翌日は、登校するとすぐに真莉愛が昨日の出来事を聞きたくてうずうずしているのが目に見えてわかったけれど、先輩とお付き合いすることになったと伝えるだけでも恥ずかしくて、昼休みに話をすることで了承を得た。


 英単語のテストについては、努力の甲斐あって、高得点を取得することができた。午前中は寝不足のせいで身体がしんどかったけれど、放課後には先輩に会えるとモチベーションを上げて頑張った。

 午前中の授業が終わり、いよいよ昼休み。私たちは机を向かい合わせに移動させ、お弁当を食べた。この場には花音ちゃんや芽美ちゃんもいるので、真莉愛もそこは気にかけて昨日のことを詮索したりはしない。

 お弁当を食べ終えた後、花音ちゃんたちは箏曲の自主練習をすると言って部室へと向かった。なので、そのタイミングを見計らい、真莉愛が昨日のことを切り出した。

「で、その後、先輩とどうなの?」

 みんなの前でこの話題を切り出されたらどうしようと思っていたけれど、真莉愛もそこまで不粋ではないことに感謝した。

「うん……、お付き合い、することになった」

 私の声は、恥ずかしさのあまり、蚊の鳴くような声になっている。教室内にも何人か残っている状態だけに、あまりこのような話を他の人に聞かれたくない。

 真莉愛は、一瞬大きな声で「えっ!」と叫んだ。けれど視線が集中したこともあり、即座に両手を口に当て、私も周囲に「何でもないから」と伝えたせいか、すぐにみんな自分たちのことに意識を戻した。

 こちらを意識している人は、多分いないはずだ。
 少しの間、周囲の様子を伺っていたけれど、聞き耳を立てている人はいなさそうだ。

「ちょっと、その話、詳しく聞かせてよ」

 真莉愛も、少し声のトーンを落として私に詰め寄ったので、私は苦笑いを浮かべながら、昨日の出来事を説明した。

「ふーん、結局、あれだ。香織が、先輩に告白するように仕向けたんだ。なかなかやるね」

 真莉愛が、ニヤニヤしながら私の話を聞いている。

「そんな……! だって、先輩の言動が思わせ振りで、これで勘違いだったら私が恥ずかしいから、聞いたんだよ」

 私の弁明も、真莉愛には届かないようだ。ひたすらニヤニヤしながら言葉を続ける。

「いやいや、先輩にしたって、きっと香織から告白されるのを待っていたと思うよ? 可愛い後輩が顔を赤らめて、『好きです』なんて言われた日には、天にも舞う気持ちになるよ。……まあでも、女の子側としては、男の人から告白されたいよね。愛されてなんぼ、ってやつよね」

 真莉愛はそう言いながら、一人で納得してうんうんと頷いている。
 私は何も言い返せずに、ただ顔が熱くなるだけだった。

「いやん、こんなに顔を赤らめて、香織可愛いっ」

「いやもう、揶揄うのやめてよ。心臓に悪い」

 昨日からずっとこんな調子で顔を赤らめているので、事情を知らない人が見ると、体調が悪いのかと思われないかが心配だった。

「あはは、ごめんって。で、お休みの日は先輩とデートするの? ってか部活の日の下校は、先輩に送ってもらいなよ? 先輩も受験生なんだし、一緒にいられる時間は限られてるんだからね」

「そうだね……、一緒にいられる時間は限られてるから……」

 話が終わったタイミングで、昼休み終わりのチャイムが鳴った。今から清掃の時間だ。私たちは清掃場所へと向かうため教室で別れた。

 そうだ、時間は限られている。

 清掃をしながら、七年前事故に遭った時、私のことを助けてくれた男性のことがふと頭をよぎった。

 あの時の記憶は、私の中に残っていない。だから、命の恩人の顔すら覚えていない。けれど、若い男性だったと後から聞かされた。着用していたものは、どこかの高校の制服らしかったけれど、近辺の学校に該当する制服はなく、行方不明者にも該当する人物は見当たらなかったそうだ。

 あの時私を助けてくれた人は、身元を特定するものを身につけておらず、結局身元不明のまま遺体は共同墓地へと埋葬されたけれど、その後、身元がわかったかな……

 あの日、自分を犠牲にしてまで私を助けてくれた恩人のためにも、一日を無駄にすることなく生きようと、決意したのだ。先輩と一緒にいられる時間を大切にしよう。

 決意を新たに私は掃除を終えると、午後からの授業の準備をした。