7月20日。
「げ」
山井が突然声を上げだした。
山井の視線の先を見てみると、そこには橋本とその同級生らしき女の人がいた。
「あぁ。」
告白か。そう東峰は直感で理解した。
なんとなく、雰囲気で。
多少の空気感で。
「おまえ、そういうの察せるやつだったんだな。」
「いや、なめすぎだぞ、俺のこと。」
またもまたも東峰が吠えてれば、適当にあしらう。二人の関係ははたから見ればどのような関係だろうか。
「あーうるせぇな、一旦黙れ!!!!聞こえちまうだろうがよ。」
「なにがだよ」
「っばっかいえ、俺達の声だよ!!!聞いてると思われたら恥ずかしすぎんだろ。」
「そういうもんか?」
「そういうもんなの!!!」
「おっ。」
ぶつくさ山井が言ってるうちに、どうやら終わったらしい。
「先輩、なんて返したんだろうな。」
「さぁ?あの人のことだからことわったんじゃね?野球がどうのこうのとか適当な理由つけてさ。」
これだからイケオは、と悪態をつく。
「お前と先輩って仲悪いの?」
「仲とかそう言うんじゃなくて、相性が良くないだけだよ。流石に最低限のチームワークは成立させなきゃだしな。」
そういう次元なのだ。
二人の相性の悪さは。
けれど生憎東峰はそのことに対して微塵も興味がない。
今は眼の前のことで頭がいっぱいだった。
いままで、何度も告白現場に遭遇してきた。
来てみれば告白。聞いてみれば告白。
自分の好きな人が告白される現場をこれでもかと言っていいほど見てきた。
けれど、不思議と嫉妬や、悲しさ、焦り、その他諸々の感情は芽生えてこなかった。
そんな事があったからこそ、自分には付き合いたいとか、特別な関係になりたいとか、そんな感情が皆無なのだと未熟ながら東峰は悟った。
けれど、気になることはやはり気になる。
これでも恋する男なのだから。
「お前の価値観がいまいちよくわかんねぇよ。付き合いたいわけではないけど、先輩が他の人と付き合ったらモヤッとするって。それはさ、付き合わない限りモヤッとはぜったいするくね?無理じゃん。」
「別に付き合うのが嫌ってわけじゃねぇーよ。」
「じゃあなんで付き合わねぇんだよ。」
「だから言った通り...」
「そのいった通りが矛盾してんだよ!!!!」
「まあそんな急かすなって。」
「え、なに!?他にあんの!?」
「お前が聞いてきたんだろ!」
こんな馬鹿な会話のあと、大切な話を話すとは、微塵も思っていないだろう。
いつもの場所、自販機の横であぐらをかきながら。
風が吹くも、熱い風のまま。
そんな中ポツリとこぼされた、「最期」という、この空気感になじまない言葉。
「は..?」
「最期だろ。先輩たちの夏。」
「まぁ、そうだけども。なぜいま。」
暑さにやられたかと、若干本気で心配している山井をよそに、上体を上げて風のように喋りだす。
「先輩はさ、プロに行くんだって。ドラフト候補に入ってるって自慢してきたろ?だから、今のうちにこのポジションをもう腹いっぱいってぐらい噛み締めたいんだよ。」
「すまん、話が飛びすぎてわかんねー。」
「ほら、俺だってプロには行きたい。いや、行く。けどさ、先輩とまたおんなじチームでバッテリーなんて、出来すぎた話だと思わねぇか?運次第だしよ。だったら、今のこの関係を、限界まで続けたい。それが俺の願いだから。」
耳からすっと抜けるように話しているのかと思うほど東峰の言葉は、脳のドアを閉じないと理解できなかった。
「先輩を好きなこと以前に、それを上回る野球バカってことね...。」
「なんか解釈がちがくないか?」
「きのせいだ。」
「お前ら何してんだ、こんなところで。」
「うわぁ!!!!!!」
「でた...。」
「え、ひどくね?」
いつからいたのかわからない。カリスマ性みたいなのが溢れてるのに、へんなところ影が薄く、気付けないことが多々あった。
「い、いったいいつからそこに...」
「さっき」
「さっきとは...。」
「だから、さっき。」
見てみる限り、本当にさっき来たようで、自販機で何かを買っていた。
「ところでさぁ。」
「はい?」
「さっきいたよね?俺のそばに。」
「へ?」
「告白現場、覗き見、聞き耳をたてる。」
つらつらと述べられていく罪に、見るからに嫌そうにした2人。
「いい趣味してんなー、面白いもんじゃねーだろ。」
「「はい。」」
「即答」
先輩への敬意はないのかねぇ、敬意は。
そんなことをぼやいている橋本に、多少めんどくささを感じ始めた山井が東峰に話題をふった。
「そういや、お前。先輩になんか聞きたいことあったんじゃなかったっけ。」
「え!?いや...」
「んだよ、もったいぶらずに言えよ。」
ええっ...
