――“それ”は、ある日突然オレの下駄箱の中に入っていた。
* * *
高校1年生の3学期の最終日。
オレはいつものように学校に向かった。
校門を過ぎたあたりで予鈴がなった。
周りにいるやつらは、本鈴に間に合うようにと駆け足でオレを追い越していく。
オレはとくに気にしない。
いつものことだから。
それに、このペースで行けば教室にちょうど着く頃に本鈴が鳴るのも知っている。
人気のなくなった昇降口に到着。
おもむろに下駄箱を開け、その中に手を伸ばした。
そこにあるのはオレの上靴。
しかし、一番初めに指先に触れたのは上靴の布の感触ではなく、なぜだかひんやりとした少し硬いものだった。
「…ん?」
下駄箱の中を覗き込むと、オレの上靴の上に白い封筒が置いてあった。
「なんだこれ?」
手紙を手に取りひっくり返すが、宛名はどこにもない。
中を確認しようと封筒を開けたとき、そこでチャイムが鳴った。
これは、朝礼の始まりを告げる本鈴だ。
いつものペースで行けば間に合うものの、手紙に気を取られていたせいで時間を食った。
オレはその手紙をリュックの中に押し込むと、駆け足で1年2組の教室へと急いだ。
普段と同じように担任がやってきて朝礼をし、そのすぐあとに修了式のため体育館に移動した。
だから、あの手紙のことなんてすっかり忘れていた。
修了式後、新学期に向けての簡単な荷物整理のためにちょっとしたホームルームをしたくらいで、時間がきたらすぐに下校となった。
「このあと、遊びに行ける人ー?」
「「は〜い!」」
この1年2組のメンバーで過ごす最後の日。
どうやら、クラスメイトたちはこのあとみんなで遊びにいくようだ。
団体行動は好きじゃないオレは、ハナから行く気はない。
そもそも、クラスで浮いているオレは誘われないことも知っている。
だから、気が楽だ。
――そう思っていたら。
「ねぇねぇ、矢吹くんもみんなで遊びにいこうよ」
そうオレに声をかけてきたのは、森さんだった。
「い…いや、オレは…」
まさかだれが誘ってくるとも思わなくて、しかもそれが苦手な女子。
どう対応していいのかわからなかった。
「愛奈〜!なにしてるの?」
そこへやってきたのは、高い位置でポニーテールをした女子。
森さんと仲のいい高田さんだ。
「えっとね、矢吹くんもいっしょにって誘ってて」
「あ〜、なるほどね。で、矢吹、行くの?」
「オレは…、このあと――」
「オッケ!用事があるとかで行けないってことね」
オレが最後まで言う前に高田さんが代弁してくれた。
人によっては話の腰を折られたと気を悪くするかもしれないが、女子と話すのが苦手なオレにとっては早々に会話を終わらせてくれてありがたい。
「愛奈、なにしてんだよ〜!矢吹なんて放っといたらいいじゃん。場の雰囲気が暗くなるだけなんだしさ!」
「そうそう!2人とも早く行こ〜!」
今から遊びにいくクラスメイトたちが森さんと高田さんを呼んでいる。
「用事があるなら仕方ないね。じゃあね、高田くん」
「…う、うん」
「もし2年でも同じクラスになったらよろしくね」
そう言って、森さんは高田さんといっしょに教室から出ていった。
こんな見た目が地味なオレにまで気にかけてくれる森さん。
かわいくて社交的な彼女だからこそ、周りの男子の憧れの存在というのには納得。
オレも“普通の男子”だったら、森さんみたいな女子を好きになったりしたのだろうか。
だけど、ずっと前からオレの目に映るのは――1人しかいない。
オレもそろそろ帰ろう。
机の横にかけていたリュックを机の上に置き、そのついでに中から水筒を取り出した。
お茶を飲んでいるとき、ふと横目にリュックの中にある白いものを見つけた。
「…あ、これ」
それは、朝にオレの下駄箱の中に入っていた封筒だった。
そういえば、中身を確認していなかった。
下駄箱に手紙が置いてあるなんて、昔ながらの学園もののドラマでよくある設定。
でも、今時ラブレターなんて書くやつがいるわけな――。
フッと笑いながら中から取り出した便箋に書かれた内容を見て、オレは思わず目を疑った。
【突然の手紙で驚かせてしまったらごめんなさい。
1年1組の椎葉岳です。
連絡先を聞いていなかったので、こうして手紙を書きました。
高校1年の最後の今日、あなたに伝えたいことがあります。
修了式後、中庭で待っています】
ま、まさか…。
これは本当に…ラブレターなのか?
