そんな出会いの翌朝、起きたらそこには幼女がいた。

「え、うそ、やだ」

 まさかそんな。私はウサギを拾っただけなのに。

「誘拐!?」

 いくら何でもあり得ないけど、疲れ果ててウサギと幼女を間違えて誘拐してきちゃった!? 交番に駆け込んだのも幻!?

 いやおかしいけど、自分でも何言ってんのか分からないけど、そうしないと説明がつかない。だって、ウサギちゃん部屋にいないし。

「申し訳ありません!」

 私は幼女に向かって土下座をした。額を床に思い切り擦り付ける。慌て過ぎてとりあえず謝るしか思いつかなかった。

「そうだ、警察! 警察行きましょう!」

 記憶には無いけど、これは犯罪だと思う。未成年の子を自分の家に連れてきてるもの。昨日も行ったけど幻覚だったら行ってないってことだし。

 前科、付くんだろうなぁ……仕事忙しいけどわりと好きだったなぁ……。

「そうだ」

 慌てて通勤バッグを漁る。すぐに目的のものが出てきた。交番でもらった封筒だ。

「やった。拾得物って書いてある。ちゃんと私行ってる!」

 これで昨日の出来事は幻ではないことが証明された。じゃあ、この可愛い女の子はどこから……? そういえば、ウサギもいない!

「あれッウサギちゃん? どこ?」
「ここ」

 きょろきょろ広くない部屋を見回していたら、女の子が手を挙げた。

「ええと、お名前がウサギちゃんなのかな? 私は本物のウサギを探していて」
「だから、ウサギ。昨日拾ってくれたウサギ」
「えッッッッ」

 言葉が出ない。息出来てるかも分からない。ど、どういうこと……!?

 ぐちゃぐちゃの頭を整理するために正座をして深呼吸する。すると、ウサギちゃんも目の前で正座をしてくれた。かわ~。

「あなたは昨日私が拾ったウサギで、人間に変身出来る。合ってる?」
「合ってる」

 こくんと頷かれる。うわぁ。頬をつねってみる。いった……。

 じゃあ、現実なんだ。不思議なウサギ拾っちゃった。こんなこと宝くじが当たるより難しそう。

 不思議なことってなんだかわくわくする。成人してから小説の主人公みたいな体験が出来るなんて!

「あ、でも、人間になれるってことは住んでいたところがあるのよね。ここにはいられないか」

 悲しい事実に気付いてしまって、上がりに上がっていたテンションがしょぼしょぼ萎んでいく。

 ウサギちゃんがふるふる首を振った。

「だいじょぶ。いられる」
「ほんとう? 家族がいるんじゃない?」
「いるけど、平気。それに家はずっとずっと遠く」
「遠くから一人で来たの?」

 こくんとウサギちゃんは頷いた。

 私は涙が溢れそうだった。何か事情があるらしいけど、遠くから一人でここまで来るなんてどんなに心細かっただろう。怪我一つ無くてよかった。怖い人に掴まらなくてよかった。

「そっか。じゃあ、とりあえずよろしくね」
「うん」

 握手のつもりで右手を差し出したら、握手の習慣が無いのか両手で握られた。両手なのに私の右手と同じくらいの大きさ。何これ愛しい。命の尊さを感じる。生まれてきてくれてありがとう。

「お名前、聞いてもいい?」
「みこ」
「みこちゃん! 可愛いお名前だね!」
「三番目の子どもだから」

 由来に衝撃を受けたけど、きっとその世界では常識なのかもしれない。

「私は奈々、川吉奈々って言うの」
「奈々ちゃん」
「うッッ」

 久々に名前でちゃん呼びされちゃった。しかも小さな女の子に。なんか眩しくて目がパチパチする。

「よし、みこちゃん。朝ごはんにしよ」

 気を取り直して立ち上がる。

 人間になると人間の食べ物でいいらしい。それなら多めに作るだけだから楽だ。

 卵焼きを焼いて、サラダやご飯と一緒にテーブルに出す。みこちゃんは鼻先を近づけて匂いを嗅いでいた。

「名前知らないけど、一回食べたことある」
「卵焼きって言うんだよ。どうぞ」

 お箸を渡す。口に合わなかったら申し訳ないな。ちなみに我が家の卵焼きは塩味。

 器用にお箸で卵焼きを掴んで口に入れる。おお、初めてなのに一口。意外とチャレンジャー。もぐもぐしてる。不味かったら不味いって言っていいからね!

「……おいしい」
「ほんと! よかった~」

 お世辞かもしれないけど変な顔はしなかったから、不味いってことはなさそう。安心した。いつも一人で作って一人で食べて誰かに食べてもらうことはないから、実際のところ美味しいのか不安だった。

 私も食べつつ見守っていると、全部綺麗に食べてくれた。嬉しい。作った料理を食べてもらえるってこんなに嬉しいんだ。料理好きじゃなかったけど好きになれそう。

 今日は土曜日。もともと飼育グッズ買おうと思ってたから一緒に出かけられないかな。飼育グッズはあまりいらなさそうだけど。

「みこちゃん。休憩して準備したらお出かけしない? みこちゃんの物買った方がいいし」
「みこの物?」

 ぴょこん。

 みこちゃんが顔を上げたその時、黒いウサギの耳が頭の上に生えた。

 生えた!

 え、リアルウサ耳!

 私が手をうずうずさせている間にそれは引っ込んでしまった。残念。

「出ちゃった」
「大丈夫だよ。もしもお外で出そうになるのが不安だったら帽子を被ればいいし」
「うん」

 私としては出ていても全然構わないけど、外で騒がれて人体実験とかになったら困る。みこちゃんの身は私が守る。

 いちおう私が保護者ってことになるし。ちゃんと毎日を安全に過ごしてほしい。

 正社員でボーナス有りだから、それなりに貯蓄はありましてよ。

 食器を洗ってごろごろして、着替えて出発予定の時間になった。みこちゃんには私の帽子を被せたけどぶかぶか。まずは帽子からかな。