「イザベラ、サイラスお兄様の戴冠式と同時にルイ国の国民は皆あなたを王妃としてみるわ。だって、5年なんて待ちきれないじゃない。イザベラは素晴らしい子だもの」

レイラ王女の声が遠くに聞こえる。

私のどこが素晴らしいのか、普通のこともできなくて友達も作れない。

「私の卒業式でイザベラが在校生代表として送辞を務めた時も、泣き出す子がいるくらいみんなの心に届く話をイザベラはしたの。イザベラはいつも原稿もなしに話し出すのよ。資源にも地理的にも恵まれないルイ国の最大の財産は人材だと言ったのよ。アカデミーの子達はみんな気が引き締まったと思うわ」
レイラ王女は私を褒めてくれているのに、私は原稿も用意ができないと責められている気になってくる。

ルイ国の人材が財産という話をした覚えはない。
私はただサイラス様にまた会いたいと公の場で、彼だけにメッセージを送ったつもりだった。
卒業生を送る代表の言葉としては、決して褒められる言動ではなかっただろう。

「エドワード、レイラ王女失礼します。イザベラは連日私のサポートで体調を崩すほど疲れています。あとはお2人でこの場をお楽しみください」
ルブリス王子殿下がそう言ったかと思うと、彼は私の手を引き馬車まで連れて行った。

♢♢♢

「イザベラ、大丈夫か? レイラ王女とは意地悪な女だな。彼女はイザベラを気に入っているようにみえて、イザベラを弄んで反応を楽しんでいる気がした。サイラス王太子殿下が不安にしているとか勝手なことを言って、イザベラを心配させようとして不愉快だったな。彼は国宝を持ち出してイザベラにプレゼントしてくるくらい元気なのだから、不安に思うことはないと思うぞ」

馬車に乗るなり、ルブリス王子殿下が心配そうに私を見つめてくる。

「レイラ王女は良い人ですよ。ルブリス王子殿下、また世界中が敵のような気持ちになっていませんか?」

「なってない。私にはイザベラがいる」

ルブリス王子は私に触ろうとするのをずっと抑えていたのに、今になって私の手に自分の手を置いてくる。
その行動が彼の欲望に従ったものでも懐柔しようとしているわけでもなく、私の心情に寄り添ってくれているものだと分かるので私は彼の手が振り払えない。

彼の思いやりを少しでも吸い取ろうと、手のひらから伝わる温もりを感じ取ることに集中する。

「私はルブリス王子殿下を傷つける目的の会だったと思いました。私が浅はかなあまり、殿下を巻き込んでしまって申し訳ございません。でも、エドワード王子とレイラ王女の関係性はとても良いと思いました。二人ともアイコンタクトをとるだけで通じ合っていて、ベタベタしていません。互いに尊重し合っている姿勢は、国民からも支持されるのではないでしょうか」

エドワード王子とレイラ王女の並んでいる姿は、オーラがあって国王と王妃になる貫禄があった。


「イザベラ、私は全く傷ついていない。私にとってイザベラ以外の他者の考えなど、どうでも良い。ただ、イザベラが傷つくと嫌だし、この世に私にとって女は、イザベラだけだと思う。国王になっても、イザベラ以外の女を抱きたいとは思わない。きっと後継ぎが残せなくて非難されるだろうな」

「後継を親戚から連れてくれば良いだけの話ですよ。それよりもレイラ王女を援軍に迎えたエドワード王子には勝てません。レイラ王女は本当に凄い方なのです。エドワード王子は伝説の宝剣を手に入れたようなものです」

エドワード王子は劣勢になりかけて、レイラ王女を呼んだのだろう。
レイラ王女はルイ国の女王になってもおかしくない、決して手の届かない憧れの女性だ。

「私にもイザベラがいるじゃないか」
私のようなコミュ障をあてにしてしまっているルブリス王子が心配になる。
「私は道端に落ちている小枝です」

「小枝を抱きしめて、一晩中眠るのが私の夢だ」
ルブリス王子は結構ポエミーなところがある。

やはり絶望を知ると、悟ったようなポエムが頭を駆け巡るのだろう。
私も前世で学校にいけなくなった時は、悟ったようにポエムを頭の中で読んでいた。

「あの辺りに小枝がたくさん落ちているので、是非とってきてくださいルブリス王子殿。」

私はルブリス王子に笑って欲しくて、馬車の外を指差しながら冗談を言った。
ルブリス王子殿下には、この4ヶ月私もカールも失礼なことを言ったりしてしまうこともあった。
その間、殿下が怒ったりしたことは一度もない。

だから、黒髪で同年代の男の子であっても殿下に対する恐怖心は全くなくなっていた。


「イザベラ、君、意味がわかっていて言っているだろう」
ルブリス王子も声を出して笑い始める。

「ふふ、でもカールがいます。カールは伝説の宝剣でも破れない盾になってくれますよ」
カールは本当にすごい子だ。

守ろうと思ったものは、とことん守ってくれる。
私はそんな彼の気持ちに甘えて、たくさん守られてきた。

「盾だけじゃ、戦えないだろう」
ルブリス王子は何もわかっていない、カールは剣も集められるのだ。

「カールは100本の剣にもなります」

「私の腕は2本なので100本の剣は持てないぞ。イザベラ、お前本当は王妃になりたくないんじゃないのか?王妃という言葉が出たら不安そうな顔をしていたぞ」

私は自分の声には出せない気持ちを突かれて、一瞬心臓が止まった。
「バレてしまいましたか。実は人前で話したりするのが苦手で、王妃は一番向いていない職業だと思っています」

ルブリス王子の言う通りだ、私は王妃になるのが怖い。
場違いな言動や、不用意な行動でサイラス様にたくさん迷惑を掛けてしまう気がする。

でも、大好きなサイラス様の側にいるために王妃にならなければならないのなら、王妃になりストレスで禿げても良いと思っている。