ジュースを飲み干すと、私たちは空き缶をゴミ箱へと捨て、エアホッケーでリベンジを申し入れたけれど、結果は私の惨敗に終わった。

「もうっ、先輩大人げないですよ。少しくらい手加減してくださいよね」

 私が文句を言っても、暖簾に腕押し、糠に釘だ。全く手応えがない。

「充分手加減したつもりなんだけどなあ……」

 先輩はそう言うけれど、手加減してこの有り様だ。どれだけ私は運動神経や反射神経が鈍いのか……

 私一人、ムキになっても先輩はいつも通りだ。

 なんだか馬鹿馬鹿しくなって、お互い視線が合うと、どちらからともなく笑いが込み上げてきた。

 ひと通り大笑いした後、ふと時計に目をやると、時刻は十七時を指している。時間が経つのはあっという間だ。

「香織ちゃん、ごめん。今日の夜、塾があるからそろそろ帰らなきゃ……」

 先輩の言葉に、私は素直に頷いた。

「いや、そんな気にしないでください。学業優先なのはお互いさまですよ。私も塾の日はそうなりますし」

「本当にごめんね。花火大会の日は大丈夫だから、一緒に花火、見に行こうね」

 嬉しい約束を取り付けると、私たちは荷物を手にゲームコーナーを後にした。

 先輩と別れた後、私は一人帰路に着く。

 帰宅途中、私の頭の中は花火大会のことでいっぱいになり、古いスマホの写真フォルダのことはすっかり忘れていた。


 写真フォルダのことを思い出したのは、皮肉にも花火大会の時だった。

 先輩とのデートの後、相変わらずの日常を過ごしていた。

 花火大会の日もお互い午前中は補習授業があり、先輩と待ち合わせをして一緒に下校した。

 この頃はもう、先輩に用事がない限り、真莉愛と一緒に下校することはなくなっていた。真莉愛も私が「一緒に帰ろう」と声を掛けようものなら、先輩と喧嘩したのかと心配するのには笑えるけれど、それだけ気にかけてもらえていることがありがたい。

 先輩と一緒に下校し、自宅前まで送ってもらうのがルーティンになってしまい、私は幸せいっぱいだけど、ふとこれも先輩が在学中限定のことなんだと思うと切なくなる。

 先輩はまだ志望校を決めていないけれど、大学に進学すると、この日常は壊れてしまう。こうやって一緒に下校することはなくなるのだ。

 私たちに残された時間は、卒業まで――

 こうやって、先輩と一緒に過ごせる時間を大事にしよう。あの日、私を救ってくれたあの人は、好きな人とこうして過ごすこともできないのだ。その人のためにも、悔いの残らない毎日を過ごさなければ。

 中庭に続く廊下で先輩と合流すると、私たちは並んで歩き始めた。

 先輩との話題は、今日の花火大会のことだ。

「香織ちゃん、今日浴衣着るの?」

 昨年の花火大会で、母が浴衣を着付けてくれたことを話していて、先輩が私の浴衣姿を見たいとリクエストしてくれたのだ。

 母にそれを話すと、快諾してくれたので今年も浴衣を着ることにしたのだ。

「その予定ですよ。でも、浴衣だと歩きにくいんですよね……」

 浴衣が着崩れしないよう、母は帯締めをキツく縛るため、お腹が苦しくなるのだ。加えて下駄を履くと、鼻緒が擦れて、足の皮が剥がれて大変なことになる。

 前年の教訓で、母に今年は下駄ではなく浴衣にも合うミュールを買ってもらった。これで足の負傷は軽減されることだろう。

「女の子の浴衣姿、かわいいよね。でも、お腹の部分、汗疹にならない? 着物の折り返しや帯でかなり暑いよね?」

 先輩の言葉に、私も饒舌になる。

「そうなんです! お腹回り、下手したら汗疹ができちゃうくらい暑いんですよ」

 昨年は母の入れ知恵で、帯締めで固定した浴衣の隙間に保冷剤を仕込んで凌いだけれど、きっと今年もそうしなきゃ大変なことになりそうだ。

「僕は浴衣を持っていないから、浴衣の大変さがわからなくてごめんね」

 先輩が申し訳なさそうな表情を浮かべるけれど、男性用の浴衣とはまた勝手が違うと思う。なので私はそこに敢えて触れないこととした。

「全然大丈夫ですよ。それより今日の花火大会、楽しみですね」

「うん、今日は十九時に香織ちゃんの家まで迎えに行くからね」

「はい。それまでに支度を済ませて待ってます」

 自宅前まで先輩に送ってもらい、そこで先輩と別れた。いつもなら明日まで会えないけれど、今日はまた会える。

 そう思うと、私の心はいつも以上に弾んでいた。