「おはよう。身体の調子はどう? お弁当、できてるわよ」
母がキッチンで洗い物をしている。洗面所から物音がきこえるので、父が支度をしているようだ。
私はダイニングチェアに腰を下ろした。
「おはよう。昨日の夜は早めに寝たから、多分大丈夫。最近睡眠不足だったからかな、よく眠れたよ」
「そう、なら良かった。お弁当、忘れないうちに鞄の中へ入れておきなさい」
「はーい」
朝のたわいないやり取りも、いつもと変わらない。
「あ、そうだ。来月の月末、予定が入らないように空けといてね」
母がキッチンから出てくると、私の前の席に座った。
「来月末って……、ああ、わかった」
母の視線の先を追って、母の言葉の意図を理解した。
そこには一枚の写真が飾られている。それは、若くして亡くなった母の妹――私の叔母に当たる人の写真だ。
叔母の命日が近く、加えて今年は十七回忌の法要に当たるそうで、生きていれば今年三十四歳になるという。この写真は、叔母が亡くなる直前に撮影されたものだと聞かされている。
「こうして見ると、香織は菜摘に似てきたわね……」
菜摘とは、この写真に写る叔母の名前だ。小さい頃から、母方の親戚たちに「なっちゃんの小さい頃に面差しがよく似ている」と言われており、母や祖母にせがんで叔母の小さい頃の写真を見せてもらったことがある。
母や親戚の人たちの言うように、幼少の頃から私の顔は、亡くなった叔母に似ている。
部屋に飾られている写真の叔母は髪が長いけれど、私は肩につくかつかないかのセミロングだ。それ以外は、よく似ていると自分でも思う。
「ねえ、お母さん。これって、高校の制服?」
私は菜摘さんが写真で着用している制服に目を向けたまま、母に質問した。顔写真がメインで、身体はろくに写っていないけれど、どこか見覚えのある制服だった。
「そうよ。それ、香織の高校の、一つ前の制服よ」
初めて知る事実に、私は驚いた。
「え、菜摘さん、私の先輩になるの?」
「え? 言ってなかった? 私も菜摘も、OBよ?」
「それ、初耳だよ。びっくりした」
私の驚きように、母も驚いている。
「あれ? 香織が高校受験する時に言わなかった?」
そう言われたら、言われたかもしれない。私は自宅から近い学校に通いたい一心で、高校受験に挑んだので、その辺りの記憶があやふやだ。
「数か月前のことなのに、覚えてないや」
「香織、必死に勉強したもんね」
私が通う高校は地元でも屈指の進学校で、中学三年の時にあった進路説明会の時、当時の進路指導の先生から進学すれば勉強三昧の日々が待っていると聞かされて、同級生はみんな他校への進学を希望した。
私はとにかく自宅近くの学校に通いたい一心で、勉強を頑張った。中学時代は美術部に所属して、美術のコンクールで入賞したこともある。けれど高校での部活は、そこまで力を入れると勉強が追いつかないのが目に見えている。なので、活動の緩い写真部を選んだ。だけどまさか、そこで彼氏ができると思っていなかったので、どうなることやらだ。
菜摘叔母さんの写真を見ながらふと思った。
若くして亡くなった菜摘叔母さんに、彼氏はいたのだろうか。もしいたとしたら、その彼氏さんは今、どうしているのだろう……
「ねえ、お母さん」
「何? 早くご飯食べなさい」
私は興味本位で聞いてみることにした。
「菜摘叔母さんって、彼氏とかいたの?」
私の問いに、母の手が止まる。
そして、遠い目をしながら口を開いた。
「うん、いたよ。この写真は、菜摘が元気な頃に菜摘の彼氏が撮ってくれたものなの。……泰之くんにも、早くいい人が現れるといいんだけどね」
興味本位で聞いた質問に、意外な返事が返ってきた。
泰之くん……、どこかで聞いた名前だ。
「ほら、早く食べなさい」
母に急かされて、私は朝食に口をつけた。
出された朝食を完食し、父と入れ替わりに私は洗面所へ入ると、洗顔、歯磨きを済ませた。
