「おはようございます。イザベラ様」

「ご機嫌よう、イザベラ様」
ララアと教室に入ると、周りが一斉に私を見た。

この視線が敵意ではないと分かっていても、中学時代、私が登校してくると一斉にみんなが自分を見たのと同じで一気に吐き気がする。
私は彼らにとって他国の次期王妃なのだから、虐めてくるはずがないと心では分かっているのにどうにもならない。

「イザベラ、顔が真っ青だよ。外、行こうか」
私の隣にいるララアが耳元で囁いてくる。

「いえ、ご心配おかけして申し訳ございません。席につきましょう」
ララアが心配そうに見ているが、私は目に力をいれ大丈夫だとアピールした。




その時、教室の後ろの扉が開く音がして、周りが騒ぎ出した。

「ライアン王子殿下、いかがなさいましたか?」
1人の生徒が言った声に振り向くと、ライアン王子殿下が教室に入ってきて私の元まで来た。

「イザベラ様、今日は3年生の教室を見学しましょう。イザベラ様は3年生になる時はライ国に戻ります。3年生のルイ国のアカデミーの授業は特殊なのです。一度、是非ライ国の次期王妃としてご見学くだささい」

ライアン王子が私にはっきりした大きな声で言うのは、周りに聞かせるためだろう。
私がストレスで嘔吐したことにも彼は気がついていたらしいので、助けに来てくれたのかもしれない。
とりあえず、ここで彼の好意を無視するのは失礼にあたるだろう。

「はい、よろしくお願いします。ライアン王子殿下」
彼がエスコートしようと差し出してきた手に私は手を重ねて教室を出た。

「3年生の教室は2階です。階段を上がりますので、気をつけてください」

私は本当に3年生の教室に行くことが分かり、緊張してきてしまった。
彼はよく細かいことを察してくれるので、外に一時避難させてくれると思っていたのだ。

そのような期待を自分がしていたことに、気がつくと少し吐き気が引いた。
中学時代とは違う、ここでは私に手を差し伸べてくれる人がいることを既に私は知っている。

「私、そこまで具合悪そうに見えますか? 流石に階段は上がれますよ」

「悪そうに見えましたけれど、少し回復しましたね。アカデミーに通うくらいの年代の子が苦手だとおっしゃっていたではないですか。一度、3年生の教室に来てください。可哀想なことに既におじさんみたいな見た目の学生もいます。1年生の教室にいるより嫌な記憶が蘇らないかもしれません」

「お気を遣って頂きありがとうございます」

「イザベラ様、私の願いを2つ聞いてください。1つはクラスにいるエリス・ギータ侯爵令嬢の弱みを見つけてください。昨日、話した一匹狼の女性です。彼女は兄上の婚約者候補なのですが、叩いても埃が出ません。彼女は次期王妃として選出されながら、「残念ライアン王子と結婚してください」となっても文句さえ言わなそうな感情を感じない人です。でも、彼女の父親のギータ侯爵は、そのような事態になれば絶対うるさく抗議してきます」

「ライアン王子殿下は、彼女と結婚することは嫌だと思っていないのですね。もう、1つのお願いは何ですか?」

「ギータ侯爵令嬢は邪魔になりそうもない女性なので、結婚相手としては合格です。しかし、彼女の父親のギータ侯爵は一人娘の彼女を大事にしているので、次期王妃に選出された娘が私と婚約するとなったら納得しないでしょう。イザベラ様の観察眼に期待しています。私はあなたは優れた観察眼を持つ女性だと思っています。それから、もう1つのお願いは、もうすぐ狩猟大会があります。兄上に王家の家紋とイニシャルの入ったハンカチをプレゼントしてください。昨夜から、兄上の私に対して当たりがキツイです。おそらく私があなたと接触したことで、無自覚に嫉妬しているのでしょう。イザベラ様がハンカチをプレゼントすれば、機嫌がなおるかもしれません」

「ハンカチをプレゼントすると言うことは、好意を伝えることになるのですよね。他国に婚約者がいる私がそのようなことをして、問題にはなりませんか?」

なんだか前世のバレンタインデーのようだと思った。
サイラス様に好きだと伝えるのは難しいけれど、ハンカチを渡すことで想いを伝える手段があるなら私もやってみたい。

「みんなが見ている前でプレゼントしたら大問題になります。もちろん、狩猟大会の前日に王宮で2人きりの時にプレゼントしてください。では、教室に入りますよ」
3年生の教室の前に来て、一気に緊張してくる。

「皆様、今日はライ国の次期王妃になられるイザベラ・ライト公爵令嬢が3年生の教室をご見学されます。ルイ国の貴族として恥じぬ姿をお見せください」
教室に入ると1年生の教室とは全く違う形態であることに驚いた。

会議室のような形式に机と椅子が配置してある。
きっと、これからディベートのようなものをするのだろう。

「エリス・ギータと申します。イザベラ様、席までご案内します」
緑色のショートカットの髪に緑色の瞳をしたギータ侯爵令嬢は、前世にはいない見た目でいかにも異世界の人だった。
一匹狼だと聞いていて、教室の端で黄昏ているような女性を想像していた。

しかし、彼女は明らかに周りから一目置かれ、他国の来賓である私が来たらすぐに接待できる王妃になるに相応しい方だと感じた。
サイラス様と彼女が並んでいる姿が思い浮かんでしまい、私は胸が苦しくなった。