私の反応に、落合先生が反応する。

「どうやら身に覚えがありそうだな。……俺も、菜摘を亡くしてからずっと後悔してばかりだ」

 そう言って先生はスマホを取り出すと、写真フォルダを開き、一枚の画像を見せてくれたのだけど、そこには信じられない画像が写っていた。

「こ、これ……!?」

 私の反応に、先輩がいち早く反応し、私が見ている画面をのぞき込んだ。

「え、ちょっと待って、これ……」

 先輩も、私と同様に驚いている。

 驚くのも無理はない。そこには、落合先生と亡くなった叔母が並んで写っていたのだ。

 学生時代の写真を、スマホのカメラで撮影したのではないのが一目でわかった。なぜなら落合先生は学税服ではなく、それこそ今着用しているスーツ姿だ。そして、驚くことにその写真が撮影された日付は、なんと昨日だったのだ。

 場所は多分病院の中で、肩を寄せ合い、先生のスマホで自撮りしているのだ。

 訳がわからなくて、私と先輩は混乱していると、先生は静かに口を開いた。

「ちょうどフレームアウトしていて写っていないけれど、ここには十六年前のあの日、菜摘の姿を写したアナログカメラがあるんだ」

 落合先生の言葉の意味を、頭の中で整理しようとしたけれど、ふと思考が止まった。

 叔母を撮影したカメラ……?

 この言葉に引っ掛かり、この時ばかりは私も口を挟んだ。

「あの……、十六年前の、アナログカメラですよね……? 部の備品のカメラを、先生がなぜ……?」

 気が付けば、私の手汗がすごいことになっている。

 暑さのせいではない。
 落合先生は、スマホをしまうと言葉を続けた。

「あのカメラは……、自分でも信じられないけれど、どうやら過去へ戻ることができるんだ」

 にわかに信じられない発言だ。

 過去へ戻ることができるだなんて、マンガや小説、ファンタジーの世界でしかありえないことだと思っていた。

 先輩も私と同じ意見で、信じられないと目を見開いたままだった。

「当時、俺が使っていたこのカメラは故障も多くてな……。部費で新しいカメラを買ってもらった時に、本来なら処分されるところを先生にお願いして譲ってもらったんだ。不調はあるけど、まだ現役で使える」

 そう言って先生は、持っていた手提げ袋を机の上にそっと置き、中身を取り出した。

 それは、見たことのないカメラだ。古びているけれど、きちんと手入れされているのが私でもわかる。

 これがきっと、十六年前のアナログカメラ――

 落合先生はカメラを手に取ると、私たちを撮影する真似をする。

「フィルム入れてないし、レンズカバーを着けているから、この状態でシャッターは切れないけど……。これ、レンズカバーを外したら、時々シャッターが切れるんだな。そして、そのシャッターが切れる瞬間に、タイムリープが発動するみたいだ」

 驚くべきことを聞かされ、私たちは言葉が出ない。

「デジタルが主流なこのご時世で、アナログカメラは貴重品だ。でもこれは年代物に加えて、俺が現役高校生時代から不具合も多い。過去に何度か壊れたこともあって、もしものためにメーカーへ問い合わせたら、部品製造が終了しているから次に今度壊れたら最後、もう修理はできないそうだ。だから今後、タイムリープができる可能性は極めて低い」

 先生の言葉に、私たちは息を飲んだ。

 タイムリープができるカメラ……
 そんなものがあれば、過去へ戻って人生をやり直すことだって可能だろう。
 いいこともできれば悪いこともできるのだ。

 なぜ落合先生は、そんな秘密を私たちに明かしてくれたのか……

「俺は……。昨日、菜摘と会って、最期の言葉を聞くことができた。ずっと伝えられなかった気持ちも、伝えることができたから……、これは爽真に譲る。菜摘のパネルも、中嶋さんにもらってほしい」

 先生はそう言うと、物置部屋からパネルが入るサイズの紙袋を取りに席を外した。

 私はまだ呆然としたままだ。

 落合先生が嘘を吐いているとは到底思えない。けれど、タイムリープなんてそうそう信じられることではない。

 情報量の多さに、私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 少しして、いいサイズの手提げの紙袋を見つけたと先生が戻ってきた。先輩からパネルを受け取ると、それを紙袋の中へと入れ、私に手渡す。

「タイムリープは、過去に戻って過去の出来事を変えてしまうと未来が変わってしまうから、もしリープしても傍観することが望ましいのだろうけど……。最後にどうしても、菜摘と話がしたかった。もし俺が、医者になっていたら、そして、菜摘の病気がわかる前にリープしていたら……、未来は今と全然違っていたのかもしれないな。たらればの話をしても、仕方ないけれど」

 そう言って落合先生は、部室の施錠を忘れるなよと言い残し、部室から立ち去った。

 落合先生の表情は、過去へ行って叔母と話ができたおかげなのか、それまでの近寄りがたい雰囲気とは一転してとてもスッキリとしていた。