「その、告白ってどうしたんすか...。」
恥ずかしくなったのか顔をしかめ、目線はそっぽ向いたままそう訪ねた東峰。
そんな東峰をみて面白いと思ったのか、大声で笑いはじめる橋本。
東峰の照れポイントがいまいちよくわからない山井。
実にいびつな空間だ。
「そ、そんなにわらうことかよ橋本爽斗ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「いや、ごめんごめん。そんな乙女みたいに。」
未だに余韻が残っている橋本は、若干眼に涙をためていた。
「断ったよ。」
この返事が聞けて満足かというように両手を広げ、言い放った橋本。
「野球があるからって。」
そういった途端、山井は後悔した。
なぜ自分は、この話題を東峰に降ったのだろうか、と。
たちが悪い。
東峰には、東峰自身もしらないくせがある。
諦められない、諦めたくないとき右手を握る癖だ。
しかもご丁寧に聞き手とは違う方を握る。
これは、こいつのことを後ろで守っているのみぞ知っているものだと思う。少なくとも、過半数の人間はその癖を見抜いている。
それは、橋本にも当てはまるだろう。
東峰は気づいていない。
自分の本当の気持ちを。
なぁ、気づいてるか?東峰。お前、その癖が出てたんだよ。告白現場で。
やたら、右手に傷を作ってくるなと思っていた。そのたびに先輩に怒られて、それでも何回も作ってくるもんだから、こいつ無意識なのか?と思い始めて、その癖のことを考えたんだ。でも、意味のわからないタイミングで傷をつけてきたりするから真相にはたどり着けなかったけど。
けど、いまようやくわかったんだ。お前の本当の気持ちに。
けど、それ以外も。
東峰はコントロールされていたのではないかと。
あいつがいままで自分の気持ちに気づかなかった理由。
縛り。
断ったのあとに、野球があるからと言った。
そしたら、下からバッテリーでありたいと思っている東峰の気は、完全に収まるだろう。
あえて、東峰が気持ちを理解しないようにしているとしか思えない。
最悪だ。
少しでも、可能性を与えようとした自分が馬鹿だった。
早くから遠ざけていれば、こいつが。
急にだまりだした山井には気づかず、会話を続けている東峰と橋本。
そんな姿さえも、山井の眼にはおぞましい光景にしか見えない。
これ以上、飲み込ませてはいけない。
その使命感からか、山井は東峰の手を引いてあるき出した。
「次の授業、移動教室だから早く行くぞ。」
「うっそ!!まじで?橋本先輩!また放課後ー!!!」
「前見てないと転ぶぞ。」
引き連れられていく東峰をよそに、山井の威圧に余裕そうな笑みで返す橋本。
温度差は20度あっても良いところだろう。
8月24日。
「って、言ってもう夏は終わり。限界まで来た。それで?どうすんの。」
「よく覚えてんな。」
「当たり前だろ?終わったらなんか行動を起こすかもしれねぇーじゃねーか。」
「そうかな。」
でも、いまでもそういう感情はない。
そう言い切った東峰に、嘘つけと心のなかで悪態をつく山井。
「てかさ」
「てかさ?」
「おれって、癖があるって言われんだよね。先輩たちに。やめろって言われんの。」
そんな周りに迷惑かける癖してる?
