色葉さんが頭をがしがし掻く。だめだ、彼らを困らせちゃ。私は大人なんだから、我慢すべきなのは私。
「帰らないよ」
そこに、優しい温もりが私を包み込んだ。みこちゃんだ。
「みこ」
みこちゃんが色葉さんに振り向く。
「大丈夫。光二郎君とはお友だちになった。お嫁さんにはならない」
その言葉が嬉しくて、でも申し訳なくて、色葉さんの返事をじっと待つ。色葉さんは口をへの字にさせながらみこちゃんに説明した。
「でも、あっちがどう思っているかは分からないぞ。せっかくそいつから逃げたってのに」
「危ないのは光二郎君のおじいさまだから」
「そうか……」
色葉さんが腕組みをして悩んでいると、インターフォンが鳴った。誰だろう、お客さんが来る予定はないから宅配便あたりかな。
「はい」
「どうも」
出てみると藤さんだった。慌ててオートロックを外して部屋まで来てもらう。
「やあ、お久しぶりです。困っているかなと思って車を用意しました。大事なことですから、一度山へ帰りましょう」
「えっと」
相変わらず藤さんのタイミングの良さが怖いんですが……もしかして何か能力的なものをお持ちで……?
「そうだな、帰ろう。奈々も来い」
「あ、はい」
あっという間に車に乗せられ、五十嵐山へと走り出した。前回は電車だったから車だと新鮮な感じ。とか言っている場合じゃなかった。
時間にして四十分弱、体感は十分で五十嵐山に着いた。電車より時間がかかると思ってたけど、電車だと遠回りになるから車の方が早いらしい。なるほど。
山に入った瞬間、私以外のみんながウサギになった。運転手さんはにこにこしてお辞儀をして車に戻っていった。あそこで待っていてくれると言っていた。
色葉さんに先導される形で登っていく。うさみこちゃんは私の横についてくれている。ありがとう、山登り、急ぎはわりときついです。
以前泊まらせてもらったお家が見えた。一か月も経たずにまたここに来るとは思ってもみなかった。しかも今回は重要な話し合いが待っている。
「いらっしゃい」
すでに知らされているのか、おじいさまがにこやかに出迎えてくれた。これからどうなるんだろう。
「お邪魔します」
居間に入ると、家族全員かと思う人数がそこにいた。わぁお。
あ、日向さんがいる! すごい! 部屋の隅で体育座りだけどすごい!
「座ってください」
「はい、失礼します」
これからみこちゃんのこれからについて話し合いが始まるんだ。今日中に終わるかな。
「みこの通っている学校に光二郎が転校してきたと聞いたよ」
「はい」
「それで、みこについてだが──」
膝に置いた手がしっとりしてきた。私、みこちゃんが山に帰っても遊びに来るからね。
「このまま変わらず学校に通ってよいのではないかな」
「私、え!? こちらに帰らなくていいのですか!」
みこちゃんと顔を合わせる。みこちゃんも予想外だったらしく、大きな瞳をさらに真ん丸にさせていた。
「奈々さんがよかったらですけど」
「お祖父様、光二郎がいるのですよ」
色葉さんがおじいさまに抵抗する。だよね、客観的に見たら私もそう思う。おじいさまがにこやかにスマートフォンを取り出した。
「そのあたりは抜かりはない。またあのじいさんが五月蠅く言い出したから、浅見山に行ってばあさんと連絡先を交換した。今度じいさんが光二郎を使って求婚するようそそのかしたら、ばあさんに報告するとね」
ほほう、光二郎君のおじいさまは奥様に弱いと。
「ただ、光二郎自身がみこを好いているのならそれは止められはしないが。そこは本人の問題だから」
「みこは浅見山に嫁になんか出させません」
「まあまあ、その時になってみこが決めればいいことだ」
「それはそうですけど」
色葉さんもそれ以上言えず、みこちゃんがぼーっとしている間に話し合いは終了した。
五十嵐山と浅見山は敵同士で争っているのかと勝手に思っていたけど、単に気に入らないとかその程度ってことなのかな。
光二郎君が悪いんじゃなくて浅見山のおじいさまが騒いでいるだけなら、確かにこちらも慌てなくてよさそう。
「元々、そろそろ街に出て小学校に行かせようとしていたところだったから良い機会ということにしよう」
おじいさまが手を叩くと、お手伝いさんたちが豪華な食事を運んできた。そのまま宴会となる。未成年組に混ざって私はジュースにしてもらったけど、おじいさまたちはお酒を楽しそうに飲んでいる。気分が良くなってウサギになっちゃってる人もいる。
「あ、あああの」
「日向さん、お久しぶりです。この前はご本を有難う御座います」
「いいいえ、あんなのでよければ何万冊でも」
「本棚に入る分でお願い出来ると助かります。それと、作家さんだったんですね。この前テレビで拝見しました」
すると日向さんが座ったまま手足を器用に使ってかさかさ後ずさりした。ホラーかな。
「あわわわ私、みたいなド底辺のクズ野郎を知って頂けるとは……ッッ」
急に蹲って頭を両手で隠されちゃった。えっと、言わない方がよかった……?
「日向はいつもこんなんだから放っておけ」
色葉さんがアドバイスをくれた。放っておいていいんだ。いいの……?
「で、では、また後でお話しましょうね」
「ぐぅ……ッ」
話を切り上げたら呻き声を上げられた。みこちゃんも頷いているからいいか。もっと遊びに来れば、きっと段々慣れてくれるはず。
くいっ。
服の裾を掴まれて振り向く。みこちゃんがこちらを見上げていた。
「どうしたの?」
「みこ、奈々ちゃんと暮らすの楽しい。学校も楽しいよ。だから、これからもよろしくね」
「うん! こちらこそ」
嬉しいことを言われて感動していたら、みこちゃんがぽんとウサギになった。そのまま座布団の上で丸くなる。きっと疲れたんだね。背中をそっと撫でる。
いつもと同じふわふわのもこもこ。
私の癒し、みこちゃんも私との生活で少しでも癒されてくれているといいな。
それにしても毎秒思う。
あ~~~~~ウサギちゃん可愛い!!
了
「帰らないよ」
そこに、優しい温もりが私を包み込んだ。みこちゃんだ。
「みこ」
みこちゃんが色葉さんに振り向く。
「大丈夫。光二郎君とはお友だちになった。お嫁さんにはならない」
その言葉が嬉しくて、でも申し訳なくて、色葉さんの返事をじっと待つ。色葉さんは口をへの字にさせながらみこちゃんに説明した。
「でも、あっちがどう思っているかは分からないぞ。せっかくそいつから逃げたってのに」
「危ないのは光二郎君のおじいさまだから」
「そうか……」
色葉さんが腕組みをして悩んでいると、インターフォンが鳴った。誰だろう、お客さんが来る予定はないから宅配便あたりかな。
「はい」
「どうも」
出てみると藤さんだった。慌ててオートロックを外して部屋まで来てもらう。
「やあ、お久しぶりです。困っているかなと思って車を用意しました。大事なことですから、一度山へ帰りましょう」
「えっと」
相変わらず藤さんのタイミングの良さが怖いんですが……もしかして何か能力的なものをお持ちで……?
「そうだな、帰ろう。奈々も来い」
「あ、はい」
あっという間に車に乗せられ、五十嵐山へと走り出した。前回は電車だったから車だと新鮮な感じ。とか言っている場合じゃなかった。
時間にして四十分弱、体感は十分で五十嵐山に着いた。電車より時間がかかると思ってたけど、電車だと遠回りになるから車の方が早いらしい。なるほど。
山に入った瞬間、私以外のみんながウサギになった。運転手さんはにこにこしてお辞儀をして車に戻っていった。あそこで待っていてくれると言っていた。
色葉さんに先導される形で登っていく。うさみこちゃんは私の横についてくれている。ありがとう、山登り、急ぎはわりときついです。
以前泊まらせてもらったお家が見えた。一か月も経たずにまたここに来るとは思ってもみなかった。しかも今回は重要な話し合いが待っている。
「いらっしゃい」
すでに知らされているのか、おじいさまがにこやかに出迎えてくれた。これからどうなるんだろう。
「お邪魔します」
居間に入ると、家族全員かと思う人数がそこにいた。わぁお。
あ、日向さんがいる! すごい! 部屋の隅で体育座りだけどすごい!
「座ってください」
「はい、失礼します」
これからみこちゃんのこれからについて話し合いが始まるんだ。今日中に終わるかな。
「みこの通っている学校に光二郎が転校してきたと聞いたよ」
「はい」
「それで、みこについてだが──」
膝に置いた手がしっとりしてきた。私、みこちゃんが山に帰っても遊びに来るからね。
「このまま変わらず学校に通ってよいのではないかな」
「私、え!? こちらに帰らなくていいのですか!」
みこちゃんと顔を合わせる。みこちゃんも予想外だったらしく、大きな瞳をさらに真ん丸にさせていた。
「奈々さんがよかったらですけど」
「お祖父様、光二郎がいるのですよ」
色葉さんがおじいさまに抵抗する。だよね、客観的に見たら私もそう思う。おじいさまがにこやかにスマートフォンを取り出した。
「そのあたりは抜かりはない。またあのじいさんが五月蠅く言い出したから、浅見山に行ってばあさんと連絡先を交換した。今度じいさんが光二郎を使って求婚するようそそのかしたら、ばあさんに報告するとね」
ほほう、光二郎君のおじいさまは奥様に弱いと。
「ただ、光二郎自身がみこを好いているのならそれは止められはしないが。そこは本人の問題だから」
「みこは浅見山に嫁になんか出させません」
「まあまあ、その時になってみこが決めればいいことだ」
「それはそうですけど」
色葉さんもそれ以上言えず、みこちゃんがぼーっとしている間に話し合いは終了した。
五十嵐山と浅見山は敵同士で争っているのかと勝手に思っていたけど、単に気に入らないとかその程度ってことなのかな。
光二郎君が悪いんじゃなくて浅見山のおじいさまが騒いでいるだけなら、確かにこちらも慌てなくてよさそう。
「元々、そろそろ街に出て小学校に行かせようとしていたところだったから良い機会ということにしよう」
おじいさまが手を叩くと、お手伝いさんたちが豪華な食事を運んできた。そのまま宴会となる。未成年組に混ざって私はジュースにしてもらったけど、おじいさまたちはお酒を楽しそうに飲んでいる。気分が良くなってウサギになっちゃってる人もいる。
「あ、あああの」
「日向さん、お久しぶりです。この前はご本を有難う御座います」
「いいいえ、あんなのでよければ何万冊でも」
「本棚に入る分でお願い出来ると助かります。それと、作家さんだったんですね。この前テレビで拝見しました」
すると日向さんが座ったまま手足を器用に使ってかさかさ後ずさりした。ホラーかな。
「あわわわ私、みたいなド底辺のクズ野郎を知って頂けるとは……ッッ」
急に蹲って頭を両手で隠されちゃった。えっと、言わない方がよかった……?
「日向はいつもこんなんだから放っておけ」
色葉さんがアドバイスをくれた。放っておいていいんだ。いいの……?
「で、では、また後でお話しましょうね」
「ぐぅ……ッ」
話を切り上げたら呻き声を上げられた。みこちゃんも頷いているからいいか。もっと遊びに来れば、きっと段々慣れてくれるはず。
くいっ。
服の裾を掴まれて振り向く。みこちゃんがこちらを見上げていた。
「どうしたの?」
「みこ、奈々ちゃんと暮らすの楽しい。学校も楽しいよ。だから、これからもよろしくね」
「うん! こちらこそ」
嬉しいことを言われて感動していたら、みこちゃんがぽんとウサギになった。そのまま座布団の上で丸くなる。きっと疲れたんだね。背中をそっと撫でる。
いつもと同じふわふわのもこもこ。
私の癒し、みこちゃんも私との生活で少しでも癒されてくれているといいな。
それにしても毎秒思う。
あ~~~~~ウサギちゃん可愛い!!
了