周はレモンや塩胡椒、咲良は焼肉のタレを肉に付けて口に運ぶ。二人とも育ち盛りとあって肉の消費が早いが周はそこまで量が食べられるわけではないので徐々にペースが落ちていき、最終的には程よく焼けた野菜がメインになる。
けれど咲良は終始肉と米にしか興味がない。ピーマン玉ねぎかぼちゃキャベツとうもろこしにんじんには目もくれずひたすら焼き上がっていく肉を口に詰め込んではその余韻が消える前に明子が握ったおにぎりを頬張る。
肉が網から消えた時おにぎりを頬張りながら次の肉が焼き上がるのを待っている姿は見た目のクールさからは想像出来ない程にわんぱくで犬っぽいなと密かに周は思っていた。
「野菜も食べなよ」
「肉のがうめえ」
「栄養偏るでしょ」
「やだ」
こんなやり取りも慣れたもので、見かねた周が咲良の皿に野菜を乗せるのがいつものパターンだ。こんな時咲良は渋々ながら食べてくれるパターンとそうでない時があるのだが、今日はどうやら後者だったようだ。
皿に乗せられた野菜を一瞥して表情を顰めた咲良はすぐに目を肉が焼かれている網へと移した。それは「絶対に食べない」という固い意思表示でもあり、それに気づいた周はやれやれと息を吐きながら比較的食べやすいピーマンを箸で摘む。
「咲良」
「……嫌だ」
「さっくん」
「……」
「あーん」
もうすぐ唇に触れるというところにまで持っていってようやく咲良は口を開く。その隙を見逃さずにピーマンを突っ込むと途端に咲良の喉から唸り声が上がった。
「……にがい」
「クォラ咲良! あんたいつまでも周に甘えてんじゃないよ! 大体あんたいっつもアタシが作った飯食ってるだろうが!」
「あれはあれしか食うもんがねえからだよ」
「っかー! ああいえばこういう!」
「ばあちゃんの孫なんだからそりゃそうだろ」
「っかーーー!」
咲良とフミのやり取りに周りが笑う。いつの間にか二家族以外にも近所の漁師や農家さんが集まっていて結構な人数になっていた。庭で宴会みたいなことをやっていると人が集まってくるのが田舎である。それに小中高の学校行事は自然と広報で回るため、周たち世代の子供や孫がいない人でも今日が高校の体育祭の日だと知っている人が多いのだ。
その証拠にもうお爺さんと呼んで差し支えない漁師が「今日は頑張ったなぁ」と魚を持って来るのは普通だし、今日ここで焼肉があるとわかっているご近所さんはあらかじめ酒を持って来る。ここにいる大人の誰もが周たちがまだ子供だった頃を知っているからか、まるで親や親戚のようにフランクに接してくれるのだ。
だがしかし、大人が集まれば名目上「体育祭の打ち上げ会」も「大人の酒場」に早変わりする。早々に周たちは本日の主役から脇役に変わり、酒に酔ってどんちゃん騒ぎをする大人たちを尻目に黙々と食事を進めることになるのも慣れた状況だ。
そうして十分に胃袋も満足した頃、飲んではいるがまだまだ思考がはっきりとしている母の明子の声が庭に響く。
「さっくん、フミさん今日もう帰れないだろうから泊まっていきなー。ほら周あんたももう腹一杯だろ、風呂の用意してきな」
「え、いや、俺は」
「いいのいいの! 寝巻きは周のじゃ小さいからお父さんのになるけど許してね!」
そう言って明子の意識はまた大人たちの方に向く。
「じゃあ家入ろっか。汗と煙で匂いがすごいことになってる」
こうやって集まった時咲良やフミさんが泊まって行くのも普通の流れだった。
「シャワーで良い?」
「……ん」
「じゃあちょっとリビングで待ってて」
家の中に入り周は振り返って問いかける。返ってきた言葉はどうも歯切れが悪いが気にすることなく周は父の寝巻きの中から咲良が着ても問題ないシンプルなデザインのものを選んだ。
次に浴室に行って下着などが入っている木製棚の一番下の引き出しを開けて未使用の下着も用意する。いつ咲良が泊まりに来ても良いようにと母が用意していたものだが役に立ってよかったなと頷いた。それらを持って待たせているリビングに向かう。
