暗くなってきたから、僕たちもあと十五分だけ頑張って探してみようと思うんだけど……。もしそれで見つからなかったら、仕方ないと諦めるよ。もし手伝ってくれるなら、一人で家に返すのが心配だし、お家の人にも遅くなった理由を説明するから家まで送るよ」
先輩の言葉に、小学生の私が不安げな眼差しを私に向けた。自分も知っている制服を着用した学生とはいえ、声を掛けられた相手は初対面の男子生徒だ。警戒心があるのは当たり前のことだ。
私は、そんな私の不安を取り除くように言葉をかけた。
「大丈夫だよ、私も一緒におうちまで送るから」
私の声に、小学生の私は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう。じゃあ、十五分集中しよう」
先輩はそう言うと、ゆっくりとその場へしゃがみこんだ。
「僕の足元に落ちている可能性が高いから、近寄る時に気を付けて」
先輩の声に、私たちは頷きながら腰を落とした。
私の目の前に、七年前の私がいる。絶対にありえないことだけに、なんとも不思議な光景だ。
「コンタクトレンズって、どのくらいの大きさのものですか?」
小学生の私が、先輩に問いかける。
「直径が、だいたい一センチくらいかな。黒目部分より一回り小さくて、硬いタイプのものなんだ」
私の家族は、父が眼鏡をかけていて、母は運転の時だけ眼鏡を使う。コンタクトレンズを使っている人間がいないので、私自身もそれがどんなものなのか今一つよくわからない。
先輩の説明で、コンタクトレンズがどのようなものなのかを理解できたか怪しいけれど、ひとまず私が先輩の正面を、小学生の私が先輩の背後の足元を探すことにした。
時間は刻一刻と過ぎていく。
先輩はレンズが外れた右目に手を置いたまま、視界がよく利く左目で、足元を探した。
私たちも地面に両手を這わせ、日も暮れて段々視界が利かなくなってきたけれど、一生懸命レンズを探す。
気が付けば公園の照明が自動で点灯され、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
このタイミングで、先輩は立ち上がった。
「仕方ない。二人とも、ありがとう。時間も十五分以上過ぎちゃったね。これだけ探しても見つからないんだから、もう諦めるよ」
先輩の声に、小学生の私は複雑な表情を浮かべている。
早く家に帰りたい気持ちと、レンズがなくて困っている先輩を気遣う気持ちがごちゃ混ぜになっているのだろう。
そんな小学生の私に気付いた先輩は、優しい笑顔を見せた。
「遅くまでありがとう。約束通り、おうちまで送るよ」
「でも、お兄さんのコンタクトレンズが……」
「大丈夫、眼鏡も持ってるから、しばらくはそっちを使うよ」
先輩の言葉に納得したのか、小学生の私は素直に頷いた。
そんな二人のやり取りを見守っていたけれど、十六歳の私は、交差点の状況が気になって仕方ない。
「じゃあ、そろそろ帰りましょう」
二人に声を掛けると、公園を後にした。
どうやら綺麗な落ち葉を押し花にして、しおりを作ると里緒奈ちゃんが言い出して、私もそれを真似しようと綺麗な落ち葉を探している。
ああ、そういえばそんなことやったなぁ……
懐かしい思い出が、頭の中に浮かんできた。
先輩も、小学生の私をじっと見つめている。
私たちは特に会話を交わすことなく、ここでぼんやりとベンチに座っているので、側から見れば変な高校生だと思われているだろう。
公園に設置されている時計は、十七時を指そうとしている。そろそろ防災無線から十七時を知らせるチャイムが流れる頃だ。
このチャイムを合図に、小学生の私たちは帰宅の途に着く。それまでに、どうにかして足止めしなければ……
そのタイミングで、公園に突風が吹いた。
私たちの顔面に風が直撃し、その拍子に先輩が右目に手をかざした。
「ヤバい、コンタクトレンズが落ちたかもしれない」
まさかの言葉に、私は焦った。
よりによってこのタイミングでこんなことが起こるなんて……
「え、大丈夫ですか? てか、先輩ってコンタクトだったんですか?」
私がベンチから立ち上がると、先輩が私の動きを制した。
「うん、実はそうなんだ。ちなみに僕のはハードレンズだから、ソフトレンズより外れやすいんだ。でもマジでヤバい、どうしよう。制服の上に落ちてない?」
私は先輩の顔から徐々に視線を下へと落としていく。
見える範囲でレンズは見当たらない。
「見えるところには、落ちてないですね……。単にズレただけではないですか?」
「いや、瞬きしても痛くないから、多分外れてどこかに落ちてると思う」
「探します!」
私は足元にしゃがみ込む。そして目を凝らして地面を凝視していた。
そんな中、無常にも防災無線のスピーカーから、十七時を知らせるチャイムの音が流れ始めた。
辺りは日も暮れて、黄昏時だ。このままでは身動きすら取れない。
いったいどうすればいい?