「あー。迷惑っていうか、心配かける癖だよ。お前の癖って。お前が、諦めたくないときとか、まだ諦めないぞって言うときに限って、こう、右手を強く握る癖があるんだよ。よく怪我すんなとか言われるだろ?それも多分無意識なうちに癖で作ってるんだよ、たぶんな。」
「ほーん」
しばらく自分の右手を見たあと、口を開いた。
「これって治すべき?」
「ぜひとも直してくれ。」
はーい。
「おれ、売店行ってくる。」
「おー、お茶頼むわ。」
「自分で買えよ!!!!」
「よろしくー」
くっそ、エースさまをこき使いやがって。
そんななか、聞こえてきた声。
あぁ、またか。
甲子園が終わって、更に遭遇する回数が増えたような気がする。
夏休み真っ最中なのに随分と律儀だなと感じる。
必死になる理由。
自分があそこまで必死になることはあるだろうか。
「あれ東峰くん、また癖でてるよ。」
「ええ、あ、ありがとう。」
「程々にしてね。いくら利き手じゃないとはいえ、大事な手なんだから。」
「おう。ありがとな入リー。」
じゃあねとすぐに別れを告げた入リー。
でも、そのたった数秒は俺にとって、絶望でしかなかった。
俺は、先輩と特別な関係になることを望んでいた。
なぜ気づかなかったのだろう。
わかってただろ。
いつも、どこか、心のなかで、先輩も俺と同じ気持ちだったらと。
密かに期待していただろう。
どこか、確信みたいなことを想像していたんだろう?
偶像だということを必死に誤魔化して。
現実に反映させないため。
必死に、必死にやってきたんだろ?
「やっちまったなぁ。」
ただただ、涙が溢れて止まらなかった。
自分の愚かさ、醜さ、強欲さ。
そして、先輩の、無慈悲な優しさ。いや、哀れみなのかもしれない。
「東峰?」
さいあくだ。ここで出会ってしまった。
「どうしたんだよ、なにやってんだ...。」
「...ぃは、」
「ごめん聞こえない。」
「先輩は、なんで俺を振らなかったんですか?」
「...は?」
「俺のこと、自由に振れましたよね。それとも、付き合ってくださいって言ったほうが振りやすかったですか?」
「何いってんだよおま「おれが、うぬぼれてただけだったんですかね。先輩の優しさに。」
「さっきから変だぞ、お前。」
「変。これは俺の本心だ。今気づいたんだ、ようやく、ようやくだ。それと同時に先輩の優しさにも気づいたんだ。」
「お前、一旦落ち着け。」
いいんです。
その言葉が廊下に響いた。
「俺達はもう、バッテリーでも無ければ特別な関係にもなってない。もう、優しくしなくてもいいんだ。」
そういって、東峰はその場で固まっていた。
その場に山井が駆けつけるまで、状況は変わらなかった。
「げ」
山井が突然声を上げだした。
山井の視線の先を見てみると、そこには橋本とその同級生らしき女の人がいた。
「あぁ。」
告白か。そう東峰は直感で理解した。
なんとなく、雰囲気で。
多少の空気感で。
「おまえ、そういうの察せるやつだったんだな。」
「いや、なめすぎだぞ、俺のこと。」
またもまたも東峰が吠えてれば、適当にあしらう。二人の関係ははたから見ればどのような関係だろうか。
「あーうるせぇな、一旦黙れ!!!!聞こえちまうだろうがよ。」
「なにがだよ」
「っばっかいえ、俺達の声だよ!!!聞いてると思われたら恥ずかしすぎんだろ。」
「そういうもんか?」
「そういうもんなの!!!」
「おっ。」
ぶつくさ山井が言ってるうちに、どうやら終わったらしい。
「先輩、なんて返したんだろうな。」
「さぁ?あの人のことだからことわったんじゃね?野球がどうのこうのとか適当な理由つけてさ。」
これだからイケオは、と悪態をつく。
「お前と先輩って仲悪いの?」
「仲とかそう言うんじゃなくて、相性が良くないだけだよ。流石に最低限のチームワークは成立させなきゃだしな。」
そういう次元なのだ。
二人の相性の悪さは。
けれど生憎東峰はそのことに対して微塵も興味がない。
今は眼の前のことで頭がいっぱいだった。
いままで、何度も告白現場に遭遇してきた。
来てみれば告白。聞いてみれば告白。
自分の好きな人が告白される現場をこれでもかと言っていいほど見てきた。
けれど、不思議と嫉妬や、悲しさ、焦り、その他諸々の感情は芽生えてこなかった。
そんな事があったからこそ、自分には付き合いたいとか、特別な関係になりたいとか、そんな感情が皆無なのだと未熟ながら東峰は悟った。
