ここは元々みこちゃんが住んでいた場所じゃない。山からも離れている。だから、みこちゃんの家族しかあやかしを見たことがなかった。

「そういえば、お店をウサちゃんが走ってるのに全然騒ぎにならないね」
「あやかしの力を使って視えなくしてるみたい」

「そんなこと出来るんだ」
「そういうのは強いあやかしだけ」

 ということは、強いあやかしなんだ。どういう理由でここにいるんだろう。わざわざ姿を消しているってことは、買い物しに来たわけではないことは確かだ。

「みこちゃん、私から離れないでね」
「うん」

 ぎゅうと手を繋ぐ。何が目的か分からないうちはこちらも慎重に行動した方がいい。まさか消しゴムを買いに来ただけなのにこんなことになるとは。

 もしかして、あのウサギさんもみこちゃんのようにどこかから逃げてきたとか。

 いや、さすがにないか。みこちゃんだって、たまたま求婚されたから逃げてきただけで、通常のあやかしには逃げる理由は無い。

 でも、山に住んでいるんじゃなくて、どこか街に住んでいてあやかしだってバレたとか。

 もし困っているだけなら力になりたい。ただ、私にはみこちゃんを守るという義務もある。

 あやかしを見つけたら、遠目から観察して様子を探ろう。

「とりあえず消しゴム買おう」
「うん」

 消しゴムをカゴに入れ、その場を離れる。近くにおもちゃコーナーがあり、みこちゃんが瞳を輝かせた。

「おもちゃだ」
「見る?」

「いいの?」
「もちろん」

 うんうん、おもちゃコーナーって楽しいよね。私も楽しそうなみこちゃんが見られて楽しい。

 あやかしは気になるけど、何かしてきたわけじゃないからあまり気にしないでおこう。

「奈々ちゃん、これは何?」
「知恵の輪だよ。二つが絡まってるけど、ある場所を通すと二つに分かれるの」
「へぇぇ」

 感心した声を漏らしつつ、視線は次に移る。

「これは?」
「魔法ステッキ、かな。電池を入れると光ったり音楽が鳴るみたい」
「おお~すごい」

 興味があるものがいっぱいみたいで、普段クールな顔つきが多いみこちゃんにしては珍しく、大きなお口で感想言っている。可愛い。けど、店内だから可愛い写真が撮れない。

 最近はSNSにアップして宣伝してもらうために店内撮影OKのお店も増えてきたけど、ここが平気か分からないので止めておいた方が無難だよね。残念、心の目、頑張ります。

「一個買ってもいい?」
「いいよ、二個でもいいよ」
「二個……!」

 みこちゃんが頭に両手を乗せる。むずむずしてるんだね、嬉しいんだね。百均二個で喜んでくれるの、純粋で涙が出ちゃう。

 風船やカルタなど、一つ一つ真剣に見つめては悩むみこちゃん。それにしても、百均のおもちゃってかなり豊富。

 ラジコンみたいなやつもある。二百円か、やっすい。あ、シャボン玉ある。百人一首もあるんですけど。

「決まった」
「お、どれどれ~」

 みこちゃんに近づくと、その後ろの通路奥に影が見えた。まさか!

「あやかし!?」

 みこちゃんが後ろを向いたところで影が走り出す。

「逃げちゃった」
「追いかける?」

 聞いてみるとふるふる首を振られる。

「気配を消してるから難しい」
「なるほど」

 やっぱり強いあやかしなんだ。しかも、みこちゃんを見ていたということはみこちゃんを知っている可能性が出てきた。

 でも、こっちには近づいてこない。みこちゃんがあやかしだって分かって観察してたのかな。

「敵と味方、どっちだと思う?」
「味方じゃないと思う。けど、こっちに来ないなら関係無いから平気」
「強い」

 本当、強い。あやかしも強いらしいけど、みこちゃんこそ強い。私だったらずっと気になっちゃう。怖いのもあるけど、どういうあやかしなのか。

 あと、気付いたことがある。走ってたりほとんど隠れててちゃんと確認出来なかったけど、お耳がふわってなったからロップイヤーっぽかった。絶対可愛い。みこちゃんの家族はみんなネザー系だったから、違う地域のあやかしってところかな。特に何もされなかったから、遊びに来ただけなのかもしれない。

 ウサギは絶対こうっていう好みがあるわけじゃなくて、どれも可愛いフォルムって思うので、これからもいろいろなあやかしに出会いたい。

「さあ、レジ行こう。それ、私も一緒にやっていい?」
「いいよ」

 みこちゃんが選んだのはシャボン玉と知恵の輪だった。シャボン玉はお風呂入りながら思い切りやろう。

 レジに行った私たちは、その後店内でどのようなことが起きたのか知る由もなかった。

『はぁ……警戒が強い二人だ。全然近づけない』

 ロップイヤーのあやかしが恨めしそうに呟く。その後ろに大きな影が現れた。

「おいお前、あいつらに何の用だ」
『ひぃッッ』

 色葉があやかしに向かって威嚇すると、あやかしが一メートル飛び上がり、そのまま一目散に逃げていった。

「随分臆病な野郎だな。みこたちのことも遠巻きにしか見ないし。まあ、あれだけ性格がビビりなら危害も加えられないか」

 無理に追いかけることはせず、色葉は店の外に出ていった。




──どうしよう、どうしよう!

 耳をなびかせて、あやかしが人混みをすり抜ける。しかし、通行人は誰一人としてそれに注目しない。

 あやかしはあるビルの前で立ち止まり、きょろきょろ辺りを窺いながら中に入った。

 階段を駆け上り、三階の部屋の前で人間に変身した。ダークグレーのスーツに眼鏡をかけた、少々猫背の男だ。

 こんこん。

「失礼します」

 控えめなノックをしてから部屋に入る。部屋薄暗く、奥の席に座っている男の顔は窺えない。

「どうだった?」

 スーツの男はびくりと肩を揺らし、右手で左腕を摩った。

「申し訳ありません。あと少しのところで邪魔が入ってしまって」

 苦々しく報告をすれば、奥にいる男は大きく息を吐いた。

「くそ……」

 男が苦々しく呟き、立ち上がった。身長はスーツの男随分と低かった。

「仕方がない。僕が直接出向くしかないな」
「申し訳ありません……光二郎様」