しかも、目を疑ったのは手紙の内容ではない。
差出人が、隣のクラスの椎葉だったからだ。
――椎葉岳。
クラスの人気ムードメーカー…とまではいかないが、1組の盛り上げ役のうちの1人。
得意な科目があるわけでもなく、クラスの立ち位置と同じくらい成績も中の中のいたって普通。
おっちょこちょいで、ちょっぴりビビり。
だけど、だれにでもやさしく、困っている人を放っておけないタイプ。
そんな矢吹のことが――、オレはずっと前から好きだった。
だけど、この気持ちは今まで心に閉まったままだった。
椎葉が知ったって、きっと困るだけだろうから。
そう思っていたら…。
まさかの椎葉から手紙が。
内容からして、たぶん告白――されるんだよな、オレ?
もしかして、椎葉もオレと同じ気持ちだったってことか?
椎葉も、“あのとき”のことを覚えてくれていたのか?
オレは柄にもなくドキドキと高鳴る胸をなんとか落ち着かせて、手紙に書いてある中庭へと駆け足で向かった。
中庭に呼び出すということは、きっとレンガの小道を進んだ先にある小さな噴水のところを指している。
この学校では、定番の告白スポットだ。
近づくにつれて、落ち着かせたはずの胸がまたバクバクと暴れ出す。
…いい加減静かにしろよ。
椎葉に聞こえるだろ。
木々の間から噴水の陰が見えたとき、微かに人の声が聞こえた。
そうっと歩み寄ると、それは椎葉の後ろ姿だった。
その光景に思わず目の奥が熱くなる。
本当に椎葉がいる…。
驚かせないように、オレはゆっくり椎葉に近づいた。
すると、椎葉の体がピクッと反応した。
どうやら、オレの気配に気づいたようだ。
「き…きてくれて、…あ、あ、あ、あ、ありがとう。えっと…、その…、キミをここに呼び出したのは俺の気持ちを伝えたくて…」
緊張しているのか、椎葉は振り返らない。
その空気感が伝わってきて、オレの緊張もピークに達して固唾を呑みながら椎葉の話を聞いていた。
「ずっと前から好きでした!俺と付き合ってください!」
そして、振り返った椎葉が頭を下げて、オレに手を差し出す。
まるで、その手を取ってくれと言わんばかりに。
そのときの多幸感といったら、今までに感じたこともないくらいだった。
…まさか。
まさか、椎葉と想いがひとつになるなんて。
「こんなオレでよければ、喜んで」
そう言って、オレは椎葉の手を取ろうとした。
そのとき――。
「…って、だれ!?!?」
顔上げた椎葉がオレを見て、まるで絵に描いたような驚いた顔をしていた。
同時に、オレに差し出していた手をさっと後ろへ引っ込めた。
その瞬間、さっきまでの多幸感は波が引くように消滅し――。
熱くなっていた想いが一瞬にして冷え切ったのがわかった。
心のどこかでは、やっぱりなにかの間違いなんじゃと思っている部分もあった。
でも、椎葉からの手紙が下駄箱に入っていて、指定された場所に椎葉がいた。
そこで『ずっと前から好きでした』なんて告白されたら――、勘違いだってするって。
「お、お前、なんでこんなところに…」
「なんでって、こんな手紙もらったらフツーはくるだろ?」
平静を装って答えてみたけど、落ち込んでいるのを悟られないように必死だった。
結局、椎葉はオレと森さんとを間違って告白したことがわかった。
ラブレターも、森さんの下駄箱に入れたつもりだったらしい。
…椎葉も、森さんのことが好きだったのか。
椎葉が下駄箱を確認しに行き、1人になった中庭でオレは空を見上げた。
下を向いたら、なにかがこぼれ落ちそうだったから。
やっぱりオレは、片想いがお似合いだな。
それでもオレは、椎葉のことが好きなんだ。
* * *
高校1年生の3学期の最終日。
オレはいつものように学校に向かった。
校門を過ぎたあたりで予鈴がなった。
周りにいるやつらは、本鈴に間に合うようにと駆け足でオレを追い越していく。
オレはとくに気にしない。
いつものことだから。
それに、このペースで行けば教室にちょうど着く頃に本鈴が鳴るのも知っている。
