事故現場の横断歩道の近くには、事故後に設置されたお地蔵さまがひっそりと佇んでいる。お地蔵さまの裏側には、事故のあった日時が記されているけれど、亡くなられた人の名前はない。

 私から話を聞いている先輩は、そのお地蔵さまを見ながら複雑な表情を浮かべている。

「名前こそ記載がないけれど、これが僕のための建立だと思うと、何だか複雑だな……」

 先輩の言葉が重く響く。

 七年前のあの日、私がここを通らなかったら……。里緒菜ちゃんと外へ出ずに家で遊んでいたら……。あの日から、ずっとその気持ちが私の中に芽生えている。そんなことを考えても仕方ないとわかっていても、あの日の行動が悔やまれてならない。

 そして、間もなく事故が起こった時刻が訪れる。

 当たり前だけど、何も起こらない。

 あの日も、何ごともなく過ごすことができたなら……

「そうか、どこかで足止めをすればいいのか」

 私の呟きに、先輩が反応した。

「ん? 具体的にどういうこと?」

「事故が起こる時間に、小学生の私がここにいなければ、事故は起こらないわけですよね。それなら、ここに辿り着くまでに足止めをすればいいのかなと思って……」

 私は思いついたことを先輩に説明した。

 先輩は、うんうんと頷きながら私の話を聞いている。

「でも、どうやって足止めする? あの日の行動を振り返ってみても、公園から出たら最後、声をかけるタイミングはないよ」

 先輩の言葉に、私は頭を悩ませる。

 事故当日、私が最後に会ったのは里緒奈ちゃんだ。

 私は事故のショックで当時の記憶があやふやなのは、里緒奈ちゃんも知っている。なので、当時のことを思い出したいから覚えていることを教えてほしいと連絡すると、次のように返事があった。

 里緒奈ちゃんの話によると、この日私たちは学校が終わってお互い一度荷物を置くために帰宅して、公園で遊んでいた。そして、夕刻を知らせるチャイムが鳴り響いたのを合図に、現地解散したのだという。

 ここからは推測になるけれど、早く家に帰ろうと、私は公園から歩道を走っていたのだろう。そこで、あの交差点に差し掛かり、信号待ちをしているところに車が突っ込んできた……

 なら、公園で足止めするしかない。

「公園内で足止めするとして、どう呼び止めたらいいかな……」

 そこが一番の懸念事項だった。

 初対面の人間が声を掛けるのだ。小学生とはいえ当時の私は四年生。制服でリープするとはいえ、不審者扱いされないだろうか。

 私と同じことを考えていたのか、先輩もそこで頭を悩ませている。

「そこだよ。多分僕が声を掛けたら不審者になりそうだしな……。そう思ったら、泰兄が『当時の制服で過去へ行け』って言うのも納得だよ」

 先輩の言葉に私も同意だ。でも、この時点で過去は大きく変わるのだ。

 先輩だけではなく、私も一緒に過去へリープすること。

 そして、リープする時は当時の制服を着用すること。

 この二つが七年前との違いだ。

 この時点で、七年前の過去を塗り替える行為になる。どうか、事故を未然に防ぐことができますように。そして、私と先輩が無事にこちらの世界へ戻ってこられますように……

「で、香織ちゃん。制服は調達できた?」

 先輩の声で我に返った私は、大きく頷いた。

「はい。叔母の制服を借りることになりました」

 母には詳しい事情を話せない。なので、演劇部の友達が昔の制服を衣装として使いたいからだれか持っていないか聞かれたと伝え、クローゼットの奥から出してくれたのだ。

 叔母は病気で高校一年の終わりからずっと入院していたそうで、制服の傷みは少なく、保存状態も良い。

「そうなんだ。前の制服を着る香織ちゃんはレアだよね。ミッションが無事に終わったら、一緒に記念撮影しようか」

「そうですね、私も先輩の学生服姿、写真撮りたいです」

 私たちはそう言って軽口を叩く。

 そうだ。このミッションが無事に終われば、私たちはきっと生き残ることができるのだ。

 でももし失敗して、七年前の私が事故に遭えば……

 運命の日は、刻一刻と近付いている。

 私たちは十一月十二日が近付くにつれ、当日の打ち合わせ以外での口数が少なくなった。


 そして迎えた運命の日、十一月十二日。

 この日、私たちの高校は、学校都合でいつもより一限少ない六限の授業となっていた。

 二年生の先輩たちは修学旅行中で不在につき、私たちはリープする場所を写真部の部室に決めていた。当時の制服は、前日のうちに部室へと持ち込んでいたので、私たちは授業が終わると特別教棟の入口と、部室の鍵を借りに職員室へと向かった。先輩は、いつもの癖で鍵をポケットの中へしまう。

 私たちは部室に入ると入口に鍵を掛け、暗室だった物置で順番に当時の制服へと着替えを済ませた。