僕、オスカー・ミエーダの妹ルシアは貴族らしい貴族だった。

 政界のバランスを察して、グレーであった方が良いことはグレーにした。
 しかし、少し前からルシアは白黒はっきりさせるストレートな性格になった。

 僕には、ルシアの変化の原因を彼女が長年我慢してきたからだと思った。
 10年前、彼女は王族にしか現れない火の魔力を持っていることに気がつき僕に相談してきた。

 僕は直ぐにルシアは父ケント・ミエーダの子ではなく、カイロス・スグラ国王の子だと思った。
 2種類の魔力を持つ子はたまに生まれても、火の魔力だけは王族特有のものだ。

 母セリーナとカイロス国王は元は恋人同士だったのは有名な話だ。

 しかし、カイロス国王はマリナ国との友好関係を築くために、マリナ国のエミリアン王女と結婚した。
 そして、傷心の母を慰め結婚したのが僕の父であるケント・ミエーダ侯爵だ。

 そういった男女の複雑な事情など、7歳のルシアには理解できないと思った。
 だから、彼女には「火の魔力を使うと家族がバラバラになる」とだけ伝えた。
 それから、今日まで彼女が火の魔力を使うことはなかった。

 ミエーダ侯爵邸に戻ると、既に闘技場で起きた情報は早馬で伝わっているようだった。
 母上がテーブルに突っ伏して泣いていて、父上が彼女の銀髪をを撫でている。
 
「お母様、泣くよりも先にやるべき事があるのではないですか?」

 ルシアの予想外の冷ややかな言葉に、父も母も彼女の顔を見た。
 彼女は心底軽蔑するような目を母に向けていた。

「私、こんなことになるなんて⋯⋯」
 母上は息を詰まらせながら再び顔を伏せて泣き続け、彼女に惚れ込んでいる父上は寄り添っている。

「不貞行為も、托卵したこともバレないと思ってましたか? 謝罪も出来ない程、常識がないのですか?」

 ルシアが冷たく発した言葉は空気を凍らせた。

「ルシア、親に向かってなんてことを!」

 父上がルシアの頬を叩く。

 この時になって初めて、僕はルシアは間違ったことを言っていないことに気がついた。
 母上は父上が自分に惚れているのを良いことに、泣いて済まそうとしている。
 
 彼女はルシアが生まれた時に、カイロス・スグラ国王の子である可能性に気が付いていたはずだ。

 それなのにルシアとミカエル王太子の婚約が決まった時も意義を唱えなかった。
 自分の身を守るために、本当は姉と弟である2人の縁談話も通してしまった。

 「私が銀髪に薄紫色の瞳を生まれた時は安心したでしょう。赤い瞳を持って生まれたら、ちゃんと真実を話してくれましたか?」

 ルシアは父上にたたかれた赤い頬を、気にもとめず続けた。
 凛としたその姿に僕は鳥肌がたった。

 カイロス・スグラ国王は赤髪に赤い瞳をしている。
 ルシアは銀髪に薄紫色の瞳をした国一番の美女と言われる母上にそっくりだ。
 彼女が母上に似ているから、うまく誤魔化してきたようなものだ。
 
 もしかしたら、闘技場で自分が火の魔力を使ったのもわざとかもしれない。

「父上⋯⋯いくら母上に惚れ込んでいても、ルシアを責めるのは間違ってますよ。母上⋯⋯あなたの行動はルシアを辱めています。ルシアは腹違いの弟と結婚するかもしれなかったのですよ」

 僕はその真実にルシアとミカエル王太子が婚約した時から気がついていたはずだ。

 それなのに、ミエーダ侯爵家の円満と家の評判の為にルシアに口止めした。
 全ての澱みを背負うのは彼女なのに本当にひどい兄だ。

「いや、でも無理やりだったんだろ? カイロス国王陛下に⋯⋯」
「あなた⋯⋯ごめんなさい⋯⋯私、やっぱり陛下への気持ちが抑えきれなくて⋯⋯」
 母上が観念したように言った言葉に父上が崩れ去った。

「許すよ⋯⋯それでも私は君を愛している」
 父上は膝をつきながら、母上に手を伸ばした。

「何を言っているんですか? そういう話じゃないですよ。不貞行為の罪を娘に負わせたことに何も感じないのですか? 私は先程なぜ叩かれたのですか?」
 ルシアは多くの矛盾を飲み込んできた子だったのに、今はそれを許さない。

 彼女の言う通り1番の被害者はルシアで、叩いた父上も欺いてきた母上も彼女に謝るべきだ。
 しかし、親が子に謝るのは難しいことなのか2人とも沈黙している。

 その時、執事が来客を告げた。

「ミカエル王太子殿下がいらっしゃってます」
「ミカエル・スグラ王太子殿下に、ケント・ミエーダがお目にかかります」 
 突然現れたミカエル王太子に、父上が慌てたように立ち上がり挨拶をする。
 その姿は微かに微笑みを浮かべ、背筋が伸びていて実に貴族らしい。

 娘には上から言うことを聞かせ、惚れ込んだ女には跪き、権力者の前では何事もなかったように振る舞う。

 父上はスグラ王国の宰相で、ミエーダ侯爵家は誰からも尊敬される貴族のお手本のような家紋と言われている。

 それなのに、今の彼はなんだか情けない男に見えた。

「ミエーダ侯爵。国王陛下が、正式にルシアを王族と認めた。今日から彼女には王宮で暮らしてもらう」

 凛とした声でミカエル王太子が告げた言葉に、父上はルシアを差し出した。

「私は今日から王宮に行きますが、お父様もお母様も何か言う事はないですか?」
 ルシアの言葉に父上も母上も黙って俯いた。

 彼らも彼女の言うことが正しいことは分かっているのだ。
 それでも、彼女に謝罪すらできない。

「貴族のお手本とも言われるミエーダ侯爵家はこの程度ですか。結婚をしているのに他の男に平気で股を開き、その事実を隠す母親。妻にベタ惚れで全てを許し、子の心にも寄り添えない父親。こんな親いりません。2度と私の親みたいな顔をして表に出てこないでください」

 ルシアのナイフのような言葉に、その場は静寂した。

 彼女の言っていることは全て正しい。
 しかし、正しさに目を瞑って今の平穏な日々を守るのがルシアだった。

 ミカエル王太子もいつもと違うルシアのことを心配そうに見つめている。

「ミカエル、行きましょう。今日から私は王宮暮らしなのですよね。案内してください」
「ルシア⋯⋯なんでも言って、僕はいつだって君の味方だから」

 ミカエル王太子がルシアを連れて出て行った。
 彼は本当に女性として彼女を愛していたと思う。
 そんなルシアが実は腹違いの姉だったなんて、彼自身も辛いだろう。

「うぅー」
 ルシアが出て行った後に、再び突っ伏して泣き出した母上を可哀想とは思わなかった。
 母上はルシアの言う通り謝罪も説明もせず、泣いてごまかす狡い女だ。

「母上⋯⋯母と呼びたくないくらい心より軽蔑します。父上⋯⋯そんな彼女を咎められないあなたのことも軽蔑します。何も悪くないのに1番傷ついているルシアに寄り添えなかった僕も同罪です」

 火の魔力が目覚めてから、10年間ルシアがどれだけ悩み傷ついてきたのか。
 僕はその気持ちを考えるだけで、胸が張り裂けそうになった。
 大切なたった1人の妹に寄り添えなかった償いをしていきたい。