「わたし、むかしは身体が弱くて、ずっと入院してたんだよ」

 ぽつりぽつりと、夜の闇にわたしの声が落ちていく。

 小学生のころだ。頭に爆弾がある、と言われた。一度大きめの手術をして、やっと家で過ごしていいと許してもらえたのが、小学校二年生のとき。それまでは、ほとんどずっと病院で暮らしていた。

 家に帰ってからも、しばらくは頭痛や発熱がつづいた。お母さんもお父さんも、ほとんどわたしにつきっきりだった。

 やっと体調が安定したのは、四年生のとき。それでもお母さんたちの過保護は変わらなかった。わたしが、ちょっと面倒くさいなって思うくらいに。

「だけど、一番困っていたのはお姉ちゃんだったんだと思う」

 公園の外灯がちかちかと光った。凪都は、じっとわたしの話を聞いている。

「四年生の夏休み、旅行の計画をしてたんだけど、わたしが熱を出してね。ただの夏バテだったのに、お母さんたちはめちゃくちゃ心配してた」

 結局二日間寝込んだだけだったけど、夏休みの計画は全部崩れた。旅行はキャンセルして、わたしは家からほとんど出してもらえなくなった。

「さっき七緒たちと行こうとしてた神社ね、病気平癒のご利益があるんだよ。わたしの体調をお祈りして、となりの甘味処でお茶しようって、夏休み前は話してたの。それも行けなくなった」

 退屈な夏休みだった。なんの出来事も起きない、つまらない時間。だけど。

「夏休みの最後の一週間を切ったときに、お姉ちゃんが、怒って……」

 いままでの我慢が爆発したみたいに、全力で。

『お母さんたちは心配しすぎたよ』
『どうせ柚はひとりでも平気でしょ。わたしたちだけでも遊びに行こうよ』

 そんなことを言ったお姉ちゃんを、お母さんたちは叱った。お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい、って。わたしは思い出しながら、小さく笑う。

「お姉ちゃんなんだから、とか、わかりやすく親子仲が悪くなる台詞だよね。お母さんたちだって、悪気はなかったはずだけどさ」

 でも、あれは最悪な言葉だったと思う。わたしがお姉ちゃんにかけた言葉も、きっと最悪だったけど。

「わたしは、お姉ちゃんに言ったの。わたしからもお母さんたちを説得するから、遊んできていいよって。でもお姉ちゃん、もっと怒っちゃって」

 いい子ぶらないで、って言われた。

『なんで、あんたばっかり、ちやほやされるの』
『あんたのせいで、わたしは損ばっかり』
『わたしばっかり、悪い子みたいな扱いされて』
『柚がいるから、わたしは、いつもいつも――!』

 それで。

「お姉ちゃんは夜に家を飛び出して、見つかったのは、つぎの日だった」

 うつむいて、自分のひざを見る。

「さっきの階段の下で。もう死んでた」

 指も声もふるえていた。せめて、泣かないように、目を閉じる。

「死んでたって知らされて、わたしのせいだって思った。わたしが、元気で、いい子で、みんなに迷惑かけずに生きていられたら、お姉ちゃんは死ななかったのにって」

 なのにわたしは病弱で、みんなに迷惑ばかりかけていた。

「……でも、あれは事故だったんだろ」

 凪都が静かに言った。

「なんだ、凪都、知ってたんだ」

 口もとを歪ませるみたいな笑い方を、多分、わたしはしてしまった。凪都の言うとおり、お姉ちゃんは足を踏み外して階段から落ちただけの事故だった、って警察から知らせられた。

「階段から飛び降りっていうのは、あんまり聞かないもんね。それに、お姉ちゃんは死ぬ前にSNSに投稿してたみたいだけど、これから死ぬって雰囲気のことは書いてなかったみたい」

 怖くて、わたしはその投稿を見ることができなかったけど。

「事故なら、柚のせいじゃない。だれのせいでもないだろ」
「警察のひとも、そう言ってた。でも、ちがうんだよ」

 すこしだけ凪都が首をかしげた。

「自殺じゃなかったとしても、わたしがいなかったら、お姉ちゃんは家を飛び出していかなかった。死ぬこともなかった。だから、わたしのせいなの」
「……それは、考えすぎだと思うけど」
「ううん。全部わたしのせいだった」

 わたしはそう思ってる。だけどお母さんやお父さんも、自分のせいだって考えてたはずだ。わたしたちがそんな態度だったから、近所にも「お姉ちゃんは家族のことで思い悩んで自殺したんだ」って噂ばかりが広がった。

 まばたきした瞬間に、涙があふれそうになって、目に力を込める。