そう思っていた瞬間――
目の前で、私と里緒奈ちゃんが、「また明日ね」と挨拶をして別れる場面に遭遇した。
もう今しかない。
私は咄嗟に七年前の私に声を掛けた。
「あのっ、そこの子! そう、あなた、ちょっとごめん。申し訳ないんだけど、一緒にコンタクトレンズを探すの手伝ってくれないかな? 暗くなってきたから、見つけるのが大変で……」
私の声に、小学生の私と里緒奈ちゃんが立ち止まる。
そして、二人はお互い顔を見合わせてどうしようかと思案している。
最初に口を開いたのは、里緒奈ちゃんだ。
「お姉さん、ごめんなさい。私、今から塾に行かなきゃならなくて」
その言葉を聞いて、七年前のことを思い出す。
そうだ、たしか里緒奈ちゃんは小学生の頃、珠算教室に通っていた。
里緒奈ちゃんの言葉が嘘ではないとわかった私は、笑顔で頷いた。
「そっか、呼び止めてごめんね。……あなたは、どう?」
私は小学生の私に問いかける。
私たちの高校はこの近くにあるし、自宅の斜め向かいに住むお姉ちゃんも、たしか同じ高校だったはずだ。なので、この制服は充分見覚えがある。不審者扱いされることはないと思うけれど、ダメ押しで先輩が言葉を続けた。
「暗くなってきたから、僕たちもあと十五分だけ頑張って探してみようと思うんだけど……。もしそれで見つからなかったら、仕方ないと諦めるよ。もし手伝ってくれるなら、一人で家に返すのが心配だし、お家の人にも遅くなった理由を説明するから家まで送るよ」
先輩の言葉に、小学生の私が不安げな眼差しを私に向けた。自分も知っている制服を着用した学生とはいえ、声を掛けられた相手は初対面の男子生徒だ。警戒心があるのは当たり前のことだ。
私は、そんな私の不安を取り除くように言葉をかけた。
「大丈夫だよ、私も一緒におうちまで送るから」
私の声に、小学生の私は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう。じゃあ、十五分集中しよう」
先輩はそう言うと、ゆっくりとその場へしゃがみこんだ。
「僕の足元に落ちている可能性が高いから、近寄る時に気を付けて」
先輩の声に、私たちは頷きながら腰を落とした。
私の目の前に、七年前の私がいる。絶対にありえないことだけに、なんとも不思議な光景だ。
「コンタクトレンズって、どのくらいの大きさのものですか?」
小学生の私が、先輩に問いかける。
「直径が、だいたい一センチくらいかな。黒目部分より一回り小さくて、硬いタイプのものなんだ」
私の家族は、父が眼鏡をかけていて、母は運転の時だけ眼鏡を使う。コンタクトレンズを使っている人間がいないので、私自身もそれがどんなものなのか今一つよくわからない。
先輩の説明で、コンタクトレンズがどのようなものなのかを理解できたか怪しいけれど、ひとまず私が先輩の正面を、小学生の私が先輩の背後の足元を探すことにした。
時間は刻一刻と過ぎていく。
先輩はレンズが外れた右目に手を置いたまま、視界がよく利く左目で、足元を探した。
私たちも地面に両手を這わせ、日も暮れて段々視界が利かなくなってきたけれど、一生懸命レンズを探す。
気が付けば公園の照明が自動で点灯され、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
このタイミングで、先輩は立ち上がった。
「仕方ない。二人とも、ありがとう。時間も十五分以上過ぎちゃったね。これだけ探しても見つからないんだから、もう諦めるよ」
先輩の声に、小学生の私は複雑な表情を浮かべている。
早く家に帰りたい気持ちと、レンズがなくて困っている先輩を気遣う気持ちがごちゃ混ぜになっているのだろう。
そんな小学生の私に気付いた先輩は、優しい笑顔を見せた。
「遅くまでありがとう。約束通り、おうちまで送るよ」
「でも、お兄さんのコンタクトレンズが……」
「大丈夫、眼鏡も持ってるから、しばらくはそっちを使うよ」
先輩の言葉に納得したのか、小学生の私は素直に頷いた。
そんな二人のやり取りを見守っていたけれど、十六歳の私は、交差点の状況が気になって仕方ない。
「じゃあ、そろそろ帰りましょう」
二人に声を掛けると、公園を後にした。