日向
「えっ」
「どうしたの?」
「いや、何でもないです」
野々宮さんとランチを楽しんでいたら、窓から見える向かいの本屋にあるポスターが貼られていた。それはいいんだけど、見間違いじゃなかったらあれ……日向さんでは……!?
なんで……まさかモデル……? いや、そういう感じじゃない。しかも、日向さんの性格的にモデルしたらストレスで三十分で胃に穴が開いて病院行きになりそう。
ということは、選択肢はかなり絞られる。私はバッグの中を漁った。あった!
「本?」
「あ、帰りに読もうと思ってたの、持ってきたかな~ってちょっと確認してたんです」
「へー、読書するんだ」
「最近目覚めまして」
いつか読もうとバッグに入れていた本の表紙に書かれた名前を確認する。新井日向って書いてあった。名字は変えているけど名前が日向って、やっぱりあの日向さんてことだよね。
作家さんだったの!?
うわ~知らなかった~。後でちょっと読んでみよう。
それにしても、ポスターの日向さんは日向さんだけど普段と違う。クマはあるし闇の雰囲気漂わせつつも、微笑していて穏やかそう。外に出ることすら嫌がっているらしいから、きっとすごく頑張ったんだろうな。
「カレー結構辛かったね。でも、本格的で美味しかった」
「ですね。次は辛さ一つ落としてもいいかも」
カレーやさんを出て話しつつも、気になるのはやはりポスター。うわぁ、やっぱり近くで見ても完全に日向さん。どうやって撮影したんだろう。もしかして、担当さんがあの家まで行ってそこで撮影したのかな。担当さんとは会話出来るのかな。
いやいや、私失礼なこと考えてる。きっと仕事ではちゃんと話せているはず。立派な社会人だもん。お仕事していてえらい!
しかも、ポスターになるくらいだから売れている作家さんなんだろうなぁ。普段本を読まないから全然知らなかった。
「本屋に誰かいる?」
「わっ」
やばい、見過ぎてた。完全に変な人だわ。
「何か新刊出てたかな~って」
「ああ、そっか。仕事帰りってすぐ家に帰っちゃうから、なかなか本屋寄る暇無いよね」
「そうなんですよ」
どうにか誤魔化せたよね。会社は仕事をするところでお金を頂くところで重要な場所なので、なるべく無難な人間でありたい。
会社に戻ったらもうあと五分で休憩が終わるところだった。残念、これは家までおあずけだな。
十四時台にペットカメラに手を振るみこちゃんを確認して、仕事をどんどん片付けていく。みこちゃん、待っててね。そして今日は一緒に本を読もう。みこちゃんがもらっていた本も日向さんが書いたものかもしれない。楽しみになってきた。
「お疲れ様です!」
しっかり仕事を終わらせて音速で帰宅。読書のお供にジュースも買った。完璧。
「ただいま~」
ぴょんっ。
うさみこちゃんが玄関で待っていてくれた。か、かわ~~~~ッッ。
「ま、待ってて。すぐ手洗いうがいしてくる!」
これまた光速で洗面所から出てきて、今度こそ抱っこしてハグさせてもらった。ふわふわ。寿命が延びた。有難う御座います。
「学校楽しかった?」
「うん。かいとさんが昼休みにお笑い劇場やってて面白かった」
「ああ、あの自主的にお笑い係を作って笑わせてくれる子ね」
児童は何かしらの係に所属することになっているんだけど、かいとさんはどこにも入らず「お笑い係」なるものを作ったらしい。心臓強強過ぎて尊敬する。一人だから絶賛相方募集中で、みこちゃんが転校してきた時も勧誘されたって言っていた。ちなみにみこちゃんは飼育係。
作り置きしていたおかずを解凍して二人で食べ始める。みこちゃんって食べている姿も可愛いんだよね。なんだろう、行動全ては愛おしい。
「ごちそうさまでした」
食器を片付けて、ようやく目的の時間になった。クッションに座るみこちゃんに話しかける。
「ねぇ、日向さんが小説家さんだって知ってる?」
「うん」
だよね。兄妹だもんね。
「この前遊びに行った時に本をもらったでしょ。私の日向さんが書いた本だったから、みこちゃんのもそうかな~と思って」
そう言うと、みこちゃんが学習机の棚を探し出した。私と同じで確認していなかったみたい。ごめんなさい、日向さん。
「あった」
二人で著者を確認する。やっぱり新井日向って書いてあった。
「日向さんの本だね」
「知らなかった。読んでみる」
「私ももらったの読んでみよう。隣に座っていい?」
「いいよ」
ジュースを持ってきて二人で読書タイム。これぞ優雅な休息って感じ。
さて、日向さんの本はどんな本かな。
「昨日の君に会いに行く」
おお、なんかおしゃれなタイトル。普段の日向さんとはイメージが違う。みこちゃんの方を覗くと、「みいちゃんのくつしたはどこ?」と書かれていた。
もしかしなくても児童書!? 児童書まで書けるの!? て、天才では……?
