先輩はカメラを持って、黙々と私の前を歩いていく。一体どこへいくのかわからないけれど、私はそんな先輩の後を追いかけた。
先輩は、特別教棟の階段を上がっていく。私はその数段後をついて上がる。
上階に何の教室があるのかをまだ覚えていない私は、キョロキョロと目移りしながら先輩の後を追う。先輩もそんな私の様子に気付いてか、歩みを緩めてゆっくりと階段を上がっていく。
先輩の足が止まったのは、最上階の図書室があるフロアだ。ここには、かつて視聴覚室として活用していた教室もあり、その当時の機材がそのまま置かれているという。
「今は視聴覚準備室で放送部が校内放送を流すくらいで、こっちの教室は誰も使っていない。わざわざここの上階にまで上がってくるのは図書室を利用する生徒くらいで、奥まったここには誰も足を踏み入れない。ここ、穴場なんだ」
そう言って、先輩は視聴覚室の扉に手を掛ける。
視聴覚室とは、授業で生徒に映像を見せるために使われていた教室だと先輩が説明してくれた。今はタブレット端末の普及で、視聴覚室は学校によってその存在すらなくなっているという。実際、私の記憶の中にも、小中学校に視聴覚室なんてなかったし、その名前すら高校に入学して初めて聞いた。初めてその教室の存在を知り、ここが時代に取り残された過去の遺跡のような場所だと気付いた私は、ワクワクする気持ちが抑えられない。
誰も使っていない教室とはいえ、清掃時間ではないので施錠されているはずだ。そう簡単に扉は開くわけがない。そう思っていると……
先輩は周囲を見渡し、私以外に人がいないことを確認すると、ポケットの中から鍵を取り出した。
まさか……
先輩は悪びれることなく視聴覚室の鍵を開けると、中に入り、私を招き入れる。
「せ、先輩……!?」
「しっ! ……早く入って」
西村先輩はそう言って私の腕を掴むと、視聴覚室の中へと私を引き入れる。そして、音を立てないよう静かに扉を閉めた。
「先輩、なんで鍵……」
私はヒソヒソ声で先輩に尋ねると、先輩はちょっと困り顔で私に答える。
「僕、視聴覚室の掃除当番なんだけど、今日の掃除が終わった後、五限目が体育だったからうっかり鍵を返すの忘れていて。後で職員室へ返しに行くよ」
先輩も、私に釣られてヒソヒソ声だ。
お互いの視線が合い、一瞬沈黙が流れるも、なんだかおかしくなって私たちは声を殺して笑い合った。
何はともあれ、先輩が鍵を持っている理由がわかり、一安心だ。いきなりこのような不意打ちの行動を起こされると、びっくりして私の心臓が持たない。
ここは特別教棟の最上階。通常なら下の階から教室の中は見えないけれど、一般教棟の同じ階だと目線の高さが同じになるので、下手したら三年生の教室からこちらは見えるかもしれない。
先輩もそれを危惧してか、私たちは一般教棟から死角になる場所の席に腰を下ろした。
「この教室、今は使われていないけど人が誰も来ないから……。たまにね、一人になりたい時とかあるだろう? そんな時はすぐに鍵を返さず、こうやってこっそり息抜きしているんだ」
先輩の秘密基地を教えてもらい、私はドキドキが止まらない。
「でも、鍵を返し忘れたりとか、大丈夫ですか?」
私の問いに、先輩は「そこは抜かりないよ」と返し、机の上にカメラとレンズを置いた。
「このカメラ……レンズの話を聞いて、香織ちゃんはどう思った?」
先輩の問いに、私は息を飲んだ。
「心霊写真が撮れるレンズ、ですか……。正直、怖いです」
私は素直に自分の気持ちを口に出すと、先輩は首を縦に動かした。そして、声を発する。
「心霊写真って矢野は言うけど、それはたまたま過去の先輩たちがそういうふうに見える写真が撮れたって言うだけで、実際には偶然の産物だ。本当はそんなんじゃないと思うよ?」
先輩はそこで一旦言葉を切ると、私の反応を見ている。私はというと、怖くて内心ビクビクしているのを顔に出さないよう必死だった。
でも、先輩にはそれがお見通しのようだ。
「あのレンズ、泰兄が在学中からあるレンズなんだって。泰兄の時代は、カメラもまだアナログだから、あのレンズはまあまあの年代物だよ」
西村先輩は明るい口調でそう言って、レンズをカメラに装着した。
「そうそう。今はカメラもデジタルに変わってるけど、泰兄が在学していた頃は、アナログとデジタル、両方のカメラがあって、アナログ写真は部室で現像していたらしいんだ」
「え、そうなんですか?」
今のデジタルしか知らない私にとって、アナログのカメラは未知なる存在だ。フィルム自体もどんなものなのか見たことがないので、先輩の話は興味深い。
「今は部室の物置になっている場所が、昔は暗室だったらしいんだ。そこでカメラのフィルムを現像していたって泰兄が言ってたよ」
「へえ、そうなんですね……。ちょっとアナログのカメラやフィルムがどんなものか、想像がつかないんですけど」
私の言葉に、西村先輩は提案があるんだけどと断って、言葉を発した。
「泰兄が、アナログのカメラをまだ持ってるんだ。今度、それで撮影してみる? 現像はカメラ屋に持っていくから数日かかるらしいけど……」
「え? 撮影は、壊したら怖いので大丈夫ですけど、アナログのカメラは一度見てみたいです」
私はその言葉に反応した。スマホなどのデジタルに慣れているせいで、アナログなものに触れる機会なんてない。これは貴重な経験だ。