「咲良、着替え持って来たよ」
「…ありがと」
「じゃあおれ部屋にいるから上がったら教えて」
「…ん」
椅子に座っていた咲良に着替えを渡す。やはりどこか煮え切らないような顔だったけれど気にせず風呂場に促して周はそのまま自室に行く。ドアを開けると涼やかな風が頬を撫でた。朝は閉めていたはずの窓だが、どうやら明子が開けてくれていたらしい。
窓の外からはまだ焼肉の匂いと大人たちの楽しそうな声が聞こえる。電気を付けるとベッドも綺麗になっていて、それはさすがに気まずいと思いつつ反抗期を抜けた今はそれにも少し感謝できるようになった。
良い感じの疲労と満腹感が全身を包んでいる。ふう、と息を吐いて周は自分の着替えの用意を始めた。そして咲良が風呂から上がってくるまで周は座らなかった。座ったら寝ると思ったからだ。さすがにこんな体で寝たくはない。
けれど思いの外咲良の風呂が終わるのが早く、十分と経たないうちに階段を上がる音がして周は瞬きをした。
「風呂ありがとう」
「早くない?」
「別に、普通」
「そっかぁ…? じゃあ入ってくるね。好きな漫画とか読んでていいよ。あとちゃんと髪の毛乾かしなよ」
聞いているかどうかわからない咲良の生返事を聞いてから周は着替えを持って風呂場へと向かった。脱衣所でさっさと服を脱いでから浴室に入るとシャワーの蛇口を捻る。先程まで咲良が使っていたせいか案外早くにお湯が出てきた。
頭からぬるま湯程度のそれを被って全体を濡らすと汗やら煙やらの匂いがふわりと届いて「うげ」と声が出た。早速シャンプーで髪を洗い、体育祭と焼肉で全身に染み付いた汗と煙を流していく。
全てが終わり泡を流すと心地良さに「はー」と気の抜けた声を上げて浴室から出る。ペタペタと珪藻土のマットの上を歩きバスタオルで雑に髪や体を拭いていけば着過ぎてクタクタになったTシャツとハーフパンツに着替えて一度脱衣所から出る。
途端に感じる涼しさに目を細めながら出てすぐにある洗面所で鏡の前に立ち、壁に掛けてあるドライヤーを手に取ってプラグをコンセントに突き刺す。一番熱くて強い風が来るところに目盛りを合わせてからまだ水が滴る髪を適当に根本から乾かしていくと案外すぐに濡れた感触はなくなって乾かしたて特有のふわふわとした手触りになる。
かち、とスイッチを切ってから手櫛で適当に髪を整えると周はプラグをコンセントから抜き、そのままドライヤーを持って階段を上がる。
声も掛けずに自室のドアを開けるとそこにいは頭にタオルを掛けたまま本棚の前に座り込んで漫画を読んでいる咲良の姿があった。
それに周はやっぱりなと息を吐く。
「はい集合」
「……別に勝手に乾く」
「咲良の髪はおれのと違って繊細なんだからちゃんとしないと駄目でーす。ほらベッドの前座る」
咲良はスタイルが良い。だからどんな動きをしても基本的にしなやかな印象を受けるのに、今はなんだか手負いの獣のような気怠さがあった。周はそれを疲労からくる倦怠感だろうなと片付けて自分はベッドに腰掛けて枕元に置いてある延長コードにドライヤーを繋ぐ。
のそりと足の間に咲良が収まったのを確認してからタオルを取ると、まだ微妙に濡れている髪から自分と同じシャンプーの香りがするのに周は目を細めた。それから「やるよー」と声を掛けてドライヤーを起動して細くて柔らかい咲良の髪を丁寧に乾かしていく。結構な時間放置していたからかもうほとんど乾いてしまっていたがそれでも根本の部分はまだ湿っていた。
こうやって乾かすのも久しぶりだなと思った。そうだ、咲良が泊まること自体が随分久しぶりなのだと周は思い至る。一体いつからだっただろうか、咲良がこの家に泊まりに来なくなったのは。
そんなことをふわふわと考えながら手を動かしていれば元々乾き気味だったこともあり、すぐに咲良の髪はサラサラになった。スイッチを切って丁寧に手櫛で髪を整えていると「ねえ」咲良の掠れ気味の声が聞こえた。