「ふう」
一ページも開かずに騒いじゃった。落ち着いて読んでいこう。ジュースを一口飲んで表紙をめくる。
主人公は大学一年生の男の人。ある日、付き合いたての彼女が行方不明になる。それを探していくうちに過去にタイムリープするというちょっと不思議もの。軽い文体で進んでいくから、読書慣れしていない私でもすいすい読める。
きりの良いところでしおりを挟む。時計を見たらもう二十分経っていた。
「みこちゃん」
話しかけようとしたらみこちゃんはすでに夢の中。本を持ちながら目を瞑っている。
起こさないようにそっと本をどかすと、そのままクッションに倒れ、ウサギに変身した。
おお、寝ながらでも変身出来るんだ。熟睡すると変身するってことかな? もしそうなら、学校で眠くなっても我慢しようねって言っておかないと……!
このままベッドに連れていこうかと思ったけど、歯磨きをしていないことを思い出した。私が寝る前に起こして歯磨きだけしてもらおう。大人の歯のためにも乳歯の今から歯は大切にしないとね。
日向さんの本は予想以上に面白くて、テレビもつけずトイレも忘れ、あっという間に読み終わってしまった。
まるで映画を観ているみたいだった。たった一年の物語なのに、主人公の一生を垣間見た気になった。良い物語を有難う御座います。今度会えたら感想を言いたいな。いや、あまり距離を詰めたら逃げられちゃうか。ちょっとずつお友だちになってもらおう。
「あ、八時だ」
二十時を回ったところで、みこちゃんをそっと撫でてみる。これじゃ起きないよねぇ、知ってた。でも多分、歯磨き以外にお風呂も入るって言いそうだし、そろそろ起こさなきゃ。
そうだ。ウサギさんのまま濡れタオルとかで拭くでもいいのでは? それなら出来そう。
「タオルを濡らしてレンジに入れて~」
レンジでタオルを温める。うん、これなら熱くないけど冷たくもない。部屋の温度も暖かめに。ぷうぷう寝ているうさみこちゃんをこれでもかとそっとタオルで拭く。起きないことが分かって、タオルで包み込んでみる。その後に乾いたタオルで拭いていく。
「終わった」
仕事より集中した気がする。おかげでみこちゃんの眠りを妨げることなく終了した。よく出来ました、私。
明日の学校の持ち物を確認していると、うさみこちゃんの耳がぴくぴく動いて起き出した。
「みこちゃん、歯磨いて寝直そうか」
声をかけたら人間になってくれた。まだ目を瞑っているけど。寝っ転がってもらって手早く磨く。口をゆすいでお水を一杯飲む。トイレにも行ってもらっておやすみなさい。
ここまでしたら目が覚めちゃうかと思ったけど、ベッドに転がったみこちゃんは五分もしないうちに眠ってしまった。毎日学校で疲れてるんだね。楽しいみたいだし良いことだ。
私も遅くならないうちに寝ちゃおう。そうだ、読後の気持ちを忘れないようにメモしておこ。スマートフォンのメモ機能に日向さんの本の感想を羅列していく。
これ、お手紙にして渡したいけど、もし渡したら倒れそうな気がするから自分の胸の中に仕舞っておいた方がいいかな。もっと仲良くなった時に感想沢山言えたらいいな。
何とはなしに本をめくって最後まで辿り着いたら、そこに著者の写真が載っていた。こっちはとても生気の無い瞳だった。
「えっ」
「どうしたの?」
「いや、何でもないです」
野々宮さんとランチを楽しんでいたら、窓から見える向かいの本屋にあるポスターが貼られていた。それはいいんだけど、見間違いじゃなかったらあれ……日向さんでは……!?
