私たちは、図書室で横並びに座ると、お互いの課題の教科書とノートを開いた。

「わからないところがあったら聞いてくれていいから。僕も復習になるし、遠慮しないでね」

 先輩が耳元で囁いた。

 図書室は、学習のためにやってくる生徒や、純粋に本を読む生徒のための空間だ。それだけに、勉学の妨げになるような私語は厳禁だ。

 私は先ほど手を付けていた数学の課題を片付けようと、教科書とワーク、ノートを開いている。対する先輩は、物理の教科書とノートを開いている。チラリと教科書を覗いてみたけれど、三年生の教科書内容は、一年の私にはさっぱり理解できない。

 何とか数学の課題を片付けると、今度は古文の教科書とノートを取り出した。課題に出されている範囲をパラパラと捲ってみたけれど、古文独特の文法や慣用句など、さっぱり頭の中に入ってこない。

「ん? どこがわからない?」

 先輩が小声で問いかけてくれるけれど、その距離の近さに、私は緊張して上手く声が出ない。

「えっと……、何がわからないのかが、わからなくて……」

 私、よくこんな成績で高校に合格できたものだと改めて思う。入ってしまえばこっちのものだと思っていたけれど、授業についていけないと、自分で自分の首を絞めているようなものだ。

「ああ、古文って、日本史に興味がないとちょっと厳しいかもしれないな。歴史を題材にしているテレビドラマとか、ああいうのを見ていると、ピンポイントで自分が習っているところをドラマで放送したりするから、そういうのをサブスクで観るのもアリだと思うよ」

 教科書や参考書、書籍を見ても小難しい文章だとさっぱり頭の中に入らないけれど、それを現代の言葉で映像化されていれば、映像としてインプットされる。記憶の方法の一つだと先輩は教えてくれた。

「歴史物の漫画とかも、読んだら結構記憶に残るよ。あ、この作品を題材にしている漫画があるよ」

 先輩は私の教科書をパラパラと捲り、参考資料となりそうな漫画やドラマのタイトルをルーズリーフに書き込んでいく。

「僕もこういうの、実は全然興味がなくて。勉強方法に悩んでいた時、泰兄に教えてもらったんだ」

 先輩の意外なカミングアウトに、思わず笑みがこぼれた。

「それから、文法に関しては丸暗記、これに尽きる」

 サ行変格活用など、現代で使う言葉ではないので意味がさっぱりわからない。

「ああ、やっぱり丸暗記なんですね……」

 高校受験の時の、勉強漬けだった日々を思い出し、気持ちが萎える。

「さっきも言ったように、僕も今年は大学受験だし、復習にもなるから遠慮はしないでね」

 先輩の言葉に、私は胸が熱くなる。

 私が負担に思わないよう、気を遣ってくれる先輩の優しさに、再度恋心を自覚した。

 図書室で一緒に勉強することとなり、私の成績は中間考査では真ん中くらいの順位だったけれど、期末考査では順位が上がっている。

 苦手だった教科も、全教科で平均点以上を取れるようになっていた。

 先輩の教え方が上手だったおかげで、塾でわからなかった問題も、スラスラ解けるようになっていた。
 

 無事に期末考査が終わり、一学期の終業式も終わり、いよいよ夏休みが始まった。
 三年生の先輩たちは、これで部活を引退する。そしていよいよ受験モードに突入だ。

 夏休み期間中、先輩たちはほぼ毎日補習で学校に登校する。私たちも補習があるけれど、三年生のそれとは比較にならない。先輩たちの休日はほぼ返上で、平日の午前中は毎日補習授業が行われている。午後からは自由時間だけれど、これではまるでいつも通りで休む暇もない。

 私は少しでも先輩に会いたくて、夏休み期間中、補習がなくても学校に登校した。

 秋の文化祭に向けて写真部も個人の写真展示があり、その被写体を探すべく、校内の至るところでカメラを構えてはシャッターチャンスを窺っていた。

 人物の撮影は、とても難しい。

 肖像権を侵害しないためにも事前に被写体に撮影許可をもらわなければならない上に、じっとしているところを撮影するならまだしも、運動部の生徒を撮影しようものならその動きによっては被写体がブレて上手に撮影できなかったりと、未熟な私の技術面に問題もあるのだ。

 先輩に、被写体になってもらおうかな……

 ふとそんな考えが浮かんだ。

 そうすれば、堂々と先輩の写真が撮影できるし、スマホでも撮影することができれば、いつだって先輩の顔を見ることができる。

 会えない時に先輩の写真を見れば、元気も出るし、一石二鳥だ。