そして振り返った咲良と目が合ったとき、周の心臓は大きく跳ねた。
けれど咲良は終始肉と米にしか興味がない。ピーマン玉ねぎかぼちゃキャベツとうもろこしにんじんには目もくれずひたすら焼き上がっていく肉を口に詰め込んではその余韻が消える前に明子が握ったおにぎりを頬張る。
肉が網から消えた時おにぎりを頬張りながら次の肉が焼き上がるのを待っている姿は見た目のクールさからは想像出来ない程にわんぱくで犬っぽいなと密かに周は思っていた。
「野菜も食べなよ」
「肉のがうめえ」
「栄養偏るでしょ」
「やだ」
こんなやり取りも慣れたもので、見かねた周が咲良の皿に野菜を乗せるのがいつものパターンだ。こんな時咲良は渋々ながら食べてくれるパターンとそうでない時があるのだが、今日はどうやら後者だったようだ。
皿に乗せられた野菜を一瞥して表情を顰めた咲良はすぐに目を肉が焼かれている網へと移した。それは「絶対に食べない」という固い意思表示でもあり、それに気づいた周はやれやれと息を吐きながら比較的食べやすいピーマンを箸で摘む。
「咲良」
「……嫌だ」
「さっくん」
「……」
「あーん」
もうすぐ唇に触れるというところにまで持っていってようやく咲良は口を開く。その隙を見逃さずにピーマンを突っ込むと途端に咲良の喉から唸り声が上がった。
「……にがい」
「クォラ咲良! あんたいつまでも周に甘えてんじゃないよ! 大体あんたいっつもアタシが作った飯食ってるだろうが!」
「あれはあれしか食うもんがねえからだよ」
「っかー! ああいえばこういう!」
「ばあちゃんの孫なんだからそりゃそうだろ」
「っかーーー!」
咲良とフミのやり取りに周りが笑う。いつの間にか二家族以外にも近所の漁師や農家さんが集まっていて結構な人数になっていた。庭で宴会みたいなことをやっていると人が集まってくるのが田舎である。それに小中高の学校行事は自然と広報で回るため、周たち世代の子供や孫がいない人でも今日が高校の体育祭の日だと知っている人が多いのだ。
その証拠にもうお爺さんと呼んで差し支えない漁師が「今日は頑張ったなぁ」と魚を持って来るのは普通だし、今日ここで焼肉があるとわかっているご近所さんはあらかじめ酒を持って来る。ここにいる大人の誰もが周たちがまだ子供だった頃を知っているからか、まるで親や親戚のようにフランクに接してくれるのだ。
だがしかし、大人が集まれば名目上「体育祭の打ち上げ会」も「大人の酒場」に早変わりする。早々に周たちは本日の主役から脇役に変わり、酒に酔ってどんちゃん騒ぎをする大人たちを尻目に黙々と食事を進めることになるのも慣れた状況だ。
そうして十分に胃袋も満足した頃、飲んではいるがまだまだ思考がはっきりとしている母の明子の声が庭に響く。
「さっくん、フミさん今日もう帰れないだろうから泊まっていきなー。ほら周あんたももう腹一杯だろ、風呂の用意してきな」
「え、いや、俺は」
「いいのいいの! 寝巻きは周のじゃ小さいからお父さんのになるけど許してね!」
そう言って明子の意識はまた大人たちの方に向く。
「じゃあ家入ろっか。汗と煙で匂いがすごいことになってる」
こうやって集まった時咲良やフミさんが泊まって行くのも普通の流れだった。
「シャワーで良い?」
「……ん」
「じゃあちょっとリビングで待ってて」
家の中に入り周は振り返って問いかける。返ってきた言葉はどうも歯切れが悪いが気にすることなく周は父の寝巻きの中から咲良が着ても問題ないシンプルなデザインのものを選んだ。
次に浴室に行って下着などが入っている木製棚の一番下の引き出しを開けて未使用の下着も用意する。いつ咲良が泊まりに来ても良いようにと母が用意していたものだが役に立ってよかったなと頷いた。それらを持って待たせているリビングに向かう。
「咲良、着替え持って来たよ」
「…ありがと」