なんで……まさかモデル……? いや、そういう感じじゃない。しかも、日向さんの性格的にモデルしたらストレスで三十分で胃に穴が開いて病院行きになりそう。
ということは、選択肢はかなり絞られる。私はバッグの中を漁った。あった!
「本?」
「あ、帰りに読もうと思ってたの、持ってきたかな~ってちょっと確認してたんです」
「へー、読書するんだ」
「最近目覚めまして」
いつか読もうとバッグに入れていた本の表紙に書かれた名前を確認する。新井日向って書いてあった。名字は変えているけど名前が日向って、やっぱりあの日向さんてことだよね。
作家さんだったの!?
うわ~知らなかった~。後でちょっと読んでみよう。
それにしても、ポスターの日向さんは日向さんだけど普段と違う。クマはあるし闇の雰囲気漂わせつつも、微笑していて穏やかそう。外に出ることすら嫌がっているらしいから、きっとすごく頑張ったんだろうな。
「カレー結構辛かったね。でも、本格的で美味しかった」
「ですね。次は辛さ一つ落としてもいいかも」
カレーやさんを出て話しつつも、気になるのはやはりポスター。うわぁ、やっぱり近くで見ても完全に日向さん。どうやって撮影したんだろう。もしかして、担当さんがあの家まで行ってそこで撮影したのかな。担当さんとは会話出来るのかな。
いやいや、私失礼なこと考えてる。きっと仕事ではちゃんと話せているはず。立派な社会人だもん。お仕事していてえらい!
しかも、ポスターになるくらいだから売れている作家さんなんだろうなぁ。普段本を読まないから全然知らなかった。
「本屋に誰かいる?」
「わっ」
やばい、見過ぎてた。完全に変な人だわ。
「何か新刊出てたかな~って」
「ああ、そっか。仕事帰りってすぐ家に帰っちゃうから、なかなか本屋寄る暇無いよね」
「そうなんですよ」
どうにか誤魔化せたよね。会社は仕事をするところでお金を頂くところで重要な場所なので、なるべく無難な人間でありたい。
会社に戻ったらもうあと五分で休憩が終わるところだった。残念、これは家までおあずけだな。
十四時台にペットカメラに手を振るみこちゃんを確認して、仕事をどんどん片付けていく。みこちゃん、待っててね。そして今日は一緒に本を読もう。みこちゃんがもらっていた本も日向さんが書いたものかもしれない。楽しみになってきた。
「お疲れ様です!」
しっかり仕事を終わらせて音速で帰宅。読書のお供にジュースも買った。完璧。
「ただいま~」
ぴょんっ。
うさみこちゃんが玄関で待っていてくれた。か、かわ~~~~ッッ。
「ま、待ってて。すぐ手洗いうがいしてくる!」
これまた光速で洗面所から出てきて、今度こそ抱っこしてハグさせてもらった。ふわふわ。寿命が延びた。有難う御座います。
「学校楽しかった?」
「うん。かいとさんが昼休みにお笑い劇場やってて面白かった」
「ああ、あの自主的にお笑い係を作って笑わせてくれる子ね」
児童は何かしらの係に所属することになっているんだけど、かいとさんはどこにも入らず「お笑い係」なるものを作ったらしい。心臓強強過ぎて尊敬する。一人だから絶賛相方募集中で、みこちゃんが転校してきた時も勧誘されたって言っていた。ちなみにみこちゃんは飼育係。
作り置きしていたおかずを解凍して二人で食べ始める。みこちゃんって食べている姿も可愛いんだよね。なんだろう、行動全ては愛おしい。
「ごちそうさまでした」
食器を片付けて、ようやく目的の時間になった。クッションに座るみこちゃんに話しかける。
「ねぇ、日向さんが小説家さんだって知ってる?」
「うん」
だよね。兄妹だもんね。
「この前遊びに行った時に本をもらったでしょ。私の日向さんが書いた本だったから、みこちゃんのもそうかな~と思って」
そう言うと、みこちゃんが学習机の棚を探し出した。私と同じで確認していなかったみたい。ごめんなさい、日向さん。
「あった」
二人で著者を確認する。やっぱり新井日向って書いてあった。
「日向さんの本だね」
「知らなかった。読んでみる」
「私ももらったの読んでみよう。隣に座っていい?」
「いいよ」
ジュースを持ってきて二人で読書タイム。これぞ優雅な休息って感じ。
さて、日向さんの本はどんな本かな。
「昨日の君に会いに行く」
おお、なんかおしゃれなタイトル。普段の日向さんとはイメージが違う。みこちゃんの方を覗くと、「みいちゃんのくつしたはどこ?」と書かれていた。
もしかしなくても児童書!? 児童書まで書けるの!? て、天才では……?
