家の中に入り、手洗いを済ませて自分の部屋へと向かう。自室のベッドの上に腰を下ろし、濃厚な一日を振り返る。
私、先輩の彼女になったんだ……
全く実感が湧かないけれど、こうして充実した生活が送れるのも、あの日私のことを身を挺して守ってくれたあの人のおかげだと、感謝の気持ちを忘れない。
制服のジャケットを脱ぎ、ブラウスの袖口のボタンを外し、左腕の傷跡に目を向ける。
これは七年前の秋、交通事故でできた傷跡だ。腕だけではなく、左足にも傷跡が残っている。足の傷は、体操服のハーフパンツで隠れる場所にあるのでそこまで気にならないけれど、左腕は半袖を着用すると、もろに見えてしまう。
幸いにも進学した高校は、多様性に対応した制服で、夏服、冬服などの概念がない。三年前の制服リニューアルの際に、女子生徒へのスラックスにも対応もしているし、紫外線対策などで、夏でも長袖のシャツ着用OKだ。
制服も組み合わせの自由が認められている。進学校ながら、私がこの学校に進学を決めた一番の理由がこれだった。
私は制服を脱いで部屋着に着替えた。部屋着にしているのは、中学校の体操服だ。どこに出かけるわけでもないので、人の目なんて気にする必要もない。家の中では動きやすい格好が楽でいい。
脱いだ制服をしわにならないよう、ハンガーにかけ、鞄の中からスマホを取り出した。
スマホの待ち受けには、メッセージの受信を知らせる通知が表示されている。もちろん、メッセージの送信主は真莉愛だ。
私はロックを解除して、メッセージ画面を開いた。
『先輩にきちんと家まで送ってもらった? 遠目ですごくいい感じだったから、声を掛けずに帰ったんだけどごめんね。で、先輩とどんな感じ?』
塾だから先に帰ったとメモにはあったけれど、この時間にメッセージを受信したのだから、どうやらあれは嘘だったようだ。
私はスマホを両手で握ると、真莉愛宛てにメッセージを作成した。
『うん。先輩に自宅前まで送ってもらった。帰りに聞いた話で、先輩、小中学と同じ学区だったみたいでびっくりしたよ』
送信してすぐに既読が付く。アプリ上での真莉愛とのやり取りは今日が初めてだけど、いつもの会話の延長線上で何ら違和感はない。これは自宅でも楽しくやり取りが続きそうだ。
『そうなんだ! それって運命みたい! もしかして告白されたりとかしたんじゃないの?』
絵文字や顔文字を織り交ぜた真莉愛からのメッセージに、私は思わず変な声が出る。
「うわああっ、真莉愛、直球すぎるよ……。これ、なんて返せばいいの……」
真莉愛のメッセージを見て、腋に変な汗をかいているのがわかる。加えて手汗もかいている。画面を見ながら文章を考えていると、しばらくしてまた真莉愛からメッセージが届いた。
『おーい、香織さん? 既読スルーですか?』
メッセージと一緒にスタンプも押されている。私は画面を開きっぱなしなので、このメッセージにも真莉愛のスマホ画面には既読マークが付いているだろう。
『違うっ、文章考えていたの!』
とりあえずそれだけ返すと、真莉愛からスタンプが返ってくる。
『先輩とやり取りしているなら、また後からでもいいよ』
続けざまにメッセージを受信し、ここで初めて私は先輩と連絡先を交換していなかったことを思い出す。
『私、まだ先輩の連絡先、聞いていない……』
即座に打ち返すと、息つく間もなく返事が届く。
『は? あれだけ親密な空気を醸し出しておきながら、連絡先を聞いてないってどういうこと? 明日絶対先輩の連絡先をゲットすること!』
私はタジタジになりながら、『了解』と打ち込み、スタンプを押した。
しばらくやり取りで時間を費やすかと思いきや、真莉愛からのメッセージが届いた。
『じゃあ、私は今から塾に行くから。詳しい話は明日、じっくり聞くよ? 包み隠さず話してよ?』
私は再び『了解』のスタンプを押して、真莉愛とのやり取りが終了した。
真莉愛、今日、本当に塾の日だったんだ。嘘を吐いていると決めつけて悪かったな……
スマホのやり取りが終わったタイミングで、どうやら母が帰宅したようだ。私は鞄の中からお弁当箱と水筒を取り出して、それを手にキッチンへと向かった。
母にお弁当のお礼を伝えて一緒に夕飯を食べ、再び部屋へ戻ると、今日の課題に取り掛かった。課題の量が多すぎて、全然手が回らない。明日は英単語のテストがあるため、今晩のうちに丸暗記してしまわなければと思うけれど、集中力が続かない。
どうしても今日の出来事を思い出してしまい、気がつけば頬が緩んでだらしない表情を浮かべているのが、机の前に置いている鏡に写っているのが目についてしまう。
ダメだ、ちゃんと集中しなきゃ。
私は鏡を裏返しにして自分の顔が写らないようにすると、教科書から英単語を書き抜き、繰り返しそれを手書きして身体で覚えることにした。
