夏休みが終わり、二学期が始まった。

 夏休み明けてすぐ、課題の範囲で抜き打ちテストが行われた。

 数学は真莉愛の解いたものを丸写ししていたため散々な点数だったけれど、他のものはわからないなりに自分で頑張って解いたので、それなりの出来だった。

 そして、落合先生から呼び出しを受けたのは、九月中旬。

 事前に先生からこの日に話をすると聞かされていたので、自宅から古いスマホを持参して登校した。

 明日、中間テストの範囲が発表されるため、明日から中間テストが終わるまでの間は部活動が禁止となる。だからこそ、このタイミングでの呼び出しだったのだろう。

 呼び出されたのは、夏休み中、落合先生と話をした空き教室だった。

 七限の授業が終わると、私は用事があるからと真莉愛たちを教室で見送った。教室に何人か残っていたけれど、私と同じタイミングで教室を出るわけでもなさそうだったので、気にせず教室を出ると、先生に指定された教室へと向かった。

 私が教室に到着すると、先輩と先生も同じタイミングで到着したようだった。

「教室、窓を閉めっぱなしで空気がこもってるけど、エアコン点けなきゃ暑いな」

 先生が入口の鍵を開け、教室の中へと足を踏み入れると、エアコンのスイッチを入れた。

「少しの間、空気の入れ替えするだろう?」

 先輩はそう言うと、教室の窓を開ける。私は教室の後ろ側の引き戸を開けた。

 五分くらいこのままの状態で教室の空気を入れ替えると、先輩は教室の窓を閉め始めた。私もその動きに連動して、教室の入口を閉める。

 先生はその一連の行動を黙って見ていたけれど、教室を閉め切って密室になった状態で、私たちに空いた席へと座るよう促した。

 私と先輩は並んで座り、落合先生は私たちの正面に座ると、徐ろ口を開いた。

「爽真、あれ、持って来たか?」

 先生の言う『あれ』とは、もちろんアナログの一眼レフカメラのことだ。

「うん。もしかしてこのカメラ、使う?」

 先輩は、このカメラを使って過去へ行く気なのかと先生に聞いている。

 先輩の問いに落合先生は答えず、逆に先輩へ質問した。

「……お前、このカメラ使ってみたか?」

「いや、まだ使ってない。ぶっちゃけ過去へ行くことに興味はあるけど、今はそんな余裕ないよ。課題の量が多すぎて、カメラにまで手が回らない」

 その言葉を聞いて、私は内心安堵した。

 先輩が過去へ行っていたら、私の過去に絶対関わっているはずだ。そうなれば、私の過去の記憶は改ざんされる可能性が高い。

 私の過去だけでなく、当時私と関わりのあった人たちの過去も変わってしまう可能性もあるのだ。

 落合先生も、先輩の返答を聞いて安堵の表情を浮かべた。

 その表情とは対照的に、先輩はいぶかしげな表情を浮かべる。

「これから話すことは、爽真……、お前の未来のことだ。驚かずに聞いてくれ」

 落合先生はそう言うと、私にアイコンタクトを送った。

 私は自分の鞄の中からスマホを取り出した。

 経年劣化でバッテリーの消耗が激しいため、充電していても、すぐに電源が落ちてしまう。そのため古いスマホから該当する写真とその画像情報のスクリーンショットを撮影して、今使っているスマホにデータを送っておいた。

 古い画像でも、その写真を撮影した日と撮影時間が表示されている。これだけでも充分だ。

 私はそれらの写真を先輩に見せた。

 先輩は最初、何の写真を見せられるのかわからずきょとんとしていた。

 七年前の私の写真だと説明すると、先輩は興味を持ったようだ。

 けれど、画面を食い入るように見つめ、その画像の中に自分が写っていることに気付いたようだ。

「え……なんだこれ? 何でここに、僕が写ってるんだ……? これ、『現在』の僕だよね……?」

 先輩は驚いて私に問いかけた。

 先輩の反応は想定内だ。七年前の画像に今現在の自分が写り込んでいるなんて、普通に考えてあり得ない。

 先輩の声に、落合先生が答えた。

「そうだ。……爽真、お前、過去に行くと死ぬぞ」

 先生の声に、先輩が固まった。

「死ぬ……? それ、どういうこと……?」

 先輩の問いに答えたのは私だった。

「先輩。私が七年前、交通事故に遭った話をしたの、覚えていますか?」

 私の声に、先輩がゆっくりと返事をした。

「あ、ああ……覚えてるよ。その腕の傷が、その時のものだったよね?」

「はい……、そして、私を庇って亡くなった人は、未だ身元不明のまま……」

 そこまで言うと、私はもう一枚の画像を先輩に見せた。

 里緒菜ちゃんから送ってもらった、事故当日の画像だ。

 そこには冬の制服を着用した先輩の姿がはっきりと写っている。そして、落合先生にも見せた事故に関する記述や新聞記事の画像も見せた。

 先輩の顔から、血の気が引いていく。

 段々と顔が青ざめていくのが、隣に座る私にもわかった。

 画像を見てある程度のことを把握した先輩に、先生が言葉を発する。

「これで、過去へ行くとお前が死ぬということは理解できただろう」

 落合先生の言葉に、先輩は無言で頷いた。表情は硬いままだ。落合先生は、一呼吸吐いてから再び口を開いた。

「爽真はきっと、俺たちが止めても過去へ行く。過去へ戻らなければ、中嶋さんが死んでしまうからな。……そこでだ、ちょっとこのカメラを使って実験してみないか?」