人気のなくなった昇降口に到着。
おもむろに下駄箱を開け、その中に手を伸ばした。
そこにあるのはオレの上靴。
しかし、一番初めに指先に触れたのは上靴の布の感触ではなく、なぜだかひんやりとした少し硬いものだった。
「…ん?」
下駄箱の中を覗き込むと、オレの上靴の上に白い封筒が置いてあった。
「なんだこれ?」
手紙を手に取りひっくり返すが、宛名はどこにもない。
中を確認しようと封筒を開けたとき、そこでチャイムが鳴った。
これは、朝礼の始まりを告げる本鈴だ。
いつものペースで行けば間に合うものの、手紙に気を取られていたせいで時間を食った。
オレはその手紙をリュックの中に押し込むと、駆け足で1年2組の教室へと急いだ。
普段と同じように担任がやってきて朝礼をし、そのすぐあとに修了式のため体育館に移動した。
だから、あの手紙のことなんてすっかり忘れていた。
修了式後、新学期に向けての簡単な荷物整理のためにちょっとしたホームルームをしたくらいで、時間がきたらすぐに下校となった。
「このあと、遊びに行ける人ー?」
「「は〜い!」」
この1年2組のメンバーで過ごす最後の日。
どうやら、クラスメイトたちはこのあとみんなで遊びにいくようだ。
団体行動は好きじゃないオレは、ハナから行く気はない。
そもそも、クラスで浮いているオレは誘われないことも知っている。
だから、気が楽だ。
――そう思っていたら。
「ねぇねぇ、矢吹くんもみんなで遊びにいこうよ」
そうオレに声をかけてきたのは、森さんだった。
「い…いや、オレは…」
まさかだれが誘ってくるとも思わなくて、しかもそれが苦手な女子。
どう対応していいのかわからなかった。
「愛奈〜!なにしてるの?」
そこへやってきたのは、高い位置でポニーテールをした女子。
森さんと仲のいい高田さんだ。
「えっとね、矢吹くんもいっしょにって誘ってて」
「あ〜、なるほどね。で、矢吹、行くの?」
「オレは…、このあと――」
「オッケ!用事があるとかで行けないってことね」
オレが最後まで言う前に高田さんが代弁してくれた。
人によっては話の腰を折られたと気を悪くするかもしれないが、女子と話すのが苦手なオレにとっては早々に会話を終わらせてくれてありがたい。
「愛奈、なにしてんだよ〜!矢吹なんて放っといたらいいじゃん。場の雰囲気が暗くなるだけなんだしさ!」
「そうそう!2人とも早く行こ〜!」
今から遊びにいくクラスメイトたちが森さんと高田さんを呼んでいる。
「用事があるなら仕方ないね。じゃあね、高田くん」
「…う、うん」
「もし2年でも同じクラスになったらよろしくね」
そう言って、森さんは高田さんといっしょに教室から出ていった。
こんな見た目が地味なオレにまで気にかけてくれる森さん。
かわいくて社交的な彼女だからこそ、周りの男子の憧れの存在というのには納得。
オレも“普通の男子”だったら、森さんみたいな女子を好きになったりしたのだろうか。
だけど、ずっと前からオレの目に映るのは――1人しかいない。
オレもそろそろ帰ろう。
机の横にかけていたリュックを机の上に置き、そのついでに中から水筒を取り出した。
お茶を飲んでいるとき、ふと横目にリュックの中にある白いものを見つけた。
「…あ、これ」
それは、朝にオレの下駄箱の中に入っていた封筒だった。
そういえば、中身を確認していなかった。
下駄箱に手紙が置いてあるなんて、昔ながらの学園もののドラマでよくある設定。
でも、今時ラブレターなんて書くやつがいるわけな――。
フッと笑いながら中から取り出した便箋に書かれた内容を見て、オレは思わず目を疑った。
【突然の手紙で驚かせてしまったらごめんなさい。
1年1組の椎葉岳です。
連絡先を聞いていなかったので、こうして手紙を書きました。
高校1年の最後の今日、あなたに伝えたいことがあります。
修了式後、中庭で待っています】
ま、まさか…。
これは本当に…ラブレターなのか?