「じゃあおれ部屋にいるから上がったら教えて」
「…ん」
椅子に座っていた咲良に着替えを渡す。やはりどこか煮え切らないような顔だったけれど気にせず風呂場に促して周はそのまま自室に行く。ドアを開けると涼やかな風が頬を撫でた。朝は閉めていたはずの窓だが、どうやら明子が開けてくれていたらしい。
窓の外からはまだ焼肉の匂いと大人たちの楽しそうな声が聞こえる。電気を付けるとベッドも綺麗になっていて、それはさすがに気まずいと思いつつ反抗期を抜けた今はそれにも少し感謝できるようになった。
良い感じの疲労と満腹感が全身を包んでいる。ふう、と息を吐いて周は自分の着替えの用意を始めた。そして咲良が風呂から上がってくるまで周は座らなかった。座ったら寝ると思ったからだ。さすがにこんな体で寝たくはない。
けれど思いの外咲良の風呂が終わるのが早く、十分と経たないうちに階段を上がる音がして周は瞬きをした。
「風呂ありがとう」
「早くない?」
「別に、普通」
「そっかぁ…? じゃあ入ってくるね。好きな漫画とか読んでていいよ。あとちゃんと髪の毛乾かしなよ」
聞いているかどうかわからない咲良の生返事を聞いてから周は着替えを持って風呂場へと向かった。脱衣所でさっさと服を脱いでから浴室に入るとシャワーの蛇口を捻る。先程まで咲良が使っていたせいか案外早くにお湯が出てきた。
頭からぬるま湯程度のそれを被って全体を濡らすと汗やら煙やらの匂いがふわりと届いて「うげ」と声が出た。早速シャンプーで髪を洗い、体育祭と焼肉で全身に染み付いた汗と煙を流していく。
全てが終わり泡を流すと心地良さに「はー」と気の抜けた声を上げて浴室から出る。ペタペタと珪藻土のマットの上を歩きバスタオルで雑に髪や体を拭いていけば着過ぎてクタクタになったTシャツとハーフパンツに着替えて一度脱衣所から出る。
途端に感じる涼しさに目を細めながら出てすぐにある洗面所で鏡の前に立ち、壁に掛けてあるドライヤーを手に取ってプラグをコンセントに突き刺す。一番熱くて強い風が来るところに目盛りを合わせてからまだ水が滴る髪を適当に根本から乾かしていくと案外すぐに濡れた感触はなくなって乾かしたて特有のふわふわとした手触りになる。
かち、とスイッチを切ってから手櫛で適当に髪を整えると周はプラグをコンセントから抜き、そのままドライヤーを持って階段を上がる。
声も掛けずに自室のドアを開けるとそこにいは頭にタオルを掛けたまま本棚の前に座り込んで漫画を読んでいる咲良の姿があった。
それに周はやっぱりなと息を吐く。
「はい集合」
「……別に勝手に乾く」
「咲良の髪はおれのと違って繊細なんだからちゃんとしないと駄目でーす。ほらベッドの前座る」
咲良はスタイルが良い。だからどんな動きをしても基本的にしなやかな印象を受けるのに、今はなんだか手負いの獣のような気怠さがあった。周はそれを疲労からくる倦怠感だろうなと片付けて自分はベッドに腰掛けて枕元に置いてある延長コードにドライヤーを繋ぐ。
のそりと足の間に咲良が収まったのを確認してからタオルを取ると、まだ微妙に濡れている髪から自分と同じシャンプーの香りがするのに周は目を細めた。それから「やるよー」と声を掛けてドライヤーを起動して細くて柔らかい咲良の髪を丁寧に乾かしていく。結構な時間放置していたからかもうほとんど乾いてしまっていたがそれでも根本の部分はまだ湿っていた。
こうやって乾かすのも久しぶりだなと思った。そうだ、咲良が泊まること自体が随分久しぶりなのだと周は思い至る。一体いつからだっただろうか、咲良がこの家に泊まりに来なくなったのは。
そんなことをふわふわと考えながら手を動かしていれば元々乾き気味だったこともあり、すぐに咲良の髪はサラサラになった。スイッチを切って丁寧に手櫛で髪を整えていると「ねえ」咲良の掠れ気味の声が聞こえた。
そして振り返った咲良と目が合ったとき、周の心臓は大きく跳ねた。