けれど、気になることはやはり気になる。
これでも恋する男なのだから。
「お前の価値観がいまいちよくわかんねぇよ。付き合いたいわけではないけど、先輩が他の人と付き合ったらモヤッとするって。それはさ、付き合わない限りモヤッとはぜったいするくね?無理じゃん。」
「別に付き合うのが嫌ってわけじゃねぇーよ。」
「じゃあなんで付き合わねぇんだよ。」
「だから言った通り...」
「そのいった通りが矛盾してんだよ!!!!」
「まあそんな急かすなって。」
「え、なに!?他にあんの!?」
「お前が聞いてきたんだろ!」
こんな馬鹿な会話のあと、大切な話を話すとは、微塵も思っていないだろう。
いつもの場所、自販機の横であぐらをかきながら。
風が吹くも、熱い風のまま。
そんな中ポツリとこぼされた、「最期」という、この空気感になじまない言葉。
「は..?」
「最期だろ。先輩たちの夏。」
「まぁ、そうだけども。なぜいま。」
暑さにやられたかと、若干本気で心配している山井をよそに、上体を上げて風のように喋りだす。
「先輩はさ、プロに行くんだって。ドラフト候補に入ってるって自慢してきたろ?だから、今のうちにこのポジションをもう腹いっぱいってぐらい噛み締めたいんだよ。」
「すまん、話が飛びすぎてわかんねー。」
「ほら、俺だってプロには行きたい。いや、行く。けどさ、先輩とまたおんなじチームでバッテリーなんて、出来すぎた話だと思わねぇか?運次第だしよ。だったら、今のこの関係を、限界まで続けたい。それが俺の願いだから。」
耳からすっと抜けるように話しているのかと思うほど東峰の言葉は、脳のドアを閉じないと理解できなかった。
「先輩を好きなこと以前に、それを上回る野球バカってことね...。」
「なんか解釈がちがくないか?」
「きのせいだ。」
「お前ら何してんだ、こんなところで。」
「うわぁ!!!!!!」
「でた...。」
「え、ひどくね?」
いつからいたのかわからない。カリスマ性みたいなのが溢れてるのに、へんなところ影が薄く、気付けないことが多々あった。
「い、いったいいつからそこに...」
「さっき」
「さっきとは...。」
「だから、さっき。」
見てみる限り、本当にさっき来たようで、自販機で何かを買っていた。
「ところでさぁ。」
「はい?」
「さっきいたよね?俺のそばに。」
「へ?」
「告白現場、覗き見、聞き耳をたてる。」
つらつらと述べられていく罪に、見るからに嫌そうにした2人。
「いい趣味してんなー、面白いもんじゃねーだろ。」
「「はい。」」
「即答」
先輩への敬意はないのかねぇ、敬意は。
そんなことをぼやいている橋本に、多少めんどくささを感じ始めた山井が東峰に話題をふった。
「そういや、お前。先輩になんか聞きたいことあったんじゃなかったっけ。」
「え!?いや...」
「んだよ、もったいぶらずに言えよ。」
ええっ...
「その、告白ってどうしたんすか...。」
恥ずかしくなったのか顔をしかめ、目線はそっぽ向いたままそう訪ねた東峰。
そんな東峰をみて面白いと思ったのか、大声で笑いはじめる橋本。
東峰の照れポイントがいまいちよくわからない山井。
実にいびつな空間だ。
「そ、そんなにわらうことかよ橋本爽斗ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「いや、ごめんごめん。そんな乙女みたいに。」
未だに余韻が残っている橋本は、若干眼に涙をためていた。
「断ったよ。」
この返事が聞けて満足かというように両手を広げ、言い放った橋本。
「野球があるからって。」
そういった途端、山井は後悔した。
なぜ自分は、この話題を東峰に降ったのだろうか、と。
たちが悪い。
東峰には、東峰自身もしらないくせがある。
諦められない、諦めたくないとき右手を握る癖だ。
しかもご丁寧に聞き手とは違う方を握る。
これは、こいつのことを後ろで守っているのみぞ知っているものだと思う。少なくとも、過半数の人間はその癖を見抜いている。
それは、橋本にも当てはまるだろう。
東峰は気づいていない。
自分の本当の気持ちを。
なぁ、気づいてるか?東峰。お前、その癖が出てたんだよ。告白現場で。
やたら、右手に傷を作ってくるなと思っていた。そのたびに先輩に怒られて、それでも何回も作ってくるもんだから、こいつ無意識なのか?と思い始めて、その癖のことを考えたんだ。でも、意味のわからないタイミングで傷をつけてきたりするから真相にはたどり着けなかったけど。
