「サイラス様、こちらを宜しければ受け取ってください」
狩猟大会の前夜、遅くまで仕事をしているサイラス様の執務室に出向いた。
ハンカチを作ったので渡しに行こうと思ったのだ。

「イザベラ、これは一体、何枚あるのですか?」
箱を開けたサイラス様は珍しく驚いたような顔になった。

「頂いた布で、200枚ほど作れました」
ハンカチを作りたいと言ったら、布をたくさん頂けたのだ。

「全てのハンカチに王家の紋章と私のイニシャルが入ってますね。とても丁寧な刺繍です。いつの間にこのようなものを作っていたのですか?私のために大変だったでしょう。授業に、勉強に忙しくしていたように見えましたが」

サイラス様が褒めてくれるので、刺繍が得意で良かったと心から思った。

「暇さえあれば、無心で針を刺していたので、全く大変ではないので心配なさらないでください」

私は前世でも刺繍をしている時は無心になれたので、何にでも色々な刺繍をしていた。

「無心で針を刺していたのですか?」

「いえ、1枚目の10針くらいは、いつもお世話になっている思いを込めてました」
私はどれが1枚目かわからず、しどろもどろになってしまう。

「ふふ、ありがとうございます。とても嬉しいです。一生分のハンカチを頂きました。私の側に一生いたいという意味と受け取って良いのですよね」

「明日が狩猟大会だと聞いたので、ハンカチをプレゼントしたのですが。私は一生サイラス様の側にいたいと思っています」

「イザベラに私を好きだと言って欲しいと思っていましたが、同じくらい嬉しい言葉を頂きましたました。私は今年は狩猟大会に出る気はなかったのですが、イザベラに獲物をプレゼントしたいので出てみましょうか」

「私は、動物の死骸が怖いので獲物はいらないです。狩猟大会出場予定がないのでしたら、予定通り過ごしてくださればと思います。昨年までは出ていたのに、今年は出ないと決めたのは私のせいで忙しくなっているせいですか?」
私は前世で机に虫の死骸が入れられていたトラウマが蘇り、おかしなことを言ってしまった。

「イザベラのことで忙しくなるのは大歓迎です。狩猟大会では好意のある未婚の貴族令嬢に獲物をあげたりするのが通例なのです。昨年までは獲物を捧げて令嬢に勘違いされても嫌なので、母上に獲物を捧げてました。今年はイザベラに獲物を捧げたいと思っていても、私があなたにあげることは叶いません。母上にあげる気も起きなくて、欠席しようと思ったのです」

「サイラス様は割と通例を破るアウトローなタイプなのですね。周りの方はサイラス様を良識的で、私を連れてきたことにも何か考えがあると思っているそうです」

「アウトローとはイザベラの世界の言葉ですか?」

「あ、あのライ国の言葉です。」

「そのような言葉はライ国にはありませんよ」
私はサイラス様がライ国に留学経験があるのを思い出した。

「異世界の言葉を使ってしまったら、ライ国の言葉だと言い訳するように言われましたか?ライアンもララアもイザベラを信頼しているから、あなたが異世界から来たと話せば信用すると思います。2人の内イザベラにアドバイスしてくるようなのは、ライアンですね。私には相談できないようなことがありましたか?」

サイラス様の口調から、やはり異世界のことは私と彼の秘密にしておきたかったのだと感じた。

「話の流れでライアン王子殿下に、私が異世界から来たことを話しました。でも、私の情けないところも苦しみも知って欲しいと思っているのはサイラス様だけです」

「イザベラ、慰めてくれているのですね。私はライアンに嫉妬している部分がある気がします。だけれども、イザベラが200枚もハンカチを作って一生いたいと言ってくれるのは私だけだと知っています。イザベラが虐められてたり、苦しんだ過去は情けなくなんかありませんよ。イザベラは辛い経験をしているからこそ、深く思いやりがあるのだと思います。私は、今もイザベラが前世のことで苦しんでいることを知っています。その支えになるのは私でありたいと思っています」

私に指を絡めながら言ってくる、サイラス様に私は緊張してしまう。
なんだか良い雰囲気になって心臓の鼓動がうるさい。

その時、一瞬でそのような雰囲気を破るような慌てたノック音がした。

「サイラス王太子殿下、ライ国よりライト公爵がお見えです。イザベラ様もご一緒に至急来てください」
私を連れ戻しに来たのだろうかと不安になる私の手を、サイラス様は握ってくれた。