翌朝六時半、いつもより早く起きた私はせっせとお留守番の準備をしていた。
みこちゃんの朝食とお留守番の注意事項を書いた紙。これで大丈夫かな。昼食も作ろうかと思ったら、ウサギの時は人間のご飯を食べられないから牧草を置いてくれればいいと言われた。なるほど、お腹の中もウサギさん仕様になるのね。
「インターフォン鳴っても、ドア叩かれても絶対出たらだめだよ。危ない人かもしれないから」
「うん」
「何かあったら、これで電話してね」
「うん」
昨日の午後慌てて契約したキッズケータイを渡す。私のスマートフォンの番号だけ登録してあるので、それを押せばすぐかかるようになっている。メールも使えるけど、それはまた後日にでも。
「じゃあいってくるね」
「いってらっしゃい」
みこちゃんに見送られて家を出る。鍵はしっかり掛けた。ドアに耳をくっつけると、中からチェーンを掛ける音も確認した。よし、イイコ。
これで帰宅するまでは大丈夫でしょう。
待っててね、定時退社してみせるから。
「よし!」
私は最寄り駅へ走り出した。
「お早う御座います!」
「お、今日は早いね」
「いつもより一つ早い電車に乗れたので」
金曜日の私とは違う。みこちゃんと出会って世界が変わったのだ。いつまでも疲れてよれよれな私ではない。
「川吉ちゃん、機嫌良くない?」
隣の席の野々宮さんに声をかけられた。二つ上の先輩で、新人だった頃よく仕事を教えてもらった。
「分かります? 実は同居人が出来まして」
「まさか、恋人!?」
「違いますって」
必死な顔をする野々宮さんが面白くて笑っちゃった。
「よかった。会社で休日にまで遊んでくれる子あんまりいないからさぁ。じゃあ、ペット?」
「そんな感じです」
安心した野々宮さんがずい、と上半身を近づけてきた。
「なになに、犬? 猫?」
「ウサギです」
「ウサギ! 可愛い!」
まだ写真を見せていないのにこのノリよう。面白くて好き。でも、実際可愛いからね。
「写真見ます?」
「見ます!」
「この子です!」
スマートフォンを両手で支え、ウサギみこちゃんの画像を披露する。大量のデータの中でも特に可愛い写真。
「うわぁめちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「そうでしょうそうでしょう」
みこちゃんの可愛さを分かってもらえて、私は何度も頷いた。
「いいなぁ。他の写真もある?」
「ありますよ」
「おーい、もうすぐ九時だよ」
「はッ」
上司の声に二人して顔を見合わせる。ほんとだ、あと一分で九時。私は急いでパソコンを立ち上げた。続きはお昼まで持ち越しだ。
憂鬱な月曜日も、家でみこちゃんがまったりのんびりしながら待っていてくれているかと思うと、幸せな日に感じる。仕事で目の前の画面を見るのに手一杯だったのに、みこちゃんのことを考えられる余裕が出来ている。みこちゃん効果がすごい。
──みこちゃん、一人で平気かな。
寝てるかテレビ観てるって言ってたけど、ちょっと心配。定時になった瞬間電車に飛び乗ろう。
三時間を体感一時間で終えた私は、さっそく野々宮さんをランチに誘った。二人ともお弁当持参派ではないから、毎日会社周辺でランチをしているんだよね。
「今日どこにする? 月曜日だからカレー以外で」
「ええと、横のビルに入ったカフェどうです? まだ行ったことない」
「いいね、そうしよ」
同期も数人いるけど、同じ部署じゃないから野々宮さんと食べることがダントツで多い。気が合う先輩がいるって会社勤めとしてかなり心強いから、有難い存在。
カフェは私たちでちょうど満席になった。セーフ。
私は日替わりランチ、先輩はジェノベーゼを頼んでいた。次来た時はパスタにしてみよう。
「さっそく見ます? っていうか、見てください」
「見る見る」
みこちゃんが超絶可愛いのは知ってるけど、この可愛さをまだ私しか知らない状態なので、全人類に見せたくてずっとうずうずしていた。
「これが部屋んぽしているところで、これがにんじん食べてるところで」
「めちゃカワ~~~ッえ、まだ子ウサギだ~」
「可愛いですとも可愛いですとも」
自分以外の人間がみこちゃんを褒めているのを見て、私のテンションはさらに上がった。動画を全世界に配信したい。しないけど。したいくらい上がっているってことで。
間にランチを挟んで、食べ終わってからは会社に戻ってお昼休みが終わるまで私のプレゼンは続いた。先輩、貴重な時間を申し訳ありません。
「ペットOKの物件なんだね。私も何か飼いたくなったけど、駄目なところで」
「それは残念ですね。小動物なら可ってところもあるから、一度聞いてみてもいいんじゃないですか?」
「たしかに。ちょっと聞いてみよ」
可愛いが伝染して、先輩もペット欲が出てきたらしい。こうやって皆癒されて地球が平和になったらいいのに。
デスクには一枚まで写真を飾っていいことになっているから、今度印刷して飾ろう。今まで一人暮らしでペットもいなかったから飾るものなかったけど、絶対やる気が上がるわ。
さっきトイレ行った時こっそり電話したらみこちゃん元気そうだった。早く帰って夕食作るから待っててね。
人間本気になれば実力以上の力が出る。定時ぴったりに仕事を終え、私は会社を飛び出した。みこちゃんッ今帰るよ!