途中で気分転換を兼ね入浴を済ませると、風呂上がりから寝る前まで集中して暗記を続けた。
私、先輩の彼女になったんだ……
全く実感が湧かないけれど、こうして充実した生活が送れるのも、あの日私のことを身を挺して守ってくれたあの人のおかげだと、感謝の気持ちを忘れない。
制服のジャケットを脱ぎ、ブラウスの袖口のボタンを外し、左腕の傷跡に目を向ける。
これは七年前の秋、交通事故でできた傷跡だ。腕だけではなく、左足にも傷跡が残っている。足の傷は、体操服のハーフパンツで隠れる場所にあるのでそこまで気にならないけれど、左腕は半袖を着用すると、もろに見えてしまう。
幸いにも進学した高校は、多様性に対応した制服で、夏服、冬服などの概念がない。三年前の制服リニューアルの際に、女子生徒へのスラックスにも対応もしているし、紫外線対策などで、夏でも長袖のシャツ着用OKだ。
制服も組み合わせの自由が認められている。進学校ながら、私がこの学校に進学を決めた一番の理由がこれだった。
私は制服を脱いで部屋着に着替えた。部屋着にしているのは、中学校の体操服だ。どこに出かけるわけでもないので、人の目なんて気にする必要もない。家の中では動きやすい格好が楽でいい。
脱いだ制服をしわにならないよう、ハンガーにかけ、鞄の中からスマホを取り出した。
スマホの待ち受けには、メッセージの受信を知らせる通知が表示されている。もちろん、メッセージの送信主は真莉愛だ。
私はロックを解除して、メッセージ画面を開いた。
『先輩にきちんと家まで送ってもらった? 遠目ですごくいい感じだったから、声を掛けずに帰ったんだけどごめんね。で、先輩とどんな感じ?』
塾だから先に帰ったとメモにはあったけれど、この時間にメッセージを受信したのだから、どうやらあれは嘘だったようだ。
私はスマホを両手で握ると、真莉愛宛てにメッセージを作成した。
『うん。先輩に自宅前まで送ってもらった。帰りに聞いた話で、先輩、小中学と同じ学区だったみたいでびっくりしたよ』
送信してすぐに既読が付く。アプリ上での真莉愛とのやり取りは今日が初めてだけど、いつもの会話の延長線上で何ら違和感はない。これは自宅でも楽しくやり取りが続きそうだ。
『そうなんだ! それって運命みたい! もしかして告白されたりとかしたんじゃないの?』
絵文字や顔文字を織り交ぜた真莉愛からのメッセージに、私は思わず変な声が出る。
「うわああっ、真莉愛、直球すぎるよ……。これ、なんて返せばいいの……」
真莉愛のメッセージを見て、腋に変な汗をかいているのがわかる。加えて手汗もかいている。画面を見ながら文章を考えていると、しばらくしてまた真莉愛からメッセージが届いた。
『おーい、香織さん? 既読スルーですか?』
メッセージと一緒にスタンプも押されている。私は画面を開きっぱなしなので、このメッセージにも真莉愛のスマホ画面には既読マークが付いているだろう。
『違うっ、文章考えていたの!』
とりあえずそれだけ返すと、真莉愛からスタンプが返ってくる。
『先輩とやり取りしているなら、また後からでもいいよ』
続けざまにメッセージを受信し、ここで初めて私は先輩と連絡先を交換していなかったことを思い出す。
『私、まだ先輩の連絡先、聞いていない……』
即座に打ち返すと、息つく間もなく返事が届く。
『は? あれだけ親密な空気を醸し出しておきながら、連絡先を聞いてないってどういうこと? 明日絶対先輩の連絡先をゲットすること!』
私はタジタジになりながら、『了解』と打ち込み、スタンプを押した。
しばらくやり取りで時間を費やすかと思いきや、真莉愛からのメッセージが届いた。
『じゃあ、私は今から塾に行くから。詳しい話は明日、じっくり聞くよ? 包み隠さず話してよ?』
私は再び『了解』のスタンプを押して、真莉愛とのやり取りが終了した。
真莉愛、今日、本当に塾の日だったんだ。嘘を吐いていると決めつけて悪かったな……
スマホのやり取りが終わったタイミングで、どうやら母が帰宅したようだ。私は鞄の中からお弁当箱と水筒を取り出して、それを手にキッチンへと向かった。
母にお弁当のお礼を伝えて一緒に夕飯を食べ、再び部屋へ戻ると、今日の課題に取り掛かった。課題の量が多すぎて、全然手が回らない。明日は英単語のテストがあるため、今晩のうちに丸暗記してしまわなければと思うけれど、集中力が続かない。
どうしても今日の出来事を思い出してしまい、気がつけば頬が緩んでだらしない表情を浮かべているのが、机の前に置いている鏡に写っているのが目についてしまう。
ダメだ、ちゃんと集中しなきゃ。
私は鏡を裏返しにして自分の顔が写らないようにすると、教科書から英単語を書き抜き、繰り返しそれを手書きして身体で覚えることにした。
途中で気分転換を兼ね入浴を済ませると、風呂上がりから寝る前まで集中して暗記を続けた。