母がキッチンで洗い物をしている。洗面所から物音がきこえるので、父が支度をしているようだ。
私はダイニングチェアに腰を下ろした。
「おはよう。昨日の夜は早めに寝たから、多分大丈夫。最近睡眠不足だったからかな、よく眠れたよ」
「そう、なら良かった。お弁当、忘れないうちに鞄の中へ入れておきなさい」
「はーい」
朝のたわいないやり取りも、いつもと変わらない。
「あ、そうだ。来月の月末、予定が入らないように空けといてね」
母がキッチンから出てくると、私の前の席に座った。
「来月末って……、ああ、わかった」
母の視線の先を追って、母の言葉の意図を理解した。
そこには一枚の写真が飾られている。それは、若くして亡くなった母の妹――私の叔母に当たる人の写真だ。
叔母の命日が近く、加えて今年は十七回忌の法要に当たるそうで、生きていれば今年三十四歳になるという。この写真は、叔母が亡くなる直前に撮影されたものだと聞かされている。
「こうして見ると、香織は菜摘に似てきたわね……」
菜摘とは、この写真に写る叔母の名前だ。小さい頃から、母方の親戚たちに「なっちゃんの小さい頃に面差しがよく似ている」と言われており、母や祖母にせがんで叔母の小さい頃の写真を見せてもらったことがある。
母や親戚の人たちの言うように、幼少の頃から私の顔は、亡くなった叔母に似ている。
部屋に飾られている写真の叔母は髪が長いけれど、私は肩につくかつかないかのセミロングだ。それ以外は、よく似ていると自分でも思う。
「ねえ、お母さん。これって、高校の制服?」
私は菜摘さんが写真で着用している制服に目を向けたまま、母に質問した。顔写真がメインで、身体はろくに写っていないけれど、どこか見覚えのある制服だった。
「そうよ。それ、香織の高校の、一つ前の制服よ」
初めて知る事実に、私は驚いた。
「え、菜摘さん、私の先輩になるの?」
「え? 言ってなかった? 私も菜摘も、OBよ?」
「それ、初耳だよ。びっくりした」
私の驚きように、母も驚いている。
「あれ? 香織が高校受験する時に言わなかった?」
そう言われたら、言われたかもしれない。私は自宅から近い学校に通いたい一心で、高校受験に挑んだので、その辺りの記憶があやふやだ。
「数か月前のことなのに、覚えてないや」
「香織、必死に勉強したもんね」
私が通う高校は地元でも屈指の進学校で、中学三年の時にあった進路説明会の時、当時の進路指導の先生から進学すれば勉強三昧の日々が待っていると聞かされて、同級生はみんな他校への進学を希望した。
私はとにかく自宅近くの学校に通いたい一心で、勉強を頑張った。中学時代は美術部に所属して、美術のコンクールで入賞したこともある。けれど高校での部活は、そこまで力を入れると勉強が追いつかないのが目に見えている。なので、活動の緩い写真部を選んだ。だけどまさか、そこで彼氏ができると思っていなかったので、どうなることやらだ。
菜摘叔母さんの写真を見ながらふと思った。
若くして亡くなった菜摘叔母さんに、彼氏はいたのだろうか。もしいたとしたら、その彼氏さんは今、どうしているのだろう……
「ねえ、お母さん」
「何? 早くご飯食べなさい」
私は興味本位で聞いてみることにした。
「菜摘叔母さんって、彼氏とかいたの?」
私の問いに、母の手が止まる。
そして、遠い目をしながら口を開いた。
「うん、いたよ。この写真は、菜摘が元気な頃に菜摘の彼氏が撮ってくれたものなの。……泰之くんにも、早くいい人が現れるといいんだけどね」
興味本位で聞いた質問に、意外な返事が返ってきた。
泰之くん……、どこかで聞いた名前だ。
「ほら、早く食べなさい」
母に急かされて、私は朝食に口をつけた。
出された朝食を完食し、父と入れ替わりに私は洗面所へ入ると、洗顔、歯磨きを済ませた。