「すみません、予約した川吉ですけど」
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
受付の中年の女性に案内されると、やけにふかふかなクッションが敷かれた椅子があった。しかも、ペットを連れてくることを予想していたのか、ペット用の柔らかいベッド付。
あれ、私ペット飼ってますって伝えたっけ?
「ウサギちゃんは起きていらっしゃいますか? バッグの中でも、こちらのベッドでもお好きな方でお寛ぎください」
キャリーバッグを覗くと、うとうとしつつもまだ目は開いていた。せっかくなので、お言葉に甘えてうさみこちゃんをベッドに移動させた。ふかふかで気持ち良さそう。これはなかなかお高いクッションベッドなのでは。市販されてるものならちょっと欲しいかも。
「可愛らしいご家族ですね」
「はい。毎日癒されています」
女性に名刺を渡される。なるほど、沢井さん。宜しくお願いします。
内見の前に、物件の説明をされる。間取り図とともに、家賃から周辺の環境まで丁寧に。いきなり予約してきた客なのに有難い。
「ここは大型犬以外ならペット可です。壁も厚いので、騒音で悩まされることもまずないと思います」
「わあ、いいですね」
ウサギは耳が良いから、なるべく大きな音とは無縁で行きたい。駅近だけど線路沿いじゃないから、電車の音も大丈夫そう。
「お部屋をご覧になるのは、出来ればお昼と夜の二回がいいですよ。昼と夜では周囲の雰囲気が違うので。夜の方は営業時間が過ぎる時間帯にいらっしゃる場合は、お部屋の中ではなく外だけ観察でも宜しいと思います」
「なるほど。勉強になります」
確かに、お昼は平気でも夜酔っ払いが多くて騒がしいとか交通量が多いとかあるかもしれない。隣人関係は防音で多分平気だけど、耳の良い子がいるから気を付けるに越したことないよね。
「では、今から伺って、夜は遅めの時間帯に部屋の周囲を散歩してみます」
「はい。気に入ってくださったらお部屋を仮に押さえておきますので、ゆっくりお決めになってください」
「有難う御座います」
すっごい優しい店員さん。不動産屋さんって、「人気の物件だから早くしないと契約されちゃいますよ」ってもっと急かしてくるのかと思っていた。
詳しく説明聞いて、内見の時間になった。起こさないようそっとうさみこちゃんをキャリーに移動させる。部屋は近くなので、沢井さんと歩いていくことになった。
向かっている間も周囲の観察は怠らない。最寄り駅が変わるわけではないけれど、私が住んでいるマンションとは駅を挟んで反対の位置なので、見慣れない風景にわくわくする。
「こちらのマンションです」
エトワール駒尾と書かれたマンション前で立ち止まる。駒尾って何だろう、大家さんの名字かな。内見先は二階角部屋。わりと良い場所だと思う。
「どうぞ」
階段を上って部屋に入る。外観は今のところとそう変わりなかったけど、入ってみるとやっぱり広い。二部屋あるっていい。一部屋はリビングにして、もう一部屋を寝室にしよう。学習机はリビングに置いた方がいいかな。
大きな窓も南向きで洗濯物を干しやすそう。ベランダに出てみても、そんなに音は気にならない。うん、いいね。
カップルやファミリー向けのマンションだから、もしかしたら同じマンションにみこちゃんの同級生がいたりして。この部屋は1LDKだけど、2LDKの部屋もあるらしいし。みこちゃんにもお友だちが出来るといいいなぁ。
「どうですか?」
「すごく良いです。すぐ決めたいくらい」
「それはよかったです。では、違う時間帯にも一度見学して頂き、それでお話を進めさせて頂いても宜しいでしょうか」
「はい。宜しくお願いします」
いくつか見てもよかったけど、元々候補先をピックアップしてくれていた時点で全部良いところなんだと思う。だから、その中でも気に入ったここなら大丈夫。
お店に戻って沢井さんと別れる。結局みこちゃんずっと寝てた。夜になったらもう一度行くから、そこで確認してもらおう。
諸々の書類を持って帰宅すると、みこちゃんが目を覚ました。キャリーから出てきょろきょろ部屋を見渡し、ぽんと人間の姿になった。
「あれ? お出かけは?」
「お部屋見るのは終わっちゃったけど、また夜にもう一度見学する予定だから、不動産屋さんがやってる時間にして中も見せてもらおうか」
「うん」
それだけで納得したのか、みこちゃんはクッションに座ってぬいぐるみを抱っこした。
みこちゃん、自由でいいな~。私もこんな風に小さいこと気にせずマイペースに生きていきたい。そうだよ、ちっちゃいことなんて人生の中の埃みたいなものなんだから、忘れて次へ向かった方がいいよね。
夜までは小学校の準備をしたり、小学校までの道のりを確認したりした。新しいところが決まったら近くなるから、登下校の心配は無くなるかな。
「あれ、そういえば、小学校って登下校は班で行くんだっけ」
そう思って案内を見てみたら、なんとスクールバスか自家用車で登校と書かれていた。
もしかして、みこちゃんが通う小学校ってお金持ち的な、あれ……? 転入の案内と一緒に入っていた学校のパンフレットを恐る恐る見る。
「おお、おおお……」
変な妖怪みたいな声出ちゃった。
予想通り、表紙には立派な校舎の写真がどでんと載っていた。もしかしなくてもお金持ち私立です参りました!
