図書室を出ると、寮の自転車を借りてドラッグストアに向かった。十分走ったところにある店で痛み止めを買って、また寮にもどる。食堂が賑やかだなと思って行ってみると、七緒たちが調理場に集まっていた。春野さんもいるから、女子寮メンバーが勢ぞろいだ。未央ちゃんはもう実家に帰ったみたいで、いなかったけど。
「ただいまです」
声をかける。だけど、返事がなかった。あれ。
「ただいまでーす」
もう一度言うと、七緒がふり返った。
「あ、柚おかえりー。ねえ、カレーか肉じゃが、どっちがいい?」
「え?」
「今日の夜ご飯。いま意見が真っ二つでさ」
調理台には、にんじんやじゃがいもが切った状態で置いてあった。みんなでご飯をつくっているらしい。言ってくれれば、わたしも手伝ったのに。
七緒は笑顔で言った。
「春野さんとわたしがカレー派、宮先輩と由香が肉じゃが派だよ」
「へえ、きれいに真っ二つだね」
「そうなの。だから柚の意見で決まるよ。どっちがいい?」
「えーっと……。じゃんけんとか、どうかな?」
苦笑して言えば、宮先輩がむっという顔をした。
「遠慮しないで答えて。白黒はっきりさせないと、わたしたちの戦いは終わらないんだから!」
メニュー争いは、思ったよりも白熱しているみたいだった。わたしの声に気づかなかったのも、そのせいか。わたしは、どっちでもいいんだけどな……。というか、こういう最後の選択を任せられるのは苦手だった。どうしよう。
迷っていると、春野さんが、ぱんぱんと手をたたく。
「はいはい、そういうことなら、じゃんけんにしましょう。どっちが勝っても恨みっこなしね。はい、両チーム代表一名選出してー」
わたしは荷物を部屋において部屋着に着替えたあと、調理場にもどった。メニューはカレーに決まったらしい。
「わたしも手伝うね。というか、いきなりみんなでご飯づくりなんて、どうしたの?」
肉じゃが派の宮先輩にじゃんけんで勝った七緒が、勝ち誇った顔で鍋を火にかけながら教えてくれる。
「普段は春野さんと、バイトのおばさんがご飯をつくってくれてるじゃん? でも夏休みの間は春野さんひとりらしいの。だから、たまにはわたしたちが手伝うのも、いいんじゃないかなーって思って」
それで手伝っている最中、メニューでもめたらしい。
「楽しそうだね。わたしも最初から手伝ってればよかったな」
「どこ行ってたの?」
「ドラッグストア」
とたんに、七緒が顔をしかめた。
「柚、調子悪い?」
「え? ううん、痛み止め買いにいっただけだよ。最近頭が痛くなること多くて。あ、でも気圧とかのあれだと思う。この時期台風多いし」
「そっか……。体調悪かったら言ってね」
七緒は真剣にそう言った。わたしはどきりとして、あわててつけ足す。
「大丈夫だって、ただの頭痛だから」
七緒に心配をかけるのは嫌だった。大丈夫、わたしは元気。
「ねー、柚ちゃん、キャベツの千切りってできる? わたしと由香ちゃんのセンスなさすぎて。見てこれ」
宮先輩の声にふり返ると、先輩は極太のキャベツの千切りをつまんでいた。七緒が、ぷっと噴き出す。
「なんですか、それ。不器用すぎますって」
「じゃあ七緒ちゃんもやってみなよ。ほら、柚ちゃんも!」
わたしたちはサラダ用のキャベツを切った。結局みんな見栄えのよくない千切りしかできなくて、春野さんが笑っていた。そうやって全員でつくったご飯はいつもよりいびつだけど、美味しそうだった。みんなでテーブルについて、いただきます、と声をそろえる。
「え、おいしい。わたしたち天才では!」
「見た目はよくないけどね」
「味がいいなら、いいんですよー」
わたしもカレーをすくう。うん、たしかにおいしい。
「そういえば来週、お祭りですよね?」
ぱくぱくと食べ進めながら、由香ちゃんが楽しそうに言った。あ、そっか、夏祭り。
「せっかくだし、みんなで行きませんか?」
「おー、いいね、行きたい! ね、柚! ……あ、でも、柚は凪都と行く感じ?」
七緒の瞳がきらりと光る。
「あらあら? 青春の香りがする。うらやましいなあ」
春野さんまで笑顔になった。……まずい。それに宮先輩や由香ちゃんまで、口もとがにんまりと弧を描いている。まずい、まずい。
「いや、凪都はそういうんじゃなくて……!」
必死に否定しようとするけど、みんなのニヤニヤは止まらない。
「もしかして柚ちゃん、誘いたいけど誘えてないの?」
「えー、だめですよ、柚先輩。そこは誘わなきゃ!」
だから、そうじゃなくて。
「わかった。とりあえず、柚はわたしたちと夏祭りに行くことにしよう。で、みんなで行くんだけど一緒にどうって、凪都を誘っておいで! もし断られたら、わたしが凪都を引っ張ってくるし!」
七緒は親指を立てているけど、本当にちょっと待ってほしい。
「ね、ねえ、みんな聞いて……」
「せっかくだから、浴衣とか着たいよね!」
「いやでもわたし、浴衣持ってないし、お金もないし……」
「そのあたりはこの宮先輩に任せなさい! 柚ちゃんの夏休みを全力で手伝うって決めてるからね! 浴衣くらい調達してくるよ!」
ああ、だめだ。どんどん話が進んでいく。
