最寄り駅の駅ビルで買ったお菓子の袋を揺らして歩いていると、突然黒ずくめの服を着た黒髪イケメンに声をかけられた。

「お前がみこの奴隷、同居人か?」
「今奴隷って言いませんでした?」
「耳がおかしいのか?」

 やッッばい人だ。

 これがナンパだったとしても嬉しくはない。ナンパな出会いを良しとするイケメンてことだから信用ならない。

 というか、今みこって言ったね!?

「みこちゃんもお知り合いですか?」
「知り合いというレベルではない!」

 イケメンが大声を出した。ちょ、ここ夜道で声響くから!

「そしたら、とりあえず部屋に来てください」
「あの狭い家か。仕方がない」

 すでに自宅を知られているのは置いておいて、私は急いでイケメンを自宅マンションに案内した。おまわりさん呼ばれなくてよかった。

 部屋の前に着くと、イケメンは異常な呼吸困難に陥っていた。何故。

「ふぅ~……ッぅぐッ」
「え、だ、大丈夫ですか? 救急車呼びます?」
「いつものことだ」

 いつもこんな感じなの? 何か持病があるとか……?

 かなり不安になりつつ、鍵を開ける。すると、ぱたぱた可愛らしい足音が近づいてきた。

「おかえり」
「みこッッ!」

 私だけがいると思い込んでいたみこちゃんの顔が固まる。あれ、このお兄さん連れてきちゃいけない部類の人だったりする……!?
 いざとなったら羽交い絞めにして通報する準備をしていたら、みこちゃんがイケメンさんに話しかけた。

「いろはだ」
「そうだよ色葉だよッ」

 イケメンもとい色葉さんがみこさんをぎゅうと抱きしめる。

 ほっ。どうやら通報はしなくて済みそう。ちょっと抱きしめ方が強い気がするけど。

「苦しい」
「あっごめ、死なないでくれ。俺が死ぬから!」
「どっちも元気に生きてください!」

 違う意味で危なさそうな色葉さんを必死に止める。情緒不安定過ぎか。

 三人でローテーブルを囲んで座る。いちおう八畳あるワンルームで広いと思っていたけど、三人ともなると狭く感じる。いや、色葉さんの圧かもしれない。

「よかったらどうぞ」

 お茶を出してみるものの、見つめるばかりで手は付けない。まだ信用されていないのかな。

 二人の様子を観察していると、色葉さんが静かに涙を零した。イケメンの涙って絵になるわぁ。じゃなくて。

「どうされました!?」

 心配した私の声は届いていないのか、色葉さんの悲しみは増していく一方だ。ついにはみこちゃんにまた抱き着いた。

「みこぉ! 寂しい!」
「くるしい」
「分かった、死ぬ!」
「生きてください!」

 もう嫌だ。これ仲裁してくれる人いないと何も話が進まないじゃん。誰か話の通じる落ち着いた大人が付いてきてくれたらよかったのに。

「あの、色葉さんはみこちゃんのご家族ですか?」
「家族というか、従兄、まあ家族だな」
「ああ、従兄」

 なるほど、ということは彼ももふもふのあやかしっていうことに……?

「色葉さんは私に用事があったみたいですけど、何でしょうか」

 みこちゃんに抱き着いたまま睨まれる。絵面が面白くて全然怖くない。色葉さんは涙を拭い、胡坐を掻いてこちらに向き合った。

「みこは大事な従妹だ。どういう扱いをされているか確認する義務がある。もしひどいことをされていたら保護しようと思ったが、生憎今はみこは山に帰ることが出来ない事情がある」
「この街には逃げてきたってことですか」
「まあ、そうなる」

 事情があるとは思っていたけど、幼い子に詳しく聞くのは申し訳なくて今まで聞かないでいた。まさか、実家に帰れない状況だったなんて。

「あいつが……光二郎がみこを奪いに来るんだ」
「光二郎さんもあやかしですか?」
「ああ」

 色葉さんが苦々しい表情で頷く。あやかし同士の争いとか? 人間とはまた違った問題があるんだろうな。

「それは大変ですね」
「正しく言えば、光二郎のじいさんか。あのじじいがみこを光二郎の許嫁にと迫ってくるんだ」
「え」
 よほど深い争いかと思いきや、急に身近な話題になって私は目をぱちくりさせた。

