わたしは寮の一階にある食堂で夜ごはんを食べて、そのままみんなで夏休みの作戦会議をした。お祭りに行きたいとか、海で泳ぎたいとか、いろいろと意見が上がっていって、なかなか収拾がつかない。だけど、このころには七緒もいつもの調子にもどっていた。笑いながら宮先輩と冗談を言い合ったり、後輩たちが話の輪に加われるように気づかったりしている七緒に、ほっとした。
そのあとはお風呂に入って、消灯時間になったらそれぞれの部屋にもどった。わたしもベッドに入って目を閉じる。
……だけど、ふっと頭によぎる記憶があった。
去年の冬、凪都とはじめて会った日の記憶だ。死のうとしていた凪都や、その瞳を、思い出してしまった。わたしの苦手な、あの瞳。
――だめだ、眠れない。
ため息をついて、起き上がった。二段ベッドと、机がふたつ置かれた部屋だ。ベッドの上段では、七緒が寝息を立てている。
凪都のことが頭から離れない。それどころか頭も痛みはじめた。机に置いてあったポーチから、残り少なくなっている痛み止めを取り出す。静かな廊下を歩いて食堂に向かうと、コップに水を注いで薬を飲みこんだ。それでも、痛みは治まらないし落ち着かない。
いつも賑やかな食堂が、いまはひっそりとしていて心細かった。だからか、また凪都のことを考えている。どうして凪都は死のうとするんだろう。死ぬのは、怖いのに。
凪都も、死んじゃうのかな――……。
『あんたなんて、いなきゃよかったのに』
唐突に、頭の中で声がした。
「……あ」
直後に、全身から血が抜けていくみたいな感覚がした。まずいかもしれない。足もとがふらふらとして、立っている心地がしなくなっていく。のどから、ひゅっと息がこぼれた。
まずい、と予想ができても、対処ができるわけじゃない。
心臓をつかまれたみたいに苦しくなって、ずるずるとしゃがみ込む。頭が痛いし、コップをにぎる手もふるえて、ああもう、と心の中で舌打ちをする。
じっとしていると、嫌な想い出があふれつづけてくるんだ。濁流みたいなそれに、呑み込まれそうになる。だめだ、しっかりしないと。だれかに見られたら心配をかけるし、こんなところで倒れるわけにはいかない。どうにか立ち上がってコップを机に置くと、寮の玄関に向かった。
外に出たい。だれもいない場所に。そうじゃないと、迷惑をかけるから。
「東坂さん?」
後ろから呼び止められて、身体が跳ねた。若い、女のひとの声。
ゆっくりふり返ると、心配そうな顔をした春野さんが立っていた。いつもは薄く化粧をしているけど、さすがにいまはすっぴんで、ウェーブのかかった髪を揺らして首をかしげた。
「どうしたの、東坂さん。顔色悪いけど大丈夫?」
春野さんは、この寮でわたしたちの世話をしてくれている、二十代後半くらいのやさしい女性だ。生徒の中には「春野姉さん」と慕う子もいる。
わたしは扉に手をかけたまま、口ごもる。いまは、夜の十一時を回っている。寮生が外に出ることは禁止されていた。いくら春野さんでも、怒るかな。だけど、まだ苦しさが消えていない。いますぐ、ここから逃げ出したかった。視線が泳ぐ。
お願いだから、ひとりにさせて。もう、息ができなくなるから。
「……五分だけね」
春野さんは、ふいに言った。
「え?」
「遠くには行かないこと。校門から外に出るのはだめ。本当は許可しちゃいけないことだから、みんなには内緒にしてね」
わたしはぽかんとしたあと、こくこくとうなずいて、春野さんに背を向けた。ドアを開けると、夜風が頬をなでる。頭の中では、まだ言葉が鳴りやまない。ふり切るように歩き出した。
そのあとはお風呂に入って、消灯時間になったらそれぞれの部屋にもどった。わたしもベッドに入って目を閉じる。
……だけど、ふっと頭によぎる記憶があった。
去年の冬、凪都とはじめて会った日の記憶だ。死のうとしていた凪都や、その瞳を、思い出してしまった。わたしの苦手な、あの瞳。
――だめだ、眠れない。
ため息をついて、起き上がった。二段ベッドと、机がふたつ置かれた部屋だ。ベッドの上段では、七緒が寝息を立てている。
凪都のことが頭から離れない。それどころか頭も痛みはじめた。机に置いてあったポーチから、残り少なくなっている痛み止めを取り出す。静かな廊下を歩いて食堂に向かうと、コップに水を注いで薬を飲みこんだ。それでも、痛みは治まらないし落ち着かない。
いつも賑やかな食堂が、いまはひっそりとしていて心細かった。だからか、また凪都のことを考えている。どうして凪都は死のうとするんだろう。死ぬのは、怖いのに。
凪都も、死んじゃうのかな――……。
『あんたなんて、いなきゃよかったのに』
唐突に、頭の中で声がした。
「……あ」
直後に、全身から血が抜けていくみたいな感覚がした。まずいかもしれない。足もとがふらふらとして、立っている心地がしなくなっていく。のどから、ひゅっと息がこぼれた。
まずい、と予想ができても、対処ができるわけじゃない。
心臓をつかまれたみたいに苦しくなって、ずるずるとしゃがみ込む。頭が痛いし、コップをにぎる手もふるえて、ああもう、と心の中で舌打ちをする。
じっとしていると、嫌な想い出があふれつづけてくるんだ。濁流みたいなそれに、呑み込まれそうになる。だめだ、しっかりしないと。だれかに見られたら心配をかけるし、こんなところで倒れるわけにはいかない。どうにか立ち上がってコップを机に置くと、寮の玄関に向かった。
外に出たい。だれもいない場所に。そうじゃないと、迷惑をかけるから。
「東坂さん?」
後ろから呼び止められて、身体が跳ねた。若い、女のひとの声。
ゆっくりふり返ると、心配そうな顔をした春野さんが立っていた。いつもは薄く化粧をしているけど、さすがにいまはすっぴんで、ウェーブのかかった髪を揺らして首をかしげた。
「どうしたの、東坂さん。顔色悪いけど大丈夫?」
春野さんは、この寮でわたしたちの世話をしてくれている、二十代後半くらいのやさしい女性だ。生徒の中には「春野姉さん」と慕う子もいる。
わたしは扉に手をかけたまま、口ごもる。いまは、夜の十一時を回っている。寮生が外に出ることは禁止されていた。いくら春野さんでも、怒るかな。だけど、まだ苦しさが消えていない。いますぐ、ここから逃げ出したかった。視線が泳ぐ。
お願いだから、ひとりにさせて。もう、息ができなくなるから。
「……五分だけね」
春野さんは、ふいに言った。
「え?」
「遠くには行かないこと。校門から外に出るのはだめ。本当は許可しちゃいけないことだから、みんなには内緒にしてね」
わたしはぽかんとしたあと、こくこくとうなずいて、春野さんに背を向けた。ドアを開けると、夜風が頬をなでる。頭の中では、まだ言葉が鳴りやまない。ふり切るように歩き出した。