みこちゃんの朝食とお留守番の注意事項を書いた紙。これで大丈夫かな。昼食も作ろうかと思ったら、ウサギの時は人間のご飯を食べられないから牧草を置いてくれればいいと言われた。なるほど、お腹の中もウサギさん仕様になるのね。
「インターフォン鳴っても、ドア叩かれても絶対出たらだめだよ。危ない人かもしれないから」
「うん」
「何かあったら、これで電話してね」
「うん」
昨日の午後慌てて契約したキッズケータイを渡す。私のスマートフォンの番号だけ登録してあるので、それを押せばすぐかかるようになっている。メールも使えるけど、それはまた後日にでも。
「じゃあいってくるね」
「いってらっしゃい」
みこちゃんに見送られて家を出る。鍵はしっかり掛けた。ドアに耳をくっつけると、中からチェーンを掛ける音も確認した。よし、イイコ。
これで帰宅するまでは大丈夫でしょう。
待っててね、定時退社してみせるから。
「よし!」
私は最寄り駅へ走り出した。
「お早う御座います!」
「お、今日は早いね」
「いつもより一つ早い電車に乗れたので」
金曜日の私とは違う。みこちゃんと出会って世界が変わったのだ。いつまでも疲れてよれよれな私ではない。
「川吉ちゃん、機嫌良くない?」
隣の席の野々宮さんに声をかけられた。二つ上の先輩で、新人だった頃よく仕事を教えてもらった。
「分かります? 実は同居人が出来まして」
「まさか、恋人!?」
「違いますって」
必死な顔をする野々宮さんが面白くて笑っちゃった。
「よかった。会社で休日にまで遊んでくれる子あんまりいないからさぁ。じゃあ、ペット?」
「そんな感じです」
安心した野々宮さんがずい、と上半身を近づけてきた。
「なになに、犬? 猫?」
「ウサギです」
「ウサギ! 可愛い!」
まだ写真を見せていないのにこのノリよう。面白くて好き。でも、実際可愛いからね。
「写真見ます?」
「見ます!」
「この子です!」
スマートフォンを両手で支え、ウサギみこちゃんの画像を披露する。大量のデータの中でも特に可愛い写真。
「うわぁめちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「そうでしょうそうでしょう」
みこちゃんの可愛さを分かってもらえて、私は何度も頷いた。
「いいなぁ。他の写真もある?」
「ありますよ」
「おーい、もうすぐ九時だよ」
「はッ」
上司の声に二人して顔を見合わせる。ほんとだ、あと一分で九時。私は急いでパソコンを立ち上げた。続きはお昼まで持ち越しだ。
憂鬱な月曜日も、家でみこちゃんがまったりのんびりしながら待っていてくれているかと思うと、幸せな日に感じる。仕事で目の前の画面を見るのに手一杯だったのに、みこちゃんのことを考えられる余裕が出来ている。みこちゃん効果がすごい。
──みこちゃん、一人で平気かな。
寝てるかテレビ観てるって言ってたけど、ちょっと心配。定時になった瞬間電車に飛び乗ろう。
三時間を体感一時間で終えた私は、さっそく野々宮さんをランチに誘った。二人ともお弁当持参派ではないから、毎日会社周辺でランチをしているんだよね。
「今日どこにする? 月曜日だからカレー以外で」
「ええと、横のビルに入ったカフェどうです? まだ行ったことない」
「いいね、そうしよ」
同期も数人いるけど、同じ部署じゃないから野々宮さんと食べることがダントツで多い。気が合う先輩がいるって会社勤めとしてかなり心強いから、有難い存在。
カフェは私たちでちょうど満席になった。セーフ。
私は日替わりランチ、先輩はジェノベーゼを頼んでいた。次来た時はパスタにしてみよう。
「さっそく見ます? っていうか、見てください」
「見る見る」
みこちゃんが超絶可愛いのは知ってるけど、この可愛さをまだ私しか知らない状態なので、全人類に見せたくてずっとうずうずしていた。
「これが部屋んぽしているところで、これがにんじん食べてるところで」
「めちゃカワ~~~ッえ、まだ子ウサギだ~」
「可愛いですとも可愛いですとも」
自分以外の人間がみこちゃんを褒めているのを見て、私のテンションはさらに上がった。動画を全世界に配信したい。しないけど。したいくらい上がっているってことで。
間にランチを挟んで、食べ終わってからは会社に戻ってお昼休みが終わるまで私のプレゼンは続いた。先輩、貴重な時間を申し訳ありません。
「ペットOKの物件なんだね。私も何か飼いたくなったけど、駄目なところで」
「それは残念ですね。小動物なら可ってところもあるから、一度聞いてみてもいいんじゃないですか?」
「たしかに。ちょっと聞いてみよ」
可愛いが伝染して、先輩もペット欲が出てきたらしい。こうやって皆癒されて地球が平和になったらいいのに。
デスクには一枚まで写真を飾っていいことになっているから、今度印刷して飾ろう。今まで一人暮らしでペットもいなかったから飾るものなかったけど、絶対やる気が上がるわ。
さっきトイレ行った時こっそり電話したらみこちゃん元気そうだった。早く帰って夕食作るから待っててね。
人間本気になれば実力以上の力が出る。定時ぴったりに仕事を終え、私は会社を飛び出した。みこちゃんッ今帰るよ!