「あっ」
私立ってことはまさか制服ではと不安に思ったけど、そこは私服だった。よかった、普段着買っちゃったから。でも、式典用の制服はあるのか。転校だから入学説明会一切無しで挑むの不安かも。せめて案内しっかり読んでおこ。
夜ご飯を済ませて、いざ再度内見へ。
今度は人間の姿で行ってみたけど、沢井さんは何も聞くことなく迎え入れてくれた。二人で住めるところと伝えていたからかな。
暗くはなったけどまだ閉店まで一時間あるようで、ゆっくり付近も見てくださいと言ってもらえた。
部屋を軽く見学した後、マンション周辺を回ってみる。さり気なくオートロックだからか、マンションの中は時おり住民の人とすれ違うだけで静かだし、マンションの周りもお店がある割に騒がしい感じも受けなかった。
「いかがですか?」
「どう? みこちゃん」
「いいよ」
みこちゃんが二度頷いた。本当に良いのかとりあえず頷いたのかよく分からないけど、見学中嫌な顔はしなかったら大丈夫でしょう。
「ここにします」
「有難う御座います」
まだ三十分余っていたので、お店に戻ってサインした。諸経費とか印鑑とかは後日ということになり、そのまま現在の部屋へ。来週末以降ならいつでも引っ越し出来るって言ってた。引っ越し業者さん探そう。
引っ越すのは就職した時以来二回目。こんなにスムーズに出来たのも藤さんのおかげ。みこちゃんのお兄様有難う御座います。
明日一日使って学校の準備しよう。あ、月曜日有給使わなくて平気? いや、入学式じゃないから親は学校に入らないか。とりあえず初めてだし、学校までは行って、それから出勤しよう。九時始業の会社でよかった。
「お友だち沢山出来るといいね」
「うん」
ぷっくりほっぺがぷるんと揺れた。か~~~~わいい!
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
受付の中年の女性に案内されると、やけにふかふかなクッションが敷かれた椅子があった。しかも、ペットを連れてくることを予想していたのか、ペット用の柔らかいベッド付。
あれ、私ペット飼ってますって伝えたっけ?
「ウサギちゃんは起きていらっしゃいますか? バッグの中でも、こちらのベッドでもお好きな方でお寛ぎください」
キャリーバッグを覗くと、うとうとしつつもまだ目は開いていた。せっかくなので、お言葉に甘えてうさみこちゃんをベッドに移動させた。ふかふかで気持ち良さそう。これはなかなかお高いクッションベッドなのでは。市販されてるものならちょっと欲しいかも。
「可愛らしいご家族ですね」
「はい。毎日癒されています」
女性に名刺を渡される。なるほど、沢井さん。宜しくお願いします。
内見の前に、物件の説明をされる。間取り図とともに、家賃から周辺の環境まで丁寧に。いきなり予約してきた客なのに有難い。
「ここは大型犬以外ならペット可です。壁も厚いので、騒音で悩まされることもまずないと思います」
「わあ、いいですね」
ウサギは耳が良いから、なるべく大きな音とは無縁で行きたい。駅近だけど線路沿いじゃないから、電車の音も大丈夫そう。
「お部屋をご覧になるのは、出来ればお昼と夜の二回がいいですよ。昼と夜では周囲の雰囲気が違うので。夜の方は営業時間が過ぎる時間帯にいらっしゃる場合は、お部屋の中ではなく外だけ観察でも宜しいと思います」
「なるほど。勉強になります」
確かに、お昼は平気でも夜酔っ払いが多くて騒がしいとか交通量が多いとかあるかもしれない。隣人関係は防音で多分平気だけど、耳の良い子がいるから気を付けるに越したことないよね。
「では、今から伺って、夜は遅めの時間帯に部屋の周囲を散歩してみます」
「はい。気に入ってくださったらお部屋を仮に押さえておきますので、ゆっくりお決めになってください」
「有難う御座います」
すっごい優しい店員さん。不動産屋さんって、「人気の物件だから早くしないと契約されちゃいますよ」ってもっと急かしてくるのかと思っていた。
詳しく説明聞いて、内見の時間になった。起こさないようそっとうさみこちゃんをキャリーに移動させる。部屋は近くなので、沢井さんと歩いていくことになった。
向かっている間も周囲の観察は怠らない。最寄り駅が変わるわけではないけれど、私が住んでいるマンションとは駅を挟んで反対の位置なので、見慣れない風景にわくわくする。
「こちらのマンションです」