しかも、目を疑ったのは手紙の内容ではない。
差出人が、隣のクラスの椎葉だったからだ。
――椎葉岳。
クラスの人気ムードメーカー…とまではいかないが、1組の盛り上げ役のうちの1人。
得意な科目があるわけでもなく、クラスの立ち位置と同じくらい成績も中の中のいたって普通。
おっちょこちょいで、ちょっぴりビビり。
だけど、だれにでもやさしく、困っている人を放っておけないタイプ。
そんな矢吹のことが――、オレはずっと前から好きだった。
だけど、この気持ちは今まで心に閉まったままだった。
椎葉が知ったって、きっと困るだけだろうから。
そう思っていたら…。
まさかの椎葉から手紙が。
内容からして、たぶん告白――されるんだよな、オレ?
もしかして、椎葉もオレと同じ気持ちだったってことか?
椎葉も、“あのとき”のことを覚えてくれていたのか?
オレは柄にもなくドキドキと高鳴る胸をなんとか落ち着かせて、手紙に書いてある中庭へと駆け足で向かった。
中庭に呼び出すということは、きっとレンガの小道を進んだ先にある小さな噴水のところを指している。
この学校では、定番の告白スポットだ。
近づくにつれて、落ち着かせたはずの胸がまたバクバクと暴れ出す。
…いい加減静かにしろよ。
椎葉に聞こえるだろ。
木々の間から噴水の陰が見えたとき、微かに人の声が聞こえた。
そうっと歩み寄ると、それは椎葉の後ろ姿だった。
その光景に思わず目の奥が熱くなる。
本当に椎葉がいる…。
驚かせないように、オレはゆっくり椎葉に近づいた。
すると、椎葉の体がピクッと反応した。
どうやら、オレの気配に気づいたようだ。
「き…きてくれて、…あ、あ、あ、あ、ありがとう。えっと…、その…、キミをここに呼び出したのは俺の気持ちを伝えたくて…」
緊張しているのか、椎葉は振り返らない。
その空気感が伝わってきて、オレの緊張もピークに達して固唾を呑みながら椎葉の話を聞いていた。
「ずっと前から好きでした!俺と付き合ってください!」
そして、振り返った椎葉が頭を下げて、オレに手を差し出す。
まるで、その手を取ってくれと言わんばかりに。
そのときの多幸感といったら、今までに感じたこともないくらいだった。
…まさか。
まさか、椎葉と想いがひとつになるなんて。
「こんなオレでよければ、喜んで」
そう言って、オレは椎葉の手を取ろうとした。
そのとき――。
「…って、だれ!?!?」
顔上げた椎葉がオレを見て、まるで絵に描いたような驚いた顔をしていた。
同時に、オレに差し出していた手をさっと後ろへ引っ込めた。
その瞬間、さっきまでの多幸感は波が引くように消滅し――。
熱くなっていた想いが一瞬にして冷え切ったのがわかった。
心のどこかでは、やっぱりなにかの間違いなんじゃと思っている部分もあった。
でも、椎葉からの手紙が下駄箱に入っていて、指定された場所に椎葉がいた。
そこで『ずっと前から好きでした』なんて告白されたら――、勘違いだってするって。
「お、お前、なんでこんなところに…」
「なんでって、こんな手紙もらったらフツーはくるだろ?」
平静を装って答えてみたけど、落ち込んでいるのを悟られないように必死だった。
結局、椎葉はオレと森さんとを間違って告白したことがわかった。
ラブレターも、森さんの下駄箱に入れたつもりだったらしい。
…椎葉も、森さんのことが好きだったのか。
椎葉が下駄箱を確認しに行き、1人になった中庭でオレは空を見上げた。
下を向いたら、なにかがこぼれ落ちそうだったから。
やっぱりオレは、片想いがお似合いだな。
それでもオレは、椎葉のことが好きなんだ。