「疲れているのは、イザベラだって同じはずです。ルブリス王子殿下と夜通し語り明かしていたのですから」

サイラス様の言葉に、言いようのない罪悪感が込み上げてくる。

私は何をしているのだろう、大切な人を差し置いて他の男を助けようとしている。
ルブリス王子殿下に絶望の中死んだ綾を見ただけだ。

「サイラス様、好きです」
私は大した語彙力もない人間で、コミュニケーション能力も欠如している。

だから、何を言っていいか分からなくて思い浮かぶ言葉を吐くしかない。
「サイラス様を愛しています」

「イザベラ、そんな目で、そんな言葉を言って私を思うがままに操る気ですか?本音を言うと、ルブリス王子にはこのまま滅んで欲しいです。でも、イザベラが守りたいというなら彼を支援します。あなたになら操られたいです。イザベラも寝不足ですよね、今日は私の膝枕で寝かしつけましょう」

応接室のソファーで私はまるで横たわるような形でサイラス様の膝の上に寝かされた。
見上げれば彼の美しい瞳に真っ赤な顔をした私が映っている。

「このような状態では眠れません」
私は緊張で頭がパニックになり叫んだ。

「では、お部屋までお送り致しましょうか」
サイラス様が私の膝裏に手を入れてきて、体がふわっと持ち上がる。

お姫様抱っこをされて部屋まで連れて行かれるのだろう。
流石に恥ずかしくて、彼の首に手を回し顔を伏せる。


「サイラス王太子殿下、娘を大切にしてくれているようで非常に感謝しております」
突然、ライト公爵の声がして顔をあげた。

「イザベラとの婚約話ですが、すぐにでも進めましょう。明日にでも娘をルイ国に連れて行ってください」
ライト公爵がサイラス様に媚びるように話す姿に私は失望した。

フローラを国外追放に追いやると言った時の彼は父親の顔をしていた。
しかし、今は欲にまみれて平気で娘を売り渡しそうな顔をしている。

「お父様、ルブリス王子殿下との婚約が解消されても、すぐに他の方と婚約するような節操のない行動はできません」

「ルブリス王子殿下の卒業パーティーでのしでかしを考えれば、お前の救世主になったサイラス王太子殿下との婚約は受け入れられるだろう。お前は私の言うとおりにしていれば、幸せになれるのだから黙ってなさい」

「黙りません。毎日のようにルブリス王子殿下の機嫌をとるように言っていたのに、今度はサイラス王太子殿下の機嫌をとるように私に言うつもりですか?私は人の機嫌をとるようなコミュニケーション能力を持ち合わせておりません。私には何の期待もしないでください」

「サイラス王太子殿下、娘は色々なことがあり疲れているようです。今日は王太子殿下も公爵邸にお泊りください。娘も王太子殿下が側にいてくれれば心が安定するでしょう」
私はライト公爵の言葉に恥ずかしくなった。

昨日の、今日で真逆な言葉を放つ彼をサイラス様はどう思われるのだろう。
誰もが好きになりそうな彼が私を好きだと言ってくれているのに、言うことも聞かず他の男の支えになりたいなどという私は捨てられてしまうのではないだろうか。
私は不安でサイラス様の表情を見るのが怖くなって顔を伏せた。

「今日はお言葉に甘えさせていただきライト公爵邸に泊らせて頂きます。すぐにでもイザベラとの婚約を結びたいので、ライト公爵は明日私と共にルイ国に向かって頂けますでしょうか?イザベラは愛国心の強い方です。ライ国の環境整備のためにしばらくはライ国に留まりたいそうです。私はいつでも彼女が受け入れられるようルイ国で準備を整えたいと思っています」
頭の上から優しいサイラス様の声がする。
私のささくれた心を癒すかのような温かさを持つ声にホッとすると眠気が襲ってきた。

♢♢♢

私が目を開けると、目の前に美しい銀髪に青い瞳をした青年がいた。
私が愛してやまないサイラス様だ。

「イザベラ、おはようございます。今から私はルイ国に戻ります」
私は自分が彼にルイ国に戻るように言ったのに、一気に不安が襲ってきた。


「私以外の人を好きにならないでください。」
気が付くと自分勝手なことを呟いていて、自分で驚いてしまう。

「イザベラ、あなた以外の女性を好きになるなど、天地がひっくり返るより不可能なことですよ。やっとあなたをルイ国に無理やり連れて行かず、待つ決心がついたのにそんなことを言ってくるなんて酷いです。私は10歳のあなたを誘拐した前科があるのを忘れてしまったのですか?」

「忘れていません。サイラス様、5年前、誘拐してくれてありがとうございます。必ず、私もルイ国に行きます」
私はそういうと、初めて自分からサイラス様に口づけをした。