「みこちゃんが小学校に?」
「そうだ」

 ある土曜の午前中、色葉さんが我が家にやってきて言った。青天の霹靂に、次の言葉がなかなか出てこない。なんて?

「年齢的には小学生だと思いますけど、みこちゃんはウサギさんだから難しいのでは」
「あやかしだ。それに戸籍ならある」
「あるの!?」
「こせき?」

 まさかあやかしに戸籍があるなんて思いもしなかった。だって、戸籍って人間オンリーだよね。それとも、私が知らないだけでそんな便利な世の中に……? 令和ちゃんすごい。

「何か阿呆なことを考えていそうだが、人間として戸籍を申請しただけだ」
「そんなこと出来るんですか」
「出来る。お祖父様がやり手だからな」
「なるほど?」

 全然分からないけど、とにかくそうなのだろう。
 よほど駄目な顔をしていたのか、色葉さんが親切に教えてくれた。

 なんでも、二人のお祖父さんはその昔から人間界で商売をしていて、そのまま会社を起業。戸籍制度がしっかり出来る前から生きていたので、生まれた子どもたちを登録し、現代まで続いているということらしい。

 お祖父さん自身も人間の寿命が尽きる頃にまた違う人間として戸籍を移しているとか。私だったら難しくてどこかで失敗しそう。

「まあ、とりあえず手続きしておいたから。あんたは適当に親戚で保護者ってことにしたぞ」
「わ、っかりました」

 どんどん話が進んでいくけど反対は無いので任せておこう。

 色葉さんが帰った後、慌てて小学校の準備に取りかかった。入学準備リストをもらえたのはかなり有難い。なにせ私、子どもを持ったことがないもので。いや、まだぎりアラサーになってないからいないのは当然なんだけど。

「うわッ」

 リストが入ったクリアファイルに封筒が挟まってて変な声出ちゃった。ランドセル代って書いてある……大量にもらったお金がまだまだ余っているからいらないのに。

 申し訳ない気持ちになりながら封筒をファイルに仕舞い直す。みこちゃんの入学祝ってことで、有難くもらっておこう。

 入学と言ってももう九月だから、転校生ってことか。そういえば、みこちゃん数か月通学していない状態だけど、一年生の授業付いていかれるかな。

 前にも行った百貨店で在庫のあるランドセルを買い、文房具コーナーであれこれ購入した。ランドセルって注文だと何か月もかかるのね。知らなかった。みこちゃんは水色のランドセルを選んでいた。似合い過ぎて完全に天使だった。

「重……ッ」

 ちょっと買い込み過ぎたかもしれない。でも、発送にしたら月曜日に間に合わないかもしれないので我慢だ。世の中のお母さんがこのくらい平気でしているはず。私も見習わなくちゃ。

 横ではランドセルを背負ったみこちゃんがにこにこ顔で歩いている。荷物を持つと言ってくれたので、ランドセルの中にお道具箱を入れさせてもらった。お手伝い出来るなんて優しいね……!

「楽しみ?」
「うん」

 よかった。いきなりの展開だから不安かもしれないと思ったけど、そうでもなさそう。

「小学校入る練習に、今日と明日家でお勉強してみよっか」
「する。みこ、計算出来るよ」
「そうなんだ。すごいね!」
「うん、すごい」

 小学校行ったことないのに出来るってことは、山で誰かが教えてくれていたんだ。色葉さんか、上の二人いるっていうお兄さんかお姉さんか。

 マンションに帰りランドセルファッションショーをしてもらった後、試しに算数ドリルをやってみた。なんと全問正解だった。

「て、天才や……ッ」
「すごい?」
「すごすぎる! ばっちり!」

 一年生のドリルだから出来るかもしれないけど、全問正解っていうのはなかなか難しいと思う。本当に天才かもしれない。

 次に国語ドリル。絵本や簡単な子ども用の本を読んだことがあるくらいらしく、算数に比べて苦戦していた。それでも七割正解。これならすぐ追いつける。やっぱり天才だ!

 服は近所のスーパーで動きやすそうなものを追加で買った。一週間分は持ってないとね。

 みこちゃん用の小さいタンスがいるかも。そうなると、八畳ワンルームは狭いなぁ。もらったお金で二部屋あるマンションに引っ越した方がいいかもしれない。

 小学校のすぐ近くにすれば登下校も安心。

「よし、引っ越そう」
「どうしたの?」

 急な提案にみこちゃんが目を丸くさせる。カワイイね!

 月曜から学校だから、それに間に合わなくても早いうちに実行させたい。駅近にすれば私の通勤時間も減るからもっと早く帰れるようになる。

 今が徒歩七分、走って五分だから、徒歩五分以内にしようかな。

 ピンポーン。

「はい」
「みこの兄の藤ふじです」

 インターフォンの画面に短髪黒髪の男性が映っていた。みこちゃんのお兄さん!? そういえば、みこちゃんの名前の由来は三番目の子だからって言っていた。慌てて玄関に走る。お兄さんを待たせてはいけない。

「こんにちは」
「は、はじめまして。みこちゃんの同居人の川吉奈々です」

 深々お辞儀をする。おもてなし出来るお菓子とか無いけど大丈夫かな……!?

「散らかってますけど、どうぞ」
「突然お邪魔してすみません。こちらつまらないものですが」
「あ、そんなご丁寧に」

 菓子折りを頂いてしまい、またお辞儀し合う。色葉さんで慣れていたので、こんなに大人な対応をされるとなんだか照れてしまう。

 よく見ると、藤さんは実際大人な男性だった。多分私と同じか上かもしれない。兄妹って言ってもあやかしだから年齢差も広いんだな。

「今、お茶をお出ししますね」
「いえ、今日は渡したいものがあっただけなので。こちらを」
「これは」

 渡されたのは、賃貸物件の一覧だった。タイムリー過ぎやしませんか!

 もしかして、この家盗聴されてる……? それにしても、対応が早過ぎる。

「あの」
「申し訳ありません。この後予定がありますのでまたの機会に。気に入った物件がありましたら問い合わせてみてください。では、失礼致します」

 呼び止めようとしたら、爽やかに帰ってしまった。最後まで上品だった。

「みこちゃん、お兄さん忙しいみたい。また今度だね」

 藤さんはみこちゃんに一度だけ軽く手を振ったのみで、一言も話さず終わった。次回があればいいんだけど。みこちゃんはあっけらかんとした顔をしていた。

「ふじ、いつもあんな感じだよ。忙しいの」
「そっかぁ」

 床に座り、ひとまずもらった物件一覧を眺める。わぁお、すごい。駅近で小学校にも近く、築十年程度で家賃が今のところから一万円高くなるくらいの、無難な物件が並んでいる。不動産屋さんが親戚にいるのかっていうくらい良い物件ばかりなんですけど。あ、ちゃんと全部ペットOKなところだ。

 これなら引っ越し代と初期費用プラス月々一万円増えたとしても、もらった額で数年持ちそう。余ったところからみこちゃんの食費諸々を当てる感じでも、やっぱりもらい過ぎな気がする。基本的には私のお金から出して無駄遣いはしないようにしよう。

「ここ、かなぁ。どう?」

 一番良さそうなところを見せてみるけど、みこちゃんは首を傾げていた。だよね、物件のチラシなんてよく分からないよね。これは実際に行ってみた方が早そう。

 問い合わせ先に電話をしてみると、すぐに担当者の人が出てくれた。

『もしお時間がありましたら、是非いらしてください。今日は予約が入っていないので内見出来ますよ』
「それでは後ほど伺います」

 やった。みこちゃんと行ってみよう。と思ったところで、みこちゃんを見たらすでに寝かかっていた。

「ありゃ。眠い?」
「うん」
「引っ越すかもしれないところに見学に行くんだけど、そしたらうさちゃんの方で行く? それなら寝てても平気だよ」
「そうする」

 すぐにぽんっと音を立ててみこちゃんが変身した。ウサギみこちゃん可愛い!

 撫でくり回したいところだけど、今はおねむなので邪魔をしちゃいけない。キャリーバッグに入ってもらい、内見すべく家を出た。