先輩は、特別教棟の階段を上がっていく。私はその数段後をついて上がる。
上階に何の教室があるのかをまだ覚えていない私は、キョロキョロと目移りしながら先輩の後を追う。先輩もそんな私の様子に気付いてか、歩みを緩めてゆっくりと階段を上がっていく。
先輩の足が止まったのは、最上階の図書室があるフロアだ。ここには、かつて視聴覚室として活用していた教室もあり、その当時の機材がそのまま置かれているという。
「今は視聴覚準備室で放送部が校内放送を流すくらいで、こっちの教室は誰も使っていない。わざわざここの上階にまで上がってくるのは図書室を利用する生徒くらいで、奥まったここには誰も足を踏み入れない。ここ、穴場なんだ」
そう言って、先輩は視聴覚室の扉に手を掛ける。
視聴覚室とは、授業で生徒に映像を見せるために使われていた教室だと先輩が説明してくれた。今はタブレット端末の普及で、視聴覚室は学校によってその存在すらなくなっているという。実際、私の記憶の中にも、小中学校に視聴覚室なんてなかったし、その名前すら高校に入学して初めて聞いた。初めてその教室の存在を知り、ここが時代に取り残された過去の遺跡のような場所だと気付いた私は、ワクワクする気持ちが抑えられない。
誰も使っていない教室とはいえ、清掃時間ではないので施錠されているはずだ。そう簡単に扉は開くわけがない。そう思っていると……
先輩は周囲を見渡し、私以外に人がいないことを確認すると、ポケットの中から鍵を取り出した。
まさか……
先輩は悪びれることなく視聴覚室の鍵を開けると、中に入り、私を招き入れる。
「せ、先輩……!?」
「しっ! ……早く入って」
西村先輩はそう言って私の腕を掴むと、視聴覚室の中へと私を引き入れる。そして、音を立てないよう静かに扉を閉めた。
「先輩、なんで鍵……」
私はヒソヒソ声で先輩に尋ねると、先輩はちょっと困り顔で私に答える。
「僕、視聴覚室の掃除当番なんだけど、今日の掃除が終わった後、五限目が体育だったからうっかり鍵を返すの忘れていて。後で職員室へ返しに行くよ」
先輩も、私に釣られてヒソヒソ声だ。
お互いの視線が合い、一瞬沈黙が流れるも、なんだかおかしくなって私たちは声を殺して笑い合った。
何はともあれ、先輩が鍵を持っている理由がわかり、一安心だ。いきなりこのような不意打ちの行動を起こされると、びっくりして私の心臓が持たない。
ここは特別教棟の最上階。通常なら下の階から教室の中は見えないけれど、一般教棟の同じ階だと目線の高さが同じになるので、下手したら三年生の教室からこちらは見えるかもしれない。
先輩もそれを危惧してか、私たちは一般教棟から死角になる場所の席に腰を下ろした。
「この教室、今は使われていないけど人が誰も来ないから……。たまにね、一人になりたい時とかあるだろう? そんな時はすぐに鍵を返さず、こうやってこっそり息抜きしているんだ」
先輩の秘密基地を教えてもらい、私はドキドキが止まらない。
「でも、鍵を返し忘れたりとか、大丈夫ですか?」
私の問いに、先輩は「そこは抜かりないよ」と返し、机の上にカメラとレンズを置いた。
「このカメラ……レンズの話を聞いて、香織ちゃんはどう思った?」
先輩の問いに、私は息を飲んだ。
「心霊写真が撮れるレンズ、ですか……。正直、怖いです」
私は素直に自分の気持ちを口に出すと、先輩は首を縦に動かした。そして、声を発する。
「心霊写真って矢野は言うけど、それはたまたま過去の先輩たちがそういうふうに見える写真が撮れたって言うだけで、実際には偶然の産物だ。本当はそんなんじゃないと思うよ?」
先輩はそこで一旦言葉を切ると、私の反応を見ている。私はというと、怖くて内心ビクビクしているのを顔に出さないよう必死だった。
でも、先輩にはそれがお見通しのようだ。
「あのレンズ、泰兄が在学中からあるレンズなんだって。泰兄の時代は、カメラもまだアナログだから、あのレンズはまあまあの年代物だよ」
西村先輩は明るい口調でそう言って、レンズをカメラに装着した。
「そうそう。今はカメラもデジタルに変わってるけど、泰兄が在学していた頃は、アナログとデジタル、両方のカメラがあって、アナログ写真は部室で現像していたらしいんだ」
「え、そうなんですか?」
今のデジタルしか知らない私にとって、アナログのカメラは未知なる存在だ。フィルム自体もどんなものなのか見たことがないので、先輩の話は興味深い。
「今は部室の物置になっている場所が、昔は暗室だったらしいんだ。そこでカメラのフィルムを現像していたって泰兄が言ってたよ」
「へえ、そうなんですね……。ちょっとアナログのカメラやフィルムがどんなものか、想像がつかないんですけど」
私の言葉に、西村先輩は提案があるんだけどと断って、言葉を発した。
「泰兄が、アナログのカメラをまだ持ってるんだ。今度、それで撮影してみる? 現像はカメラ屋に持っていくから数日かかるらしいけど……」
「え? 撮影は、壊したら怖いので大丈夫ですけど、アナログのカメラは一度見てみたいです」
私はその言葉に反応した。スマホなどのデジタルに慣れているせいで、アナログなものに触れる機会なんてない。これは貴重な経験だ。