アカデミーのクラスから王宮に帰ろうとすると、アルベルト様の声がして振り返った。

「ルシア、今日は僕の部屋で一緒に勉強しない? 学年1位の君から勉強を教わりたいんだ」

 彼の海色の瞳を見つめていると、ネイエス王太子を思い出す。
結局アルベルト様にときめいていたのも、想い人のネイエスに似ている瞳にドキドキしただけだろう。

 でも、他国の王子から誘われて、断って良いものか分からなかった。
放課後、私は彼の部屋である寮の特別室で勉強をしていた。

「え? もう、この問題解けたの?」
「数学は、解き方が思いつくかどうかです。今回は思いついたので、もう解けました。アルベルト様はこの問題が思いつかないからといって自信を無くさないでください」

 アルベルト様は問題が解けなかったのが、そんなに悔しかったのだろうか。
顔が真っ赤になり、唇が震えている。

「この問題が解けないから、頭が悪い訳ではありませんよ。私も当たりが悪ければ解き方がいつまでも分からない問題があります」

「ルシア⋯⋯君こそ解き方が分からない難問だな⋯⋯僕のこと好きなただの女だったんじゃないのか?」

 なんだか、小っ恥ずかしいセリフをアルベルト様が言っている。
それでも、ネイエス同様アルベルト様にもスグラ王国の男にはない色気があって、寒気のする言葉を言っても許される雰囲気があった。

「アルベルト様⋯⋯男女の恋愛などくだらないです。なぜ、王位継承権を放棄されてスグラ王国に来たのですか? 本当にお兄様が君主に相応しい人格者だと思っているのですか? それとも、ただ王位継承権争いが嫌で逃げ出して来たのですか?」

 私はおそらくアルベルト様の地雷を踏んだのであろう。
 言いたい事を飲み込むと自分のストレスが溜まり、思ったままを口にすると誰かを傷つける。

 私は赤いベロアのソファーに押し倒されていた。

「顔と体しか取り柄のない馬鹿女が、王太子になったからって偉そうにしやがって!」
 私は今アルベルト様の本当の顔を見た気がした。

 彼は大人っぽくて色気のある見た目はネイエスと似ている。
 でも、本当の彼は余裕なんてなくて、図星を突かれると怒りを抑えられない子供だ。

「私に顔と体という取り柄があるなんて素晴らしいですわ。初期設定でそれだけアドバンテージがあるという事ですもの。アルベルト様の取り柄は責任から逃げる逃げ足の速さですか?」
 
 私が海外生活で得たのは異常なまでの気の強さだった。

 時にはストレートな物言いで他人を傷つけても、日本にいた頃のように自分が我慢していたら舐められるだけだ。
 言いすぎた自覚はあったが、アルベルト様も私に対して相当無礼な事を言っている。

 ローラン王国は男尊女卑が酷い国だと聞いた。
現在、ローラン王国のトップが女性なのに、その傾向は変わらないようだ。
ネイエス王太子も、アルベルト様も明らかに女など力で捩じ伏せれば良いと思っているのが分かる。


 私の言葉がよっぽど許せなかったのか、アルベルト様が手を振り上げた。
(嘘でしょ! 暴力まで振るう人だったの)

 私が思わず目を瞑ると、冷たい何かが頬にかっかった。
(アルベルト様⋯⋯泣いてる?)