カメラの使い方を一通り教わり、実戦で何か撮影しようと話がまとまったその時だった。
廊下から話し声が聞こえ、私たちは咄嗟に口をつぐむ。
この視聴覚室は、図書室が近いため、図書室を利用する生徒たちが教室前の廊下を行き来するのだ。だれもいないはずの教室から人の声がすれば、それこそ七不思議の噂が立ってしまう。
先輩も黙って外の様子を窺っている。どうやら放送部の人が視聴覚準備室へと入ってきたようだ。
「まずいな、ばれた時に面倒だから、静かに出よう」
先輩はそう言うと、物音を立てないように席を立ち、そっと視聴覚室のドアを開く。周囲に目をやり、人がいないことを確認すると、私を先に教室から出し、先輩も後から教室を出るとドアに鍵をかけた。
その時だった。
「あれ? 西村くん?」
放送部の三年生だろうか、先輩に声をかけた。
「やっぱり西村くんが鍵、持ってたんだね。探したんだよ?」
校内放送で聞いたことのある声の先輩だった。十八時に下校を促す放送があるので、そのアナウンスにやってきたのだろう。
「ごめん。掃除が終わった後、返しに行くのを忘れてた。で、いざ返しに行こうと思った時に、施錠したか記憶があやふやだったから、確認しに来たんだ」
先輩は堂々と嘘を吐く。私は一人、視聴覚室で二人だけでいたことがバレたりしないかドキドキしていた。
「ふーん、そうなんだ。で、そっちの一年生は?」
唐突に私のことに触れられ、私は身体がビクッと反応するけれど、西村先輩はそんなこと気にせず普通の態度だ。
「写真部の後輩だよ。僕の使ってるカメラを彼女に引き継ぐから使い方を教えていたんだけど、鍵のことを思い出して、一緒に来てもらったんだ」
放送部の先輩は、西村先輩の言葉を真に受けたようだ。
「ふうん、そうなんだ。西村くん、掃除が終わったら、すぐに鍵を返せばこんな二度手間かからないのにね。案外うっかり屋さんなんだね」
先輩は、曖昧に微笑んでいる。
「大木さんがここにいるってことは、そろそろ下校時間ってことか」
どうやら放送部の先輩は、大木さんと言うらしい。大木先輩は西村先輩の言葉に首を横に振る。
「ううん。今日は一年生に、ここの使い方を教えに来たの。来月からは一年生にも担当を振ろうと思って」
大木先輩はそう言うと、視聴覚準備室の中にいる一年生の部員を手招きした。
視聴覚準備室には、校内放送の機材が揃っていて、お昼の校内放送はここから発信されていることを初めて知った。そして視聴覚準備室は、放送部の部室を兼ねているのだという。
「紹介するね。この人が視聴覚室の掃除当番で、大概鍵が職員室にない時、持っていると思われる西村くん。で、こっちが、今年の新入部員で北野くんと岩木さん」
ものすごく雑な紹介だなと思いながらも、とりあえず私たちのことを怪しんでいる風ではないので、私は黙って先輩たちのやり取りを見ていた。
「じゃあこれ、よかったらついでに職員室へ戻しておいてくれるかな。僕らも部活に戻ろうか」
西村先輩はそう言って、大木先輩に視聴覚室の鍵を手渡すと、私に「行こう」と声を掛けてこの場を後にした。私も大木先輩や放送部の人たちに会釈をすると、急いで先輩の後を追う。
階段を下りながら、私は先輩に話しかけた。
「先輩、咄嗟にあんな言い訳がスラスラ出てくるなんてすごいですね」
「ああいう時は、自分はやましいことをしていないって態度を取れば、大抵は何とかなるんだ。要はハッタリが大事なんだよ。逆におどおどしていたら、自分からやましいことがあるって言っているようなものだからね。堂々としているのが一番いいんだ」
先輩の返答に、私は深く頷いた。ああ、そうか。あの時先輩があのような態度だったから、疑われることもなかったんだ。もし私一人だったとしたら、おどおどしているから一発で嘘を見破られたことだろう。
階段を下りて、再び写真部の部室へと向かうと、二年の先輩たちは宿題が終わったのか下校の準備をしているところだった。
「あ、先輩! 俺ら、もう帰りますよ。部室の施錠、お願いしてもいいですか?」
私たちに気付いた仙波先輩が、西村先輩に向かって声を掛ける。真莉愛は案の定、とっくに下校しているようだ。
西村先輩は「わかった」と返事をし、二年生たちは私たちに挨拶をして部室を後にした。
再び先輩と二人きりになった私は、緊張して部室の入口で固まっていたけれど、それに気付いた西村先輩が私に「こっちにおいで」と手招きする。
「さっき言っていた初心者向けの写真の本、こっちにあるよ」
先輩の言葉に、私は金縛りが解けたように身体を動かして先輩のそばへと歩み寄る。
「よかった、まだだれも借りていないみたいだよ」
先輩はそう言って、一冊の本を私に向かって差し出した。
「多分、この辺りがわかりやすく書かれているから、おすすめかな」
私は先輩から本を受け取ると、パラパラとページをめくった。
先輩が言うように、その本はマンガ形式で進行していて、カメラの解説もわかりやすそうだ。初心者ならではの疑問も、詳しく書かれているように見える。
「ありがとうございます! じゃあ、この本をお借りします。これ、貸し出しの名前とか書かなくても大丈夫ですか?」
「一応部の備品になるから、貸し出しの記録は残さなきゃならないんだ。だから、こっちのノートに日付と名前を書いて」
先輩はそう言うと、一冊のノートを差し出した。ページを開くと、歴代の先輩たちの名前がズラリと記入されており、もちろんその中に西村先輩の名前もあった。