エトワール駒尾と書かれたマンション前で立ち止まる。駒尾って何だろう、大家さんの名字かな。内見先は二階角部屋。わりと良い場所だと思う。
「どうぞ」
階段を上って部屋に入る。外観は今のところとそう変わりなかったけど、入ってみるとやっぱり広い。二部屋あるっていい。一部屋はリビングにして、もう一部屋を寝室にしよう。学習机はリビングに置いた方がいいかな。
大きな窓も南向きで洗濯物を干しやすそう。ベランダに出てみても、そんなに音は気にならない。うん、いいね。
カップルやファミリー向けのマンションだから、もしかしたら同じマンションにみこちゃんの同級生がいたりして。この部屋は1LDKだけど、2LDKの部屋もあるらしいし。みこちゃんにもお友だちが出来るといいいなぁ。
「どうですか?」
「すごく良いです。すぐ決めたいくらい」
「それはよかったです。では、違う時間帯にも一度見学して頂き、それでお話を進めさせて頂いても宜しいでしょうか」
「はい。宜しくお願いします」
いくつか見てもよかったけど、元々候補先をピックアップしてくれていた時点で全部良いところなんだと思う。だから、その中でも気に入ったここなら大丈夫。
お店に戻って沢井さんと別れる。結局みこちゃんずっと寝てた。夜になったらもう一度行くから、そこで確認してもらおう。
諸々の書類を持って帰宅すると、みこちゃんが目を覚ました。キャリーから出てきょろきょろ部屋を見渡し、ぽんと人間の姿になった。
「あれ? お出かけは?」
「お部屋見るのは終わっちゃったけど、また夜にもう一度見学する予定だから、不動産屋さんがやってる時間にして中も見せてもらおうか」
「うん」
それだけで納得したのか、みこちゃんはクッションに座ってぬいぐるみを抱っこした。
みこちゃん、自由でいいな~。私もこんな風に小さいこと気にせずマイペースに生きていきたい。そうだよ、ちっちゃいことなんて人生の中の埃みたいなものなんだから、忘れて次へ向かった方がいいよね。
夜までは小学校の準備をしたり、小学校までの道のりを確認したりした。新しいところが決まったら近くなるから、登下校の心配は無くなるかな。
「あれ、そういえば、小学校って登下校は班で行くんだっけ」
そう思って案内を見てみたら、なんとスクールバスか自家用車で登校と書かれていた。
もしかして、みこちゃんが通う小学校ってお金持ち的な、あれ……? 転入の案内と一緒に入っていた学校のパンフレットを恐る恐る見る。
「おお、おおお……」
変な妖怪みたいな声出ちゃった。
予想通り、表紙には立派な校舎の写真がどでんと載っていた。もしかしなくてもお金持ち私立です参りました!
「あっ」
私立ってことはまさか制服ではと不安に思ったけど、そこは私服だった。よかった、普段着買っちゃったから。でも、式典用の制服はあるのか。転校だから入学説明会一切無しで挑むの不安かも。せめて案内しっかり読んでおこ。
夜ご飯を済ませて、いざ再度内見へ。
今度は人間の姿で行ってみたけど、沢井さんは何も聞くことなく迎え入れてくれた。二人で住めるところと伝えていたからかな。
暗くはなったけどまだ閉店まで一時間あるようで、ゆっくり付近も見てくださいと言ってもらえた。
部屋を軽く見学した後、マンション周辺を回ってみる。さり気なくオートロックだからか、マンションの中は時おり住民の人とすれ違うだけで静かだし、マンションの周りもお店がある割に騒がしい感じも受けなかった。
「いかがですか?」
「どう? みこちゃん」
「いいよ」
みこちゃんが二度頷いた。本当に良いのかとりあえず頷いたのかよく分からないけど、見学中嫌な顔はしなかったら大丈夫でしょう。
「ここにします」
「有難う御座います」
まだ三十分余っていたので、お店に戻ってサインした。諸経費とか印鑑とかは後日ということになり、そのまま現在の部屋へ。来週末以降ならいつでも引っ越し出来るって言ってた。引っ越し業者さん探そう。
引っ越すのは就職した時以来二回目。こんなにスムーズに出来たのも藤さんのおかげ。みこちゃんのお兄様有難う御座います。
明日一日使って学校の準備しよう。あ、月曜日有給使わなくて平気? いや、入学式じゃないから親は学校に入らないか。とりあえず初めてだし、学校までは行って、それから出勤しよう。九時始業の会社でよかった。
「お友だち沢山出来るといいね」
「うん」
ぷっくりほっぺがぷるんと揺れた。か~~~~わいい!