「ふう」
一ページも開かずに騒いじゃった。落ち着いて読んでいこう。ジュースを一口飲んで表紙をめくる。
主人公は大学一年生の男の人。ある日、付き合いたての彼女が行方不明になる。それを探していくうちに過去にタイムリープするというちょっと不思議もの。軽い文体で進んでいくから、読書慣れしていない私でもすいすい読める。
きりの良いところでしおりを挟む。時計を見たらもう二十分経っていた。
「みこちゃん」
話しかけようとしたらみこちゃんはすでに夢の中。本を持ちながら目を瞑っている。
起こさないようにそっと本をどかすと、そのままクッションに倒れ、ウサギに変身した。
おお、寝ながらでも変身出来るんだ。熟睡すると変身するってことかな? もしそうなら、学校で眠くなっても我慢しようねって言っておかないと……!
このままベッドに連れていこうかと思ったけど、歯磨きをしていないことを思い出した。私が寝る前に起こして歯磨きだけしてもらおう。大人の歯のためにも乳歯の今から歯は大切にしないとね。
日向さんの本は予想以上に面白くて、テレビもつけずトイレも忘れ、あっという間に読み終わってしまった。
まるで映画を観ているみたいだった。たった一年の物語なのに、主人公の一生を垣間見た気になった。良い物語を有難う御座います。今度会えたら感想を言いたいな。いや、あまり距離を詰めたら逃げられちゃうか。ちょっとずつお友だちになってもらおう。
「あ、八時だ」
二十時を回ったところで、みこちゃんをそっと撫でてみる。これじゃ起きないよねぇ、知ってた。でも多分、歯磨き以外にお風呂も入るって言いそうだし、そろそろ起こさなきゃ。
そうだ。ウサギさんのまま濡れタオルとかで拭くでもいいのでは? それなら出来そう。
「タオルを濡らしてレンジに入れて~」
レンジでタオルを温める。うん、これなら熱くないけど冷たくもない。部屋の温度も暖かめに。ぷうぷう寝ているうさみこちゃんをこれでもかとそっとタオルで拭く。起きないことが分かって、タオルで包み込んでみる。その後に乾いたタオルで拭いていく。
「終わった」
仕事より集中した気がする。おかげでみこちゃんの眠りを妨げることなく終了した。よく出来ました、私。
明日の学校の持ち物を確認していると、うさみこちゃんの耳がぴくぴく動いて起き出した。
「みこちゃん、歯磨いて寝直そうか」
声をかけたら人間になってくれた。まだ目を瞑っているけど。寝っ転がってもらって手早く磨く。口をゆすいでお水を一杯飲む。トイレにも行ってもらっておやすみなさい。
ここまでしたら目が覚めちゃうかと思ったけど、ベッドに転がったみこちゃんは五分もしないうちに眠ってしまった。毎日学校で疲れてるんだね。楽しいみたいだし良いことだ。
私も遅くならないうちに寝ちゃおう。そうだ、読後の気持ちを忘れないようにメモしておこ。スマートフォンのメモ機能に日向さんの本の感想を羅列していく。
これ、お手紙にして渡したいけど、もし渡したら倒れそうな気がするから自分の胸の中に仕舞っておいた方がいいかな。もっと仲良くなった時に感想沢山言えたらいいな。
何とはなしに本をめくって最後まで辿り着いたら、そこに著者の写真が載っていた。こっちはとても生気の無い瞳だった。