廊下から話し声が聞こえ、私たちは咄嗟に口をつぐむ。
この視聴覚室は、図書室が近いため、図書室を利用する生徒たちが教室前の廊下を行き来するのだ。だれもいないはずの教室から人の声がすれば、それこそ七不思議の噂が立ってしまう。
先輩も黙って外の様子を窺っている。どうやら放送部の人が視聴覚準備室へと入ってきたようだ。
「まずいな、ばれた時に面倒だから、静かに出よう」
先輩はそう言うと、物音を立てないように席を立ち、そっと視聴覚室のドアを開く。周囲に目をやり、人がいないことを確認すると、私を先に教室から出し、先輩も後から教室を出るとドアに鍵をかけた。
その時だった。
「あれ? 西村くん?」
放送部の三年生だろうか、先輩に声をかけた。
「やっぱり西村くんが鍵、持ってたんだね。探したんだよ?」
校内放送で聞いたことのある声の先輩だった。十八時に下校を促す放送があるので、そのアナウンスにやってきたのだろう。
「ごめん。掃除が終わった後、返しに行くのを忘れてた。で、いざ返しに行こうと思った時に、施錠したか記憶があやふやだったから、確認しに来たんだ」
先輩は堂々と嘘を吐く。私は一人、視聴覚室で二人だけでいたことがバレたりしないかドキドキしていた。
「ふーん、そうなんだ。で、そっちの一年生は?」
唐突に私のことに触れられ、私は身体がビクッと反応するけれど、西村先輩はそんなこと気にせず普通の態度だ。
「写真部の後輩だよ。僕の使ってるカメラを彼女に引き継ぐから使い方を教えていたんだけど、鍵のことを思い出して、一緒に来てもらったんだ」
放送部の先輩は、西村先輩の言葉を真に受けたようだ。
「ふうん、そうなんだ。西村くん、掃除が終わったら、すぐに鍵を返せばこんな二度手間かからないのにね。案外うっかり屋さんなんだね」
先輩は、曖昧に微笑んでいる。
「大木さんがここにいるってことは、そろそろ下校時間ってことか」
どうやら放送部の先輩は、大木さんと言うらしい。大木先輩は西村先輩の言葉に首を横に振る。
「ううん。今日は一年生に、ここの使い方を教えに来たの。来月からは一年生にも担当を振ろうと思って」
大木先輩はそう言うと、視聴覚準備室の中にいる一年生の部員を手招きした。
視聴覚準備室には、校内放送の機材が揃っていて、お昼の校内放送はここから発信されていることを初めて知った。そして視聴覚準備室は、放送部の部室を兼ねているのだという。
「紹介するね。この人が視聴覚室の掃除当番で、大概鍵が職員室にない時、持っていると思われる西村くん。で、こっちが、今年の新入部員で北野くんと岩木さん」
ものすごく雑な紹介だなと思いながらも、とりあえず私たちのことを怪しんでいる風ではないので、私は黙って先輩たちのやり取りを見ていた。
「じゃあこれ、よかったらついでに職員室へ戻しておいてくれるかな。僕らも部活に戻ろうか」
西村先輩はそう言って、大木先輩に視聴覚室の鍵を手渡すと、私に「行こう」と声を掛けてこの場を後にした。私も大木先輩や放送部の人たちに会釈をすると、急いで先輩の後を追う。
階段を下りながら、私は先輩に話しかけた。
「先輩、咄嗟にあんな言い訳がスラスラ出てくるなんてすごいですね」
「ああいう時は、自分はやましいことをしていないって態度を取れば、大抵は何とかなるんだ。要はハッタリが大事なんだよ。逆におどおどしていたら、自分からやましいことがあるって言っているようなものだからね。堂々としているのが一番いいんだ」
先輩の返答に、私は深く頷いた。ああ、そうか。あの時先輩があのような態度だったから、疑われることもなかったんだ。もし私一人だったとしたら、おどおどしているから一発で嘘を見破られたことだろう。
階段を下りて、再び写真部の部室へと向かうと、二年の先輩たちは宿題が終わったのか下校の準備をしているところだった。
「あ、先輩! 俺ら、もう帰りますよ。部室の施錠、お願いしてもいいですか?」
私たちに気付いた仙波先輩が、西村先輩に向かって声を掛ける。真莉愛は案の定、とっくに下校しているようだ。
西村先輩は「わかった」と返事をし、二年生たちは私たちに挨拶をして部室を後にした。
再び先輩と二人きりになった私は、緊張して部室の入口で固まっていたけれど、それに気付いた西村先輩が私に「こっちにおいで」と手招きする。
「さっき言っていた初心者向けの写真の本、こっちにあるよ」
先輩の言葉に、私は金縛りが解けたように身体を動かして先輩のそばへと歩み寄る。
「よかった、まだだれも借りていないみたいだよ」
先輩はそう言って、一冊の本を私に向かって差し出した。
「多分、この辺りがわかりやすく書かれているから、おすすめかな」
私は先輩から本を受け取ると、パラパラとページをめくった。
先輩が言うように、その本はマンガ形式で進行していて、カメラの解説もわかりやすそうだ。初心者ならではの疑問も、詳しく書かれているように見える。
「ありがとうございます! じゃあ、この本をお借りします。これ、貸し出しの名前とか書かなくても大丈夫ですか?」
「一応部の備品になるから、貸し出しの記録は残さなきゃならないんだ。だから、こっちのノートに日付と名前を書いて」
先輩はそう言うと、一冊のノートを差し出した。ページを開くと、歴代の先輩たちの名前がズラリと記入されており、もちろんその中に西村先輩の名前もあった。