たわいのない話で、何とか間が持っている。住宅街を抜けると、私の鬼門である大通りに出る。そう、ここが七年前、私が交通事故に遭った道路なのだ。

 あの事故の後、歩行者専用に歩道橋が架けられたくらい、交通量も多い場所だ。自転車通学生は、歩道橋から結構距離の離れた場所にある自転車専用横断歩道を使って横断している。

 先日真莉愛と一緒に下校した時は、真莉愛と一緒に横断歩道を渡ったけれど、実はあの時心拍数がいつもより多くなっていた気がして、帰宅してから疲れがどっと出た。

 歩道橋は階段の昇降で疲れるけれど、ここにいる時だけは、車への恐怖心が薄れる。

「階段の昇降はしんどいけど、これのおかげで横断が楽になったよね」

 先輩の声に、私は返事に詰まる。

 周りには通学途中の学生や、通勤を急ぐ大人たちがいる。そんな中で、その原因を作ったのが私だと、この場で言える雰囲気ではない。

 私が無言になったことで、先輩は心配して顔を覗き込む。

「香織ちゃん、大丈夫?」

「あ、……大丈夫です。……体力がないせいですかね、ちょっと息が上がっちゃって」

 何とか誤魔化そうにも、先輩のことだ。余計に心配を掛けてしまうかも知れない。

「大丈夫? まだ時間に余裕もあるし、少しゆっくり歩こうか」

「はい……」

 先輩は歩幅を緩め、それまで以上にゆっくりと歩いてくれる。元々私の歩幅に合わせて歩いてくれていたので、居た堪れなくなってしまう。

 歩道橋の階段を下りるまで、私たちは終始無言だった。

 歩道橋を下りると、先輩は立ち止まる。

「顔色は悪くなさそうだけど、本当に大丈夫? 無理してない?」

「はい、大丈夫です。後日一人だけ写真撮影も寂しいじゃないですか」

 私の言葉に、渋々ながらも納得してくれたようだ。

「くれぐれも無理はしないこと。しんどかったら、すぐに保健室へ行くんだよ?」

 先輩は、まるで幼い子どもに言い聞かせるような口調だ。

「はい、わかりました」

 私は素直に返事をすると、先輩も頷いてくれた。

「よし、じゃあ、学校へ行こうか」

「はい」

 私たちは、再び並んで学校へと向かった。

 学校へ到着すると、先輩が教室の前まで送ってくれた。三年生は教室が三階にあるので、階段のところまででいいと固く固辞したけれど、先輩は頑として受け入れてくれなかった。

 教室の前まで三年生がやってくることは稀なので、先輩と私は注目の的だ。さっきから、すでに登校している同級生たちから、興味本位の視線を痛いくらい感じる。

 一年二組の教室の前で、先輩は立ち止まる。

「今日の帰り、昨日みたいなことが起こると心配だから、家まで送る。教室に迎えに来るから、一緒に帰ろう」

 先輩は善意でこう申し出てくれているのはわかっているけれど、みんなの注目を集めている状態で、放課後の約束を取り付けるにはあまりにも忍びない。

「はい……」

 私が恥ずかしがっていることに気付いた先輩は、私の耳元で「じゃあまた後で」と言うと、廊下を引き返し、階段を上がっていく。

 先輩の後ろ姿を見送り、いざ教室へと足を踏み入れた途端、ちょうど登校してきた花音ちゃん、芽美ちゃんに捕まった。

「おはよう! ちょっとちょっと、今のって上級生だよね? 香織ちゃんとどんな関係の人?」

「格好いい人だね、もしや彼氏?」

 二人からの質問に、答えるよりも先に私の顔が熱くなる。廊下のガラスに映る私の顔は、案の定赤面している。

「百聞は一見にしかずしかずって言うじゃん。香織のこの表情を見ればわかるでしょう?」

 背後から、真莉愛が助け舟を出してくれ、私は窮地を脱した。真莉愛はたった今登校してきたようで、手には大荷物を抱えている。

「あー、真莉愛ちゃんおはよう! って、え、やっぱりさっきの人って香織ちゃんの彼氏なんだ?」

「やーん! いいなあ、彼氏」

 真莉愛の声に、二人がそれぞれ反応する。私の姿を見て、真莉愛がさらに言葉を続ける。

「あのさあ、こんなところで立ち話していたら、私たちの後に登校してくる人たちの邪魔になるんだから、ちょっとは考えなさいよ。今日、特別荷物も重たいし、いい加減鞄を片付けたいんだけど。それと朝一で漢字テストやるって言ってなかったっけ? 最後の悪あがきしたいんだけど」

「ああっ、ごめん! そうだ、忘れてた! 香織ちゃんもごめんね。昼休みにでもじっくり話を聞かせてよ?」

 クラスの注目を浴びていることに気付いた二人は、真莉愛の言葉に、早々自分の席へ退散していく。やっと解放された私は、真莉愛にありがとうと声を掛け、お互い自分の席へ荷物を置きに向かった。