けど、いまようやくわかったんだ。お前の本当の気持ちに。
けど、それ以外も。
東峰はコントロールされていたのではないかと。
あいつがいままで自分の気持ちに気づかなかった理由。
縛り。
断ったのあとに、野球があるからと言った。
そしたら、下からバッテリーでありたいと思っている東峰の気は、完全に収まるだろう。
あえて、東峰が気持ちを理解しないようにしているとしか思えない。
最悪だ。
少しでも、可能性を与えようとした自分が馬鹿だった。
早くから遠ざけていれば、こいつが。
急にだまりだした山井には気づかず、会話を続けている東峰と橋本。
そんな姿さえも、山井の眼にはおぞましい光景にしか見えない。
これ以上、飲み込ませてはいけない。
その使命感からか、山井は東峰の手を引いてあるき出した。
「次の授業、移動教室だから早く行くぞ。」
「うっそ!!まじで?橋本先輩!また放課後ー!!!」
「前見てないと転ぶぞ。」
引き連れられていく東峰をよそに、山井の威圧に余裕そうな笑みで返す橋本。
温度差は20度あっても良いところだろう。
8月24日。
「って、言ってもう夏は終わり。限界まで来た。それで?どうすんの。」
「よく覚えてんな。」
「当たり前だろ?終わったらなんか行動を起こすかもしれねぇーじゃねーか。」
「そうかな。」
でも、いまでもそういう感情はない。
そう言い切った東峰に、嘘つけと心のなかで悪態をつく山井。
「てかさ」
「てかさ?」
「おれって、癖があるって言われんだよね。先輩たちに。やめろって言われんの。」
そんな周りに迷惑かける癖してる?
「あー。迷惑っていうか、心配かける癖だよ。お前の癖って。お前が、諦めたくないときとか、まだ諦めないぞって言うときに限って、こう、右手を強く握る癖があるんだよ。よく怪我すんなとか言われるだろ?それも多分無意識なうちに癖で作ってるんだよ、たぶんな。」
「ほーん」
しばらく自分の右手を見たあと、口を開いた。
「これって治すべき?」
「ぜひとも直してくれ。」
はーい。
「おれ、売店行ってくる。」
「おー、お茶頼むわ。」
「自分で買えよ!!!!」
「よろしくー」
くっそ、エースさまをこき使いやがって。
そんななか、聞こえてきた声。
あぁ、またか。
甲子園が終わって、更に遭遇する回数が増えたような気がする。
夏休み真っ最中なのに随分と律儀だなと感じる。
必死になる理由。
自分があそこまで必死になることはあるだろうか。
「あれ東峰くん、また癖でてるよ。」
「ええ、あ、ありがとう。」
「程々にしてね。いくら利き手じゃないとはいえ、大事な手なんだから。」
「おう。ありがとな入リー。」
じゃあねとすぐに別れを告げた入リー。
でも、そのたった数秒は俺にとって、絶望でしかなかった。
俺は、先輩と特別な関係になることを望んでいた。
なぜ気づかなかったのだろう。
わかってただろ。
いつも、どこか、心のなかで、先輩も俺と同じ気持ちだったらと。
密かに期待していただろう。
どこか、確信みたいなことを想像していたんだろう?
偶像だということを必死に誤魔化して。
現実に反映させないため。
必死に、必死にやってきたんだろ?
「やっちまったなぁ。」
ただただ、涙が溢れて止まらなかった。
自分の愚かさ、醜さ、強欲さ。
そして、先輩の、無慈悲な優しさ。いや、哀れみなのかもしれない。
「東峰?」
さいあくだ。ここで出会ってしまった。
「どうしたんだよ、なにやってんだ...。」
「...ぃは、」
「ごめん聞こえない。」
「先輩は、なんで俺を振らなかったんですか?」
「...は?」
「俺のこと、自由に振れましたよね。それとも、付き合ってくださいって言ったほうが振りやすかったですか?」
「何いってんだよおま「おれが、うぬぼれてただけだったんですかね。先輩の優しさに。」
「さっきから変だぞ、お前。」
「変。これは俺の本心だ。今気づいたんだ、ようやく、ようやくだ。それと同時に先輩の優しさにも気づいたんだ。」
「お前、一旦落ち着け。」
いいんです。
その言葉が廊下に響いた。
「俺達はもう、バッテリーでも無ければ特別な関係にもなってない。もう、優しくしなくてもいいんだ。」
そういって、東峰はその場で固まっていた。
その場に山井が駆けつけるまで、状況は変わらなかった。