「あの、つまりみこちゃんをお嫁さんに出したくないから逃がしたと」
「そうだ。みこはまだ七歳。十年経ったら俺が相応しい男を探す」
「な、なるほど?」

 七歳で許嫁を決められるのは不幸かもしれないけど、それで七歳を一人逃がすのはそれはそれで問題じゃないかしら。

 いや、色葉さんが私のマンションやみこちゃんと暮らしていることを知っていたということは、一人と見せかけて常に誰かが監視しているのかもしれない。怖。

「みこもたまには山に帰ってきてくれ。その時は光二郎とじいさんが来ないように親戚総出で山を見張っておくから」
「うん」

 なんだか光二郎君とおじいさんが気の毒になってきたけど、もしかしたら本当に強引に来ているのかもしれない。人間の私じゃ役に立たないけど、許嫁問題に巻き込まれてウサギさんたちに迷惑をかけることだけはないようにしなくちゃ。

「とりあえず、疲れたからちょっと休ませてくれ」
「いいですよ。あ、ベッドに──」

 言い終わる前に色葉さんがグレーのウサギに変化した。

──ふわぁぁぁぁもふもふウサギ!

 しかし、いきなり触ったらただの変態だ。逮捕される。ぐっと堪えて我慢していたら、色葉さんはクッションに丸まってそのまま眠ってしまった。

 警戒しているからか、目を閉じないまま寝ている。もっと交流深めたら目を閉じてくれるかな。

 静かになったところでみこちゃんもお昼寝タイムとなり、二羽のもふもふを見つめ続けるという大御褒美を一時間ももらってしまった。至福。

 目が覚めた色葉さんは私にほんの少し心を開いてくれたように感じた。みこちゃんの味方だと分かってくれたのか、無駄に威嚇してこない。まだ物理的な距離はありそうだけど。

「そろそろ行く。俺も仕事があるから」

 色葉さんが立ち上がると、みこちゃんが服の裾をくいっと掴んだ。

「いろは、もう行っちゃうの?」
「行かない! 一生いる!」

──それは困るなぁ。

 ここはワンルームマンションなので。なんとか穏便にお引き取り願いたいのだけれど。そう思っていたら、みこちゃんがふるふる首を振った。

「帰って平気。みこはもう大きいから」
「え……」

 大分大人なみこちゃんが色葉さんを淡々と諭し始めた。すごい。七歳なのに。

 泣き出しそうな従兄の背中をさする小さな右手がとても大きく見えて、私まで泣きそうになってしまった。こ、これが母性……? 生んでないし結婚もしていないし恋人もいないけど。

「またいつでも遊びに来てください」
「言われなくても来る」

 ちょっとぶっきらぼうだけど、従妹想いのお兄さん。いいなあ、私も久々に実家に帰ってみようかな。みこちゃん連れていったらびっくりしちゃうか。

「あ、うちのお祖父様からこれ。少しだけどみこの生活費にって」
「そんな、私は好きで一緒にいるだけなので」

 帰り際、色葉さんに勢いで渡されて思わず受け取ってしまう。ずっしりとした重みに悲鳴が出た。

「ひぃッッいくら入って……」
「数百って言ってた」
「数百ッ」

 後ろに万が付くやつじゃないですかぁ! お祖父様とは何者……。

「こんなにもらえないです」
「いずれそのくらい使うだろ。それを元手に広い部屋に引っ越したっていい」

 返そうとしても迷惑そうな顔をされるだけで、色葉さんに受け取る気は無いらしい。仕方なく封筒を玄関脇の棚に置く。怖くてとてもじゃないけど手に持っていられない。

「じゃあ、またすぐ来る」

 そう言って本気で泣きながら色葉さんは帰っていった。帰り、大丈夫かな。まあ、みこちゃんみたいに子どもじゃないし平気か。

「みこちゃん、色葉さんに会えてよかったね」
「うん。いろは、いつもみこに会えないと死ぬってさわぐの」
「あらぁ……」

 これは近いうち再会することになりそう。