その日、私は出会ってしまった。運命のウサギ様に。
「ああ、もう!」
スマホをベッドに投げつけようとして止める。スマホは悪くない。悪いのはアラームをかけなかった私だ。おかげで今、乗る予定の電車まであと二十分というギリギリアウトな位置にいる。ちなみに、駅まで走って五分。つまり、あと十五分で出なければならない。
「メイク出来ない、けど、すっぴんはもっと無理」
朝食を諦めて鞄に放り込む。顔を洗って、化粧水美容液乳液と鬼の速さで塗り、べたべたを乾かす間にトイレを済ます。ここで五分。あと十分、いける。
「うおおおおおおッ」
誰が見守っているわけでもなく、一人メイク大会を開催する。選手は私一人、審査員も私。一位でビリ。
「あ、やば」
あと眉毛とマスカラだけというところでタイムアップが来てしまった。これ以上無理は出来ない。だって走って五分なのだから。
メイクポーチも鞄に入れ、急いで部屋を出る。どんなに慌てていても鍵は絶対掛ける。これでよし。よくないけど。私は駅に向かって走り出した。
「川吉さんおはよう。お疲れ様」
「お早う御座います……」
よれよれで出勤した私を半笑いで上司が出迎えた。注意されなかっただけマシだ。ちなみにお財布を忘れた。多分、今日の乙女座の運勢十二位。
パソコンの電源ボタンを押す。うわ、黒い画面に映る私すでに疲れ顔。パソコン立ち上げるだけでダメージ受けるってツライ。
そこでメイクが終わっていないことに気が付いた。え、やば、トイレ!
トイレの鏡でどうにかメイクを完成させる。前髪あったしアイライナー引いてたから、ぱっと見は気付かれていないはず。私は素知らぬ顔でデスクに戻った。あと五分で始業時間だ。
やっぱ金曜日だから疲れが溜まってたのかな。
そもそも、週休二日っていうのが良くない。水曜日休みの週休三日だったら、全ての平日が休日の次の日か休日の前日となるので、四日間を全力で仕事して五日分の成果が出せると思う。
という妄想をしながら今日も頑張ります。
今日中にやらなければならないことを定時までに終わらせ、来週の分を少しだけして十九時前に会社を出た。我ながらよくやりました。
「何買って帰ろう」
自炊は出来るけど、疲れた日には何か買って帰りたい。たとえお店のだとしても自分以外の誰かの手作りが食べたい。
会社の最寄り駅でデパ地下をうろつく。あ~~全部良い匂い……。和食も良いけど中華も良い。自宅で作りにくいものにしよ。
来週給料日ということもあり、ちょっとだけ贅沢をして電車に乗る。はい、混んでる。朝みたいに満員じゃないけど、やっぱり東京は常に人がいる。
惣菜が入ったエコバッグをお腹に抱え、窓から見えるビル群を二十分見つめ続けた。
駅から徒歩七分。近いのか遠いのか分からない道を歩く。すると、端の方に段ボールが置かれていた。
「もしかして」
それに近付くと、予想通り捨てられた動物が丸くなっていた。それが犬でも猫でもなく、ウサギだったの意外だったけど。
いつからここにいるのだろう。朝はいなかったからその後ということしか分からない。まだ寒くはないけど、お腹が空いて弱っているかもしれない。
「何か食べ物……!」
そう思ってエコバッグを漁るけれど、出てくるのは人間用の味が濃い料理のみ。
「だめだ」
というか、そもそもここにいちゃだめだ。動物病院じゃ預かってくれないよね。やっぱり警察かな。
何が正解か分からないまま、私は小ぶりの段ボールを持ち上げた。
「う~ん。いちおう落とし物ということで処理しますが、状況的に捨てたと思うので、持ち主が現れるのは難しいと思います」
「ですよね」
おまわりさんは厳しい顔でそう言った。
そうだよね、気が変わって捨てた人がやってくるなんて可能性、私もかなり低いと思う。
「それで、このウサギですけど、そちらで預かったり出来ますか? 生き物だとこちらで預かれるのも期限があって」
「期限というと、つまり」
そういうこと? いやいや、それはだめ。私は勢いよく頷いた。
「飼えます。大丈夫です!」
「ああ、よかった。では、落とし主が現れたら連絡します」
「宜しくお願いします」
かくして、私はデパ地下の総菜とともにウサギを抱えて家に帰ることになったのである。
マンションが小動物可のところでよかった。
ウサギとかハムスターとか、カゴで飼えるのにしてねって言っていた。明日朝一で飼育道具一式買ってこなくちゃ。
部屋に入り、引っ越しの時に使った段ボールにバスタオルを敷いて、そこにウサギをそっと下ろす。今日はこんなのでごめんね。
「あとお水とご飯……ご飯って何食べるんだろ」
スマートフォンでウサギの飼い方を調べる。出てきたのはペレットと牧草、両方無いですごめんなさい。おやつとしてにんじんをあげるらしいので、冷蔵庫にあったにんじんを細く切ってウサギの口元に置いてみた。
「食べたッ」
──カワイイ!
おまわりさんもそのまま飼えそうなら飼ってくださいって言っていたから、飼っちゃおうかな。あんなところで偶然出会うなんて運命かもしれない。うん、飼おう。
私もご飯を食べつつ、ウサギを見つめる。
黒くて、小さくて、耳も意外と短めのウサギちゃん。
見た目はネザーかな。雑種かも。どれでもいいけど。可愛いから。
「ウサギちゃん、ここに住む?」
「ぷぅ」
話しかけたらウサギが小さく鼻を鳴らした。返事してくれたって思っておこう。
「今日からよろしくね」
こうして、私のワンルームに可愛い同居人が増えたのだった。
「ああ、もう!」
スマホをベッドに投げつけようとして止める。スマホは悪くない。悪いのはアラームをかけなかった私だ。おかげで今、乗る予定の電車まであと二十分というギリギリアウトな位置にいる。ちなみに、駅まで走って五分。つまり、あと十五分で出なければならない。
「メイク出来ない、けど、すっぴんはもっと無理」
朝食を諦めて鞄に放り込む。顔を洗って、化粧水美容液乳液と鬼の速さで塗り、べたべたを乾かす間にトイレを済ます。ここで五分。あと十分、いける。
「うおおおおおおッ」
誰が見守っているわけでもなく、一人メイク大会を開催する。選手は私一人、審査員も私。一位でビリ。
「あ、やば」
あと眉毛とマスカラだけというところでタイムアップが来てしまった。これ以上無理は出来ない。だって走って五分なのだから。
メイクポーチも鞄に入れ、急いで部屋を出る。どんなに慌てていても鍵は絶対掛ける。これでよし。よくないけど。私は駅に向かって走り出した。
「川吉さんおはよう。お疲れ様」
「お早う御座います……」
よれよれで出勤した私を半笑いで上司が出迎えた。注意されなかっただけマシだ。ちなみにお財布を忘れた。多分、今日の乙女座の運勢十二位。
パソコンの電源ボタンを押す。うわ、黒い画面に映る私すでに疲れ顔。パソコン立ち上げるだけでダメージ受けるってツライ。
そこでメイクが終わっていないことに気が付いた。え、やば、トイレ!
トイレの鏡でどうにかメイクを完成させる。前髪あったしアイライナー引いてたから、ぱっと見は気付かれていないはず。私は素知らぬ顔でデスクに戻った。あと五分で始業時間だ。
やっぱ金曜日だから疲れが溜まってたのかな。
そもそも、週休二日っていうのが良くない。水曜日休みの週休三日だったら、全ての平日が休日の次の日か休日の前日となるので、四日間を全力で仕事して五日分の成果が出せると思う。
という妄想をしながら今日も頑張ります。
今日中にやらなければならないことを定時までに終わらせ、来週の分を少しだけして十九時前に会社を出た。我ながらよくやりました。
「何買って帰ろう」
自炊は出来るけど、疲れた日には何か買って帰りたい。たとえお店のだとしても自分以外の誰かの手作りが食べたい。
会社の最寄り駅でデパ地下をうろつく。あ~~全部良い匂い……。和食も良いけど中華も良い。自宅で作りにくいものにしよ。
来週給料日ということもあり、ちょっとだけ贅沢をして電車に乗る。はい、混んでる。朝みたいに満員じゃないけど、やっぱり東京は常に人がいる。
惣菜が入ったエコバッグをお腹に抱え、窓から見えるビル群を二十分見つめ続けた。
駅から徒歩七分。近いのか遠いのか分からない道を歩く。すると、端の方に段ボールが置かれていた。
「もしかして」
それに近付くと、予想通り捨てられた動物が丸くなっていた。それが犬でも猫でもなく、ウサギだったの意外だったけど。
いつからここにいるのだろう。朝はいなかったからその後ということしか分からない。まだ寒くはないけど、お腹が空いて弱っているかもしれない。
「何か食べ物……!」
そう思ってエコバッグを漁るけれど、出てくるのは人間用の味が濃い料理のみ。
「だめだ」
というか、そもそもここにいちゃだめだ。動物病院じゃ預かってくれないよね。やっぱり警察かな。
何が正解か分からないまま、私は小ぶりの段ボールを持ち上げた。
「う~ん。いちおう落とし物ということで処理しますが、状況的に捨てたと思うので、持ち主が現れるのは難しいと思います」
「ですよね」
おまわりさんは厳しい顔でそう言った。
そうだよね、気が変わって捨てた人がやってくるなんて可能性、私もかなり低いと思う。
「それで、このウサギですけど、そちらで預かったり出来ますか? 生き物だとこちらで預かれるのも期限があって」
「期限というと、つまり」
そういうこと? いやいや、それはだめ。私は勢いよく頷いた。
「飼えます。大丈夫です!」
「ああ、よかった。では、落とし主が現れたら連絡します」
「宜しくお願いします」
かくして、私はデパ地下の総菜とともにウサギを抱えて家に帰ることになったのである。
マンションが小動物可のところでよかった。
ウサギとかハムスターとか、カゴで飼えるのにしてねって言っていた。明日朝一で飼育道具一式買ってこなくちゃ。
部屋に入り、引っ越しの時に使った段ボールにバスタオルを敷いて、そこにウサギをそっと下ろす。今日はこんなのでごめんね。
「あとお水とご飯……ご飯って何食べるんだろ」
スマートフォンでウサギの飼い方を調べる。出てきたのはペレットと牧草、両方無いですごめんなさい。おやつとしてにんじんをあげるらしいので、冷蔵庫にあったにんじんを細く切ってウサギの口元に置いてみた。
「食べたッ」
──カワイイ!
おまわりさんもそのまま飼えそうなら飼ってくださいって言っていたから、飼っちゃおうかな。あんなところで偶然出会うなんて運命かもしれない。うん、飼おう。
私もご飯を食べつつ、ウサギを見つめる。
黒くて、小さくて、耳も意外と短めのウサギちゃん。
見た目はネザーかな。雑種かも。どれでもいいけど。可愛いから。
「ウサギちゃん、ここに住む?」
「ぷぅ」
話しかけたらウサギが小さく鼻を鳴らした。返事してくれたって思っておこう。
「今日からよろしくね」
こうして、私のワンルームに可愛い同居人が増えたのだった。