そして新聞の画像は、両親が今でも新聞本体を大事に保管してある。

 新聞の記事は命の恩人に関する情報を求めるもので、当時の着衣や遺体の特徴が記されている。

 落合先生は画面を見て目を見開いた。

「もしかして、これ……」

「私の勘が当たっていたら、多分これは、先輩だと思うんです。……先生、この件について相談があります」

 私の声に、先生の喉仏が大きく上下に動いた。

「先生が先輩に渡した、あのアナログの一眼レフについてです。あれで過去へ戻ることができるんですよね。先生も、実際に過去へと戻ったことがある。過去へ戻る条件や、過去からこちらに戻ってくる条件とか、他にも先生の知っていること、教えてください」

 カメラを使って過去へ戻ることができることを話しているのは、きっと先輩と私だけ。先生は、先輩に内緒で私だけがその秘密を知ろうとしていることについて、その秘密を話していいかを思案しているようだ。

「……爽真の命がかかっていることを、当事者抜きで話すわけにはいかないだろう。でも、爽真が知れば、絶対過去へ戻って君を助けに行くんだろう。死ぬ運命だとわかっていても」

 想定内の返事に、私は頷いた。

「そうですね……。でも、私は先輩を助けたい。それで過去の歴史が変わったとしても、先輩は、『現在(いま)』の時代の人なんです。過去に戻って、私を庇って亡くなって、無縁仏のままになんてさせたくないんです」

 私の言葉に、今度は落合先生が頷いた。

「たしかにそうだな。過去を変えると、未来にどんな影響が出るかわからない。けれど……、爽真と七年前の君を助けなければ、どちらにせよ十一月で二人の未来は止まってしまう」

 先生が発した『どちらにせよ十一月で二人の未来は止まってしまう』の言葉に、私たちに残された時間は、残りわずかだと思い知らされた。

 先輩を死なせるわけにはいかない。

 でも、先輩が過去に戻って私を助けてくれなければ、私は今ここにいない。

 どうすればいいんだろう。

 考えても答えの出ないことが、頭の中でグルグルと回っている。その答えはきっと、落合先生にあるはずなのに……

 そう思っているところに、先生が重い口を開いた。

「カメラを渡した以上、俺は二人にカメラの取り扱いについて説明する義務がある。さっきの写真……、九月二十五日までに、三人で一度話をしよう」

 先生はそう言って、プリントを入れた箱を抱えたので、私は教室の引き戸を開けた。先生が先に教室を出て、私に鍵を手渡したので、私は教室のエアコンと電気を消して入口の施錠をする。

 先生に鍵を返すと、先生はその足で職員室へと向かった。

 私はその後ろ姿を見送った後、学校を後にして図書館へ向かう。

 このまま補習が終わった先輩と顔を合わせても、帰宅しても、私はどうすれば二人が生き残れる未来に辿り着けるのかと考えるだけだ。

 自宅だと何かと誘惑が多く、気が散るだけなので、図書館で勉強する振りをして時間を潰すことにした。

 もしかしたら、よくライトノベルなどでタイムリープやタイムトリップを題材にした小説が最近よく売れていると聞き、実際書店の陳列でも目立つ場所に陳列されているのを見たことがある。これらも何らかのヒントになるかもしれない。そういった考えが頭を過ったのだ。

 図書館に到着すると、私は新刊が置かれている棚へと向かった。話題の小説は、貸し出し中なのか見当たらなかったけれど、ライトノベルの置かれている文庫本の陳列棚へと向かうと、タイムトリップを題材とする小説を数冊見つけた。

 私はその中でも比較的新しい本に手を伸ばし、あらすじへ目を通し内容をざっと把握した後、パラパラとページをめくった。

 所詮はフィクションなので、特に参考となるものはないけれど、そのほとんどがハッピーエンドで占められている。できることなら、私もこのハッピーエンドにあやかりたい。

 私は本を元の位置に戻した。

 過去へ戻るなんて非現実的なこと、誰に話をしても信じてくれないだろう。きっと落合先生も、過去へリープした当初、戸惑ったに違いない。

 そうだ、私たちには落合先生がいる。何度か過去へリープしたことがあるなら、その法則も掴んでいるはずだろう。それに、先輩と一緒の時に話をしてくれると言うのだから、それまで待てばいい。

 その日が来るまで私はモヤモヤした気持ちを抱えたままだけど、仕方ない。

 鞄の中からスマホを取り出すと、数分前に先輩からのメッセージを受信していたようだ。自宅外ではスマホをマナーモードにしているので着信音が鳴らず、こうしてマメにチェックしなければならないのが面倒だ。けれど、バイブレーションの振動も結構周囲に伝わるので、周囲の迷惑などを考えると仕方がない。

 スマホのロックを解除して、先輩からのメッセージを開いた。

『今補習が終わりました。香織ちゃん、今どこ?』

 受信した時間は、今から二十分ほど前だ。もしかしたら私が既読をつけないから、先輩はもう帰宅しただろうか。

『補習お疲れさまでした。図書館にいて、気付くのが遅くなりすみません』

 メッセージとともにスタンプを送信すると、すぐに既読がついた。

『了解。僕は今日、これから塾に行くから』

 メッセージを見て、私は内心ホッとした。今先輩の顔を見ると、いろいろと先走って余計なことを口に出してしまいそうだったのだ。

 私はスタンプで返事をすると、スマホを鞄の中にしまった。