『みこは任せろ。帰るのは明日でもいいぞ』

 色葉さんに来てもらうので連絡先を交換したんだけど、金曜日当日こんなメッセージが届いた。頼もしいけど帰らせてください。

『二十一時に終わるので二十一時半過ぎには帰ります』

 返信したら既読になっただけで終わった。なんだったんだろう。

 今日は十八時定時で終わらせて、会社の入り口で集合して飲み会へ行くことになっている。

 社会人と言ってもえらい人たちが何人も来るようなものじゃないから、その辺の飲み屋が会場。気が楽。

「川吉さん参加するの久々だね」

 制作部の先輩に声をかけられる。確かに、みこちゃんと暮らしてから一度も行っていないから、会社の人からしたら久々になる。私としては毎日幸せいっぱいで生活しているから、飲み会行っていないことすら頭になかった。

「今日は楽しもう」
「はい」

 会社の人たちは好きだから、いっぱいお話しよう。

 飲み屋は駅前のチェーン店だった。こういうところ、入りやすくて好き。

 前に課長と先輩と三人で行った時は高級店に招待されて、一枚五百円する牛肉食べて美味しかったけど、全部奢りで申し訳なくなっちゃった。何事もほどほどがいいかな。あと、私も働いているから年上の人とご一緒しても食べた分は払いたい、と思うのはさすがに野暮か。奢ってもらった時はお礼を言ってまた仕事を頑張る、これで行こう。

 私も後輩が数人出来て奢る機会もあったけど、奢る立場からすると全然気にしないで~って思うし。

 席に着いて飲み物のメニューを渡される。今日はコースと飲み放題だって聞いた。あまり飲むつもりはないけど、とりあえず最初の一杯は頼もう。

「もう決まったかな? 店員さん呼ぶよ~」

 幹事の先輩が率先して動いてくれる。有難う御座います。せめて小皿並べるの手伝います。

 次々にビールやサワーがテーブルに置かれる。仕事が一緒のチームの打ち上げだから小規模だけど、十人いるからかなり賑やか。
 私は後輩ちゃんと一緒に廊下側に座ったので、店員さんからサラダと唐揚げを受け取ったりした。

「では、お疲れ様でした。乾杯~」
「乾杯!」

 お~~、仕事帰りにアルコール摂取。普段全くお酒飲まないけど、これはこれで有りだ。美味しい。多分、疲れたところにみんなで楽しんでいるという環境が美味しくさせるんだな。

「川吉ちゃん、あっち側のお皿で食べたいのあったら言ってね」
「有難う御座います」

 すでにテーブルには大量の大皿があって、お肉からお魚までいろいろな種類の料理が溢れている。どれ食べよう、いっそ全部少しずつ食べるか。

「川吉さっきからめっちゃ食べるじゃん!」

 同期の木下君がからかってくる。この人は誰にでもこんな態度だけど、明るくて仕事には真面目なので結構好かれている。嫌味なことは言わないからだね。私も嫌いじゃない。

「いいでしょ、美味しいから」
「確かに。俺もずっと食べてる」

 自由に席替えをしながら、私の前や横の席が変わる。気軽な感じで良い。

「川吉さん、ちょっとあっち行ってきます」
「いってらっしゃい」

 そう言って、後輩ちゃんは酒豪組へ旅立った。後輩ちゃんはゆるふわの見た目からは想像出来ないくらいの酒豪だ。初めて一緒に飲んだ時幻覚でも見ているのかと思った。遺伝ですって笑っていた。後輩ちゃん家族すごいな。

 今日は無礼講って言っていたからか、棚元さんが課長と肩組んでいた。無礼講だけど、まあ、いいか。棚元さんなら大丈夫でしょう。

「うえーい」
「野々宮さん」

 後輩ちゃんがいたところに野々宮さんが座った。すでに顔真っ赤。まだ始まって三十分だけど、残り一時間半耐えられるのかな。

「楽しいねぇ!」

 誰も何も言っていないのにけらけら笑っている。とりあえず私も笑った。

「飲んでるぅ?」
「飲んでます飲んでます。野々宮さんはそろそろお水にした方がよくないですか」
「全然まだだよ。これ二杯目だし」

 まさかの二杯目だった。しかもほとんど減ってないから、一杯でこうなったってことだ。後輩ちゃんの逆ですね。

 スーツ姿以外はまるで学生のノリで、私も大学生に戻った気分だった。お酒を沢山飲まなくたって、こうして楽しい雰囲気の中で会話するだけで十分。これも癒しと言えば癒しだ。

 今はみこちゃんという大切なウサギさんが出来たから遠ざかっていたけど、たまには参加するのもいいかも。

「川吉さん、助けて」

 棚元さんがへろへろでこちらに歩いてきた。あれ、十分前まで余裕そううな顔で笑っていたのに。

「どうしたんですか?」
「課長にうざ絡みし過ぎて怒られた~。いくら何でもやり過ぎは駄目だって」
「それは正論ですね」

 なんでかツボに入って笑っちゃって、棚元さんがまた落ち込んでしまった。めちゃめちゃ謝っておいた。

「帰ったら、彼女に慰めてもらうわ」
「え、彼女いたんですか」

「恥ずかしがり屋で画面から出てこないけどね」
「二次元ですやん」

 棚元さん、いつか恥ずかしがり屋の彼女が出てきてくれるよう応援しています。





「みんな大丈夫? 一人で帰れない人いないね?」
「はぁい~」

 あっという間の二時間が過ぎ、飲み会はお開きとなった。相変わらず野々宮さんの顔は赤いけど、ちゃんとトイレ行っていたしふらふらもしていない。それでもちょっと心配していたら、後輩ちゃんが近いから途中まで一緒に帰るって言っていた。優しい後輩ちゃんでほろり。

 後輩ちゃんが陽気な野々宮さんとこちらに近づいてきた。

「私たちは二次会行かないで帰りますけど、川吉さんも帰りますか?」
「うん。うちで待っている子がもうすぐ寝ちゃうだろうから」

 言っていて、本当の家族になった気分だった。うちで待っている子だって。

「ですよね。じゃあ、駅まで一緒に──」

「奈々様、お迎えに上がりました」

 後輩ちゃんが言いかけたところで、聞き慣れない声が聞き慣れた名前を呼んだ。みんな一斉に振り返る。そこにはスーツを着て白い手袋をつけた中年男性が立っていた。

 な、なんか見たことがある気がしないでもないんですが……。

「奈々様って」
「川吉さんのことじゃない?」

 ざわざわしてる。私もそのざわざわの中にいたかった。

 私は鞄を引っ掴み、急いで男性の元へ向かう。近くで見ると、やっぱり授業参観で会ったおじいさまの運転手さんだった。

「えと、今日は私のお迎えを……?」
「ええ、夜遅いと心配だからと大旦那様が」
「そそ、そうですか。遠い所までいらしてくださって恐縮です」

 ほわわわ……後ろの視線が痛いよぉぉ私はただの平民に御座います!

 きっと、飲み会を知ったみこママがおじいさまに報告して、優しいおじいさまだから運転手さんをこちらに派遣してくれたんだ。とても嬉しい、嬉しいけどもちょっと私には運転手さんは早いと言いますか……ッ。

「それでは、車に参りましょう」
「はい……」

 運転手さんに連れられてお店の出口へ向かう。そうだ、会社の人に挨拶しなきゃ。

「じゃあ、すみません。お先に失礼します」
「気を付けて、いや、気を付ける必要は無いのか」
「お疲れ様……」