……凪都は、多分、誘えば来る。だけどこの空気の中に凪都が加わったら、居たたまれなさがすごいと思う。どうしよう。
でも、みんなは楽しそうだった。とてもじゃないけど、嫌だなんて言えそうにない。
「ただいまです」
声をかける。だけど、返事がなかった。あれ。
「ただいまでーす」
もう一度言うと、七緒がふり返った。
「あ、柚おかえりー。ねえ、カレーか肉じゃが、どっちがいい?」
「え?」
「今日の夜ご飯。いま意見が真っ二つでさ」
調理台には、にんじんやじゃがいもが切った状態で置いてあった。みんなでご飯をつくっているらしい。言ってくれれば、わたしも手伝ったのに。
七緒は笑顔で言った。
「春野さんとわたしがカレー派、宮先輩と由香が肉じゃが派だよ」
「へえ、きれいに真っ二つだね」
「そうなの。だから柚の意見で決まるよ。どっちがいい?」
「えーっと……。じゃんけんとか、どうかな?」
苦笑して言えば、宮先輩がむっという顔をした。
「遠慮しないで答えて。白黒はっきりさせないと、わたしたちの戦いは終わらないんだから!」
メニュー争いは、思ったよりも白熱しているみたいだった。わたしの声に気づかなかったのも、そのせいか。わたしは、どっちでもいいんだけどな……。というか、こういう最後の選択を任せられるのは苦手だった。どうしよう。
迷っていると、春野さんが、ぱんぱんと手をたたく。
「はいはい、そういうことなら、じゃんけんにしましょう。どっちが勝っても恨みっこなしね。はい、両チーム代表一名選出してー」
わたしは荷物を部屋において部屋着に着替えたあと、調理場にもどった。メニューはカレーに決まったらしい。
「わたしも手伝うね。というか、いきなりみんなでご飯づくりなんて、どうしたの?」
肉じゃが派の宮先輩にじゃんけんで勝った七緒が、勝ち誇った顔で鍋を火にかけながら教えてくれる。
「普段は春野さんと、バイトのおばさんがご飯をつくってくれてるじゃん? でも夏休みの間は春野さんひとりらしいの。だから、たまにはわたしたちが手伝うのも、いいんじゃないかなーって思って」
それで手伝っている最中、メニューでもめたらしい。
「楽しそうだね。わたしも最初から手伝ってればよかったな」
「どこ行ってたの?」
「ドラッグストア」
とたんに、七緒が顔をしかめた。
「柚、調子悪い?」
「え? ううん、痛み止め買いにいっただけだよ。最近頭が痛くなること多くて。あ、でも気圧とかのあれだと思う。この時期台風多いし」
「そっか……。体調悪かったら言ってね」
七緒は真剣にそう言った。わたしはどきりとして、あわててつけ足す。
「大丈夫だって、ただの頭痛だから」
七緒に心配をかけるのは嫌だった。大丈夫、わたしは元気。
「ねー、柚ちゃん、キャベツの千切りってできる? わたしと由香ちゃんのセンスなさすぎて。見てこれ」
宮先輩の声にふり返ると、先輩は極太のキャベツの千切りをつまんでいた。七緒が、ぷっと噴き出す。
「なんですか、それ。不器用すぎますって」
「じゃあ七緒ちゃんもやってみなよ。ほら、柚ちゃんも!」
わたしたちはサラダ用のキャベツを切った。結局みんな見栄えのよくない千切りしかできなくて、春野さんが笑っていた。そうやって全員でつくったご飯はいつもよりいびつだけど、美味しそうだった。みんなでテーブルについて、いただきます、と声をそろえる。
「え、おいしい。わたしたち天才では!」
「見た目はよくないけどね」
「味がいいなら、いいんですよー」
わたしもカレーをすくう。うん、たしかにおいしい。
「そういえば来週、お祭りですよね?」
ぱくぱくと食べ進めながら、由香ちゃんが楽しそうに言った。あ、そっか、夏祭り。
「せっかくだし、みんなで行きませんか?」
「おー、いいね、行きたい! ね、柚! ……あ、でも、柚は凪都と行く感じ?」
七緒の瞳がきらりと光る。
「あらあら? 青春の香りがする。うらやましいなあ」
春野さんまで笑顔になった。……まずい。それに宮先輩や由香ちゃんまで、口もとがにんまりと弧を描いている。まずい、まずい。
「いや、凪都はそういうんじゃなくて……!」
必死に否定しようとするけど、みんなのニヤニヤは止まらない。
「もしかして柚ちゃん、誘いたいけど誘えてないの?」
「えー、だめですよ、柚先輩。そこは誘わなきゃ!」
だから、そうじゃなくて。
「わかった。とりあえず、柚はわたしたちと夏祭りに行くことにしよう。で、みんなで行くんだけど一緒にどうって、凪都を誘っておいで! もし断られたら、わたしが凪都を引っ張ってくるし!」
七緒は親指を立てているけど、本当にちょっと待ってほしい。
「ね、ねえ、みんな聞いて……」
「せっかくだから、浴衣とか着たいよね!」
「いやでもわたし、浴衣持ってないし、お金もないし……」
「そのあたりはこの宮先輩に任せなさい! 柚ちゃんの夏休みを全力で手伝うって決めてるからね! 浴衣くらい調達してくるよ!」
ああ、だめだ。どんどん話が進んでいく。
……凪都は、多分、誘えば来る。だけどこの空気の中に凪都が加わったら、居たたまれなさがすごいと思う。どうしよう。
でも、みんなは楽しそうだった。とてもじゃないけど